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1 金持ち少女の依頼

「呪ってほしい子がいるのよ」


 ふん、と顎を上げるようにして、その高慢な少女は言った。

 名前は紗梨衣さりい・Nといった。

 魔道士雷夜(らいや)は身なりの流行などには疎い人間だったが、少女のやけにしっかりと巻かれた髪や過剰なフリルのついた華美な服装から、彼女が裕福な家庭の子供であることはすぐに見てとった。


「なぜここに?」

「あなたはお金の為なら何でもする『悪徳魔道士』なのでしょう?」

「だが呪いを依頼したいのなら、まずは『呪術士』のところに行くものだ」

「ここに来る前に七軒当たったわ。でもすべて断られたの」


 少女は立ったまま、魔道士雷夜の仕事場兼住居をじろじろと眺め回した。

 家というより単なる小屋だ。庶民の家だとしても、これは相当に質素な部類だろう。加えて主の魔道士雷夜はやけに童顔で背も低く、十三歳の少女から見てもどうも大人という感じがしない。教えられたとおりの場所だし本人に間違いはないはずだが、何から何まで予想外だ。


「なぜ断られた」

「さあ。そんなの私が知りたいわ。高額な報酬を払うと言ったのに」

「だからここに?」

「最後に行った呪術士が、親切だったの。どこの呪術士も依頼を受けないと思うが、『魔道士雷夜』なら、受けるかもしれないって」


 魔道士雷夜は観察するような目を少女に向けていたが、やがてテーブルの椅子に座るように少女を促した。自分で椅子を引くことに慣れていない様子なので、「遠隔操作」の術で少女の椅子を引いてやる。ひとりでに動いた椅子に目を丸くしている少女を横目に、魔道士雷夜は少し離れた壁際にもたれると、再び訊ねた。


「なぜ呪いを依頼しようと思ったんだ」

「憎らしいからよ」

「なんで憎らしいんだ」

「私より可愛いのよ。それで私が好きな男の子が、その子のことを好きだって言うの」


「だからってなぜ呪いなんだ」

「ふっと思いついたの。そうだ。呪ったらいいんだって」

「『呪い』がどういうものか、わかって言ってるのか?」

「狙った相手を不幸にする、ものでしょう?」

「・・・・・・それだけじゃない」


「呪いで殺されちゃうこともあるのは知ってるわ。でもそこまでしようとは思ってない。だからちゃんとしたプロに頼もうと思ったの。ちょっと意地悪したいだけだから」

「ちょっと意地悪したいなら、自分で直接やってこい。呪うのではなく」

「そんなことしたら、男の子に嫌われちゃう」

「呪う方が嫌われると思うが」


「だからばれないようにやるのよ。プロならできるでしょう?それともあなたはできないの?呪術も魔術の一種だって聞いたけど、噂と違って魔道士雷夜って大したことないのね」

 少女の発言に、魔道士雷夜は小さくため息をつく。


「・・・・・・金は払えるのか?」

「もちろんよ。いくら払えばいいの?」

「そうだな。前金三百万というところか」

「わかった。明日までには振り込むわ」


「それで相手の画像か何かはあるのか」

「ちょっと待って」


 少女はキラキラとした装飾のついた鞄をまさぐると、市販品の記憶石を取り出した。テーブルの上に置いて少女が撫でると、石の表面に人物や風景が浮かび上がる。


「そこから見える?」

 少し離れた場所に立ったまま近づいても来ない魔道士に少女は訊ねたが、

「ああ」

 魔道士はそちらに目をやることもせずにそっけなく言うと、

「呪いを発動するには、それなりにいくつか条件がある」

 と続けた。


「どんな条件?」

「まず、今おまえが見せた画像は、すべて消すこと」

「うん」


「それから・・・・・・訊き忘れていたが、おまえは呪いで相手をどうしたいんだ」

「ええと、みっともない失敗とかをして、みんなに馬鹿にされて、嫌われてほしい」

「わかった。具体的なことは俺がアレンジするから、おまえはそれ以上はイメージしなくていい。その子の名前は?」

芽夢めむ。芽夢・A」


「じゃあ、『芽夢のバカ』と十回言え」

「芽夢のバカ。芽夢のバカ。芽夢のバカ。・・・・・・ねえ、なんでこんなこと言うの?」

「呪いを発動しやすくするためだ」

「・・・・・・芽夢のバカ。芽夢のバカ。・・・・・・十回言った」


「じゃあ今度は『カバの芽夢』と十回言え」

「ねえ、もしかしてからかってる?」

「からかってはいない。必要なことだ」

「本当に?」

「ああ。呪いの成否に関わる重要なことだ」

「・・・・・・カバの芽夢、カバの芽夢。カバの芽夢・・・・・・」


 少女が十回言っていると、魔道士は一度部屋を出て行った。

 程なく戻ってくると、その手には小さなノートらしきものが握られている。


「十回言ったな。じゃあ今度はこのノートに、今から言うことを書け」

 少女はペンを手に、渡されたノートの一ページ目を開いた。新品らしく、ページには何も書かれていない。


「いいか?」

「うん」

「じゃあまず、『私は可愛い』」

「へ?」

「黙って書け」

「・・・・・・うん」


「『私は優しい』」

「ねえこの『私』って、私のこと?」

「そうだ」


「私、優しいかな」

「優しくないのか?」

「優しくないと思う」

「じゃあ、書いてもいいし書かなくてもどちらでもいい」


「なにそれ。ねえ、なんでこんなことするの?呪いと関係ないじゃない」

「これは呪いにかかりにくくするためのものだ」

「呪いにかかりにくくする?私は呪う側なんだけど」


「呪いで一番難儀なのは、呪い返しだ」

「呪い返し?」


「人を呪うと、呪った側も呪いを呼び込みやすくなる。呪われた相手による直接的な呪い返し以外にも、不特定多数の思念が集まってきたり、自身の思念を制御できなくなったり・・・・・・まあパターンはいろいろあるが、ともかく呪う時に一番重要なのは、呪い返しへの対処だ」


「じゃあ、言われたとおり書いた方がいいの?」

「一応書いとけ」

「・・・・・・書いたけど」


「他にも自分で思いつく、自分のいいところを書け」

「そんなこと言われても」

「例えば・・・・・・そうだな。『金払いがいい』」

「そうかな。おかしいとか高いとか思ったら払わないわよ」

「それでもいい。書いとけ」

「・・・・・・書いた」


「自分のいいところと、自分が幸運だと思うこと、自分は幸せだと思うことを書け」

「そんな急に言われても。・・・・・・芽夢のせいでふられたところだし」

「ふられたのか?」

「さっき言ったでしょ」

「そうだったか」


「自分は芽夢のことが好きだから、私とは友達でいたいって」

「友達でいたいということは嫌われてはいないということだな」

「単なる社交辞令よ」

「まあでも書いておけ。友達はいないよりいる方がいい」

「なんて書くの?」


「『好きな男の子は私の友達でいたいと言った』とか」

「それっていいことじゃないと思う」

「『好きな男の子は私の友達でいたくないと言った』の方がいいのか?」

「よくない」


「じゃあ書いとけ。それから、おまえは今日帰ったらどうする」

「別に」

「ご飯を食べて寝るんじゃないのか」

「・・・・・・まあ」

「ご飯は誰と食べるんだ?」

「お父様とお母様」


「じゃあ、家族とおいしいご飯を食べられるとか、ゆっくり自分のベッドで寝られるとか、そういうことも書いとけ」

「なんか私、説教されてる?今あるものに感謝しろ、的な」


「別に強制じゃない。ただ、たくさん書けば書くほど呪い返しへの効果がある。別に今すぐじゃなくていい。家に帰ってからでもいつでもいいから、思いついたら何でも書いておけ。できれば毎晩書け」


「それで?それでいつ呪いは発動してもらえるの」

「近いうちにやっておく。金をもらった分はちゃんとやる」

 魔道士雷夜は言った。

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