転校生は天使でした
銀鏡桜。それが転校生の名前だった。
背中いっぱいに溢れるほど広がる黒髪は艶やかで、絹糸のようであった。くっきりした目鼻立ち、抜群のプロポーション、どこをとっても美しいとしか表現できないほどであった。高校三年生の6月という珍しい時期での転校生ということもあって、彼女は学校の注目の的となった。
まるで天使のような彼女に、勉強も運動も平凡な僕が恋をしたのは彼女が転校してきてすぐのことだった。桜庭優希人。それが僕の名前だ。『優しく、誰かの希望となれる人になってほしい。』それがこの名前を付けた母の願いだった。母の願いを叶えるべく誰にでも優しく接してきた。困っている人がいたらいつも手を差し伸べてきた。世間でいうところのお人よしってやつだ。頼まれたら断ることができずになんだかんだ引き受けてしまう。そんな僕はよくクラスメイトから雑用を押し付けられていたのだった。その日も掃除当番を押し付けられ、ようやく掃除が終わった頃には夕方になっていた。誰もいない教室で帰り支度をしていると、突然彼女が教室に入ってきたのだ。
「優希人くんだっけ?」
夕焼けに照らされる彼女の美しさに目を奪われた。
「えっと、はい、そうですけど。」
僕が口ごもりながら答えると、彼女は炭酸ジュースのペットボトルを差し出してきた。
「掃除お疲れ様!」
そう言って笑う彼女の笑顔に僕は一瞬で心を奪われたのだった。
「ありがとう…。でもどうして?」
「転校の手続きで職員室に呼ばれててさ。教室に荷物取りに来たら優希人くんが一人で掃除してたのを発見したの。えらいなぁと思ってね。これはそのご褒美!ほらほら、早く荷物持って!せっかくだし一緒に帰ろ!この街のことも学校のことも聞きたいしね。」
帰り道。誰かと一緒に帰るなんて久しぶりのことだった。
「ねぇねぇ、なんで一人で掃除なんてしてたの?」
「クラスメイトに頼まれたからだよ。」
「えぇ、そんなの断っちゃえばいいのに。」
「頼まれたら断れない性格でさ。まぁ、僕は部活も何もやってないしね。」
「優しいんだね。優希人くんは。」
彼女の言葉が純粋に嬉しかった。クラスメイトから押し付けられた雑用をやっても、こうやって褒められることなんてなかったから。
その後も二人で他愛もない雑談をしながら帰り道を歩いていると、突然銀鏡さんのスマホがなった。スマホ画面を見た銀鏡さんの顔が一気に険しくなった。
「ごめん、優希人くん。急用ができちゃった。」
そう言って彼女は裏路地のほうへと駆け出してしまった。
「銀鏡さん!?」
突然のことに驚きの声をあげる僕の声は彼女には届いていなかった。
(銀鏡さんにもいろいろあるんだろう。)
そう思い一人帰路に就こうとしたその時、あることを思い出した。彼女が駆け出して行った裏路地の先には今はもう使われていない廃ビルがあり、この街の不良のたまり場になっているのだ。
(銀鏡さんにはそのことを知らないかもしれない!)
そう思うと自然に体が動いていた。この行動が後々僕の運命を大きく変えることになる。
裏路地を駆け、廃ビルにたどり着き、その中に足を踏み入れた。そこには目を疑う光景があった。確かにそこには銀鏡さんの姿があった。しかしその姿は先ほどとは大きく変わっていたのだ。彼女の頭上には光り輝く輪っかが浮かんでいたのだ。
「銀鏡さん…?」
その言葉に彼女が振り向く。
「優希人くん!?何でここに!?」
「いや、あの、ここ不良のたまり場になってるから、その、心配で…。」
「早くここから逃げて!!!」
「え?」
その瞬間だった。轟音とともに銀鏡さんの目の前の空間が裂け始めた。そしてその割れ目からおよそ人間とは思えない何かが現れたのだ。3メートルほどの体躯に筋肉隆々の肉体、肌は赤黒く、頭には二本の角が生えている。動物的な本能が危険を告げるが、体が恐怖で動かなかった。その恐ろしき何かが僕のほうへと向かってくる。
(だめだ、殺される。)
しかし、銀鏡さんが僕の前に立ちふさがった。
「優希人くん!早く逃げて!!」
その言葉にようやく自分の体が動いた。転びそうになりながらも廃ビルを出て、走り出す。本能がとにかく少しでも遠くに行きたいと叫んでいた。だが途中で我に返った。自分はとんでもないことをしてしまったことに気づく。
(銀鏡さんももしかしたら僕と同じ人間ではないのかもしれない。でも!それでも女の子をあんな場所に置き去りにして僕だけ逃げてもいいのか?!)
怖かった。逃げ出したかった。でも銀鏡さんの笑顔と、そして母の言葉が脳裏によぎった。
『優しく、誰かの希望となれる人になってほしい。』
その言葉が自分を突き動かした。
廃ビルに戻りそっと中をのぞくと、そこにはボロボロになった銀鏡さんの姿と恐ろしき何かの姿があった。このままではきっと彼女は負けてしまうだろう。足が震える。恐怖で頭がおかしくなりそうだった。それでも銀鏡さんを見捨てるわけにはいかない。
(何とか隙を作れないか。やつの気を少しでも引ければ。)
僕は意を決して、その化け物に向かって、落ちていた石を投げつけた。石が化け物にあたり、化け物が動きを止めこちらを向く。
「優希人くん?!」
銀鏡さんの声などもう耳に入っていなかった。
「僕が相手だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
今までの人生で一番大きな声が出た気がする。戦いを邪魔された怒りからか、この声を聞いた化け物が自分のほうに向かってくる。
(銀鏡さん!今だ!!)
銀鏡さんに目線で合図を送る。それを察したのか銀鏡さんはうなずき、僕のほうへと向かう化け物の背後に回った。その瞬間化け物の動きが止まり、首が落ちたのだった。
戦いが終わると足の力が抜け、その場にしゃがみこんでしまった。そんな僕のもとへ銀鏡さんが駆け寄ってきて、僕を思いっきり抱きしめたのだった。
「バカぁ!なんで逃げなかったの!?優希人くん死んじゃうところだったんだよ!?」
泣きじゃくりながら彼女はそう言った。
「ごめん、でも僕は女の子を置いて自分だけ逃げるなんてできないよ。」
「ほんと、優しすぎだよ。君。」
『悪魔』
今僕が見た化け物はそう呼ばれているらしい。10年ほど前からこの世界に現れるようになったのだと銀鏡さんは教えてくれた。
「その悪魔を倒すためにある研究者が開発したのがこれなの。」
そう言って彼女は頭の上に輝く天使の輪っかのようなものを指さした。
「これは『光輪』って言って、原理はよくわからないんだけど、適性のある人間がこれを装備すると、いろいろな力に目覚めるんだよ。」
「そんなもの人間の技術で可能なの?」
「さぁ?でもこうやって存在してるんだし、実際に私も力に目覚めてるんだから可能なんじゃない?」
そう言って無邪気に笑う彼女の姿は、先ほどまでの帰り道の時に戻っていた。
「それでね、この光輪を開発した研究者が対悪魔用に秘密裏に立ち上げた組織が『天使の翼』っていう組織なんだ。私はそこの一員なの。それでこの近くに悪魔が出現するって情報が入ったから、転校生って形で調査に来たの。」
その時銀鏡さんの電話が鳴った。
「もしもし、はい、悪魔は見事討伐完了しましたが、光輪を使っているところをクラスメイトに目撃されてしまいました。え、あ、はい、わかりました。」
「さっき言った光輪の開発者がさ、優希人くんに会いたいから連れてきてだってさ。ごめんね、こんなことに巻き込んじゃって。」
「そんな、謝らなくていいよ。銀鏡さんの忠告を無視して戻ってきたのは僕なんだから。」
「もう!その銀鏡さんって呼び方やめてよ!他人行儀すぎるよ。桜って呼んで!私たちもう友達でしょ?」
「わかったよ。えっと、桜?」
彼女は満面の笑みを浮かべた。
「さっきは助けてくれてありがと。優希人くんかっこよかったよ。」
そういうと彼女は僕の頬にキスをした。突然のことに頭が真っ白になった。
「じゃあまた明日学校でね!」
そう言って彼女は駆け出して行った。僕の顔はきっとこの夕日よりも赤かっただろう。
「ルシファー様ぁ。うちが送った悪魔、天使の翼に殺られちゃったよぉ。」
「ふむ、予想よりも数段早いな。何かイレギュラーが起きたか。」
「もう!むかつくからうちが直接殺りに行くぅ!」
「そう早まるな。お前にはふさわしい戦場を用意してやるさ。黙って我に従っておけばよい。我の計画に従えば悲願を達成できる日も近い。」
「ちぇぇ、ルシファー様相変わらず傲慢なんだからぁ。」
(天使の翼よ。10年間にもわたる戦いに決着をつけようではないか。)