翳翼
影虎が戦争を止める方法を会得し、ライ王にそれを報告したその日。
魔族の大陸の何処かの建物にて、慌てて走り回る一人の男の魔族が居た。
「大変です魔王様! 翳の勇者が遂に戦争を止める方法とやらを手に入れたそうです!」
「………何だと?」
息を切らしている魔族に、魔王と呼ばれた男は低い声で聞き返した。
「私がライ王国にて通常通り諜報を行っていた所、確かに翳の勇者がそれをライ王に伝えていました」
「……それで、奴等は何処に行く?」
「メコル王国に戻る模様でございます」
「………」
男はしばらくの間思案した後、魔族にこう命じた。
「今すぐにお前が向かえば間に合うと思う。迅速に動き、今すぐに止めて来い」
「お言葉ですが魔王様……翳の勇者の周囲には陽の勇者と巽の勇者も居るのですよ? 私一人では到底無理があるかと……」
魔族が恐る恐る男にそう言うと、男は魔族にこう提案した。
「では、もう一人強力な仲間を付けてやろう。おいツクモ」
「はっ」
男の呼びかけに、奥に控えていた女の魔族……ツクモが応えた。
魔族はそのツクモの名前を聞いて驚愕した。
「ま、まさか……その名は! それに翠色の目に白い髪に可愛らしい顔……お、お前は……! 何故だ!? 封印されていた筈なのに……っ!」
慌てふためく魔族に男は薄く笑みを浮かべて言った。
「フッ、気付いたようだな。そうだ。こいつは……」
「原初の霊基持ちこと、ツクモです。よろしく」
震え上がる魔族にツクモは手をだらんと差し出した。
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晴人に本を叩きつけたその夜。
影虎はもう寝るか~とベッドに潜り込むと、彼の部屋のドアがバン! と勢いよく開けられた。
「おい影虎………」
「おお思ったよりも早く帰って来たな」
怒りで顔を引き攣らせた晴人に影虎は呑気に言った。
「何が早く帰って来たなだ!いきなり修行の本ぶつけてんじゃねえよ! こういうのは心構えとか決意とか色々と必要だろうが!」
「いやあ悪い悪い」
「全然反省してないなこの野朗ーーー!」
全く持って謝る気のない影虎に晴人が掴みかかる。
影虎はそれを上手く避けようとするが……
「お? 速くなったなお前」
「うるせえ! ぶっ飛ばしてやる!」
晴人は影虎の回避と同程度の速さで対抗してきた。
影虎は修行は成功したんだろうと安堵した。
「あの翳の勇者用の修行って他の奴にも使えるんだな。試してこよう」
「俺をスルーするなーーー!」
そそくさと部屋を出て行こうとする影虎に、晴人がそう突っ込んだ。
「あともう夜だろ! 実際にはそんな時間経たないんだから明日やれよ!」
「確かにそれもそうだな」
影虎は本を皆に持っていくのを止め、ベッドにもぐり込んだ。
そして晴人に言い放つ。
「てかお前何しに来たの?」
「いきなり本をぶつけられた事の文句を言いに来たんだよ! 五年も修行させられたんだぞ!」
「俺もだっつの」
影虎は晴人にそう突っ込んだ。
しかし彼の怒りはよりヒートアップする。
「しかも最初あのフードの男の人に会った時なんて言われたと思う? 『クソ陽キャは消えろ』って言われたんだぞ!? 意味分かんねーよ!」
「知らねーよ。てかよくそんなんで修行させて貰えたな」
「頑張って説得したんだよ」
晴人は何処か疲れた表情で言った。
影虎は何となくその辺りも大変だったのだろうと思った。
「まあ、修行出来たんなら良かったよ。これで安心だぜ」
「確かにそうだけどよ……あと影虎、お前未だに刀に名前付けてないだろ」
「あ、言われてみれば……」
影虎はようやくその事を思い出した。
「何なら今付けてやれよ」
「俺ネーミングセンス無いんだよ……」
「何でもいいから付けてやれよ……刀で押し通すつもりかお前!」
「分かったよ……」
影虎はそう言われてしぶしぶと刀の名前を考える。
「空蝉……」
「おお~厨二病っぽくていいじゃん~」
「ブラックタイガー……」
「いやそれエビじゃねーか」
「ゆもじ丸……」
「何かどんどん珍妙な方向に進んでってるぞ」
晴人は影虎のネーミングには厨二病かネタな名前にしか出ないのかよと半ば呆れたのであった。
そうしてしばらくの間考えていると、一つ良い名前が浮かんだ。
「翳翼ってのはどうだろう」
「ようやく何かまともそうな名前が……!」
晴人は影虎の出したその名前にそう感動した。
「名前の由来的なのってあるのか?」
「ああ。虎に翼って言う慣用句があるだろ? 俺名前に虎が入ってるからさ、刀をその翼に例えたんだよ」
「まともな名前だ~! やれば出来るじゃねーか」
「はっはっは、お前に褒められても嬉かねーよ。じゃあこの刀は“翳翼”と名付けよう」
影虎はそうして刀に命名したのであった。




