蛾人族
「え……エルさん……?」
「あ……ああ……」
影虎は信じられないものを見る目でエルドレットを見る。
皆も愕然としてエルドレットを見た。
「まさか……君はあの伝説の……蛾人族か!?」
「蛾人族? 何よそれ……」
アニムスがエルドレットを見てそう言うが、当のエルドレットは何の事か分かっていないようで不思議そうな顔をしている。
「蛾人族は遠い昔に忽然と姿を消した種族……もしかしたら君はその先祖返りなのかもな……そんな存在がカゲトラ君の所に居たなんて……くっ! 解けない……」
アニムスは説明しながら糸に力を籠めるが、糸は少しも解ける様子が無い。
エルドレットはアニムスのその様子を見て影虎に言った。
「カゲトラちゃん! とりあえず今はこの敵に止めを刺すのよ! 私がこうなった理由なら後でいくらでも話すから!」
「わ、分かりました!」
影虎は何が何やら分からないがひとまずこの勝機を逃す訳にはいかないと思い、刀に強く霊力を籠める。
「アニムス……お前にはこの技で決着を付けたい……お前の小説で覚えたこの技でな……!
…………非想天翳牙!!!!!」
影虎は純粋冠毒の霊力を刀に籠め、ただ単純に地面を突いた。
意識も無意識も無くしてしまう霊力が地面を這い、アニムスを捉えた。
「―――っ―――」
アニムスの意識がプツリと切れ、アニムスは遂に倒れた。
「成功だな……これが俺の……お前への冥土の土産だ……」
影虎はそう言って地に足を付けた。
「ちょっとカゲトラちゃん! ……また無茶したのね……全く、気を付けないと」
「すみません……」
エルドレットが伸ばした糸が影虎の身体を優しく支える。
「兄貴! 回復薬っす!」
「ああ悪い……」
リトテは影虎に駆け寄って回復薬を手渡す。
影虎はリトテからそれを受け取って飲んだ。
身体の傷が少しずつ癒えていき、歩ける程度には回復した。
そしてミコモが泣きながらエルドレットの側に駆け寄り、抱き着いた。
「エル姉ーーー! 良かった……! やっぱりエル姉は生きていたわ……」
「ごめんねミコモちゃん……こんなに心配掛けちゃって……私はお姉さん失格ね……」
「そんな事ない……そんな事ないよ……ううっ……」
エルドレットは顔を埋めるミコモの背中を両手で優しく包み込んだ。
その感動が伝播され皆も涙を拭った。
そんな空気がしばらくの間流れる。
やがてミコモが涙を拭ってエルドレットから離れた後、こう聞いた。
「エル姉……その羽根と糸って何……?」
「ああ……その事ね……」
エルドレットはミコモの問いに対して思い出すようにこう語り出した。
「そうねえ……」
*
*
*
エルドレットがキノニアの爆弾を耐えようとしたあの時。
「うっ……はああああああ!」
エルドレットは凄まじい爆発に苛まれ意識が飛びそうになるのを必死で繋ぎ止めていた。
(皆を巻き込む訳にはいけない……ここで倒れたら姉の名が廃るってものよ……!)
彼女は必死に耐えていた。
微かに、走馬灯を見ながら。
剣術の道場で学んだ事。
女遊びにかまけて道場をサボった事。
師匠に小突かれて叱られた事。
そこで師匠に女心を知れと女言葉で会話するように言われた事。
段々とそれが板に付きオカマになった事。
両親の営む服屋を継がずに冒険者になった事。
そして活躍し、ミコモに出会った事。
(これが走馬灯という物なのかしら……悔いはないわ……けど……出来るならあの子達の行く末を、見届けたいわ……!)
それを願った所為なのか。
それとも唯の偶然だったのか。
エルドレットの想いに応えるように、手から白い糸が伸びてきた。
「な、何よこれ! ああああああああああああ!」
エルドレットは本能で糸を操り、糸でエルドレットの周囲を包み込み、爆発を防いだ。
糸を出した代償なのか、みるみる霊力が減っていき目線が低くなっていく。
(な、何なのかしら……この糸……)
そうエルドレットが疑問に思った次の瞬間、彼女の意識は途絶えた。
*
*
*
「それで次に目を覚ました時には、リトテちゃんの背中だったのよ。変ねーって思いながら出たらカゲトラちゃんがピンチだったから助けたのよ。この不思議な糸でね」
エルドレットは糸を出し入れしながら言った。
「結局その糸の正体はエルさんにも分からないんですね?」
「そうね。この敵が言う事には蛾人族の能力らしいけどね。蛾の幼虫は糸を出すし」
エルドレットはどこか他人事のように言う。
そして影虎は更にエルドレットに質問をした。
「あの……さっきまでエルさんって毛玉みたいな物体になってたんですよ。その時の記憶は無いんですか?」
「ええ……何よそれ……覚えてないわよ」
「う~ん」
影虎は蛾人族とは不思議な種族だなあとつくづく思った。
何故エルドレットから卵になったのかも謎だ。
影虎がそう頭を捻っていると、ミコモが影虎にこう言った。
「ねえカゲトラ、もしかしたらエル姉は霊力の使い過ぎでシラユキになっちゃったんじゃないかしら……普通の種族はならないけどそうとしか考えられないわ……」
「成程……つまり蛾人族は霊力を浪費するとああなるって訳か……」
「じゃあ私が元に戻れたのは霊力を取り戻したから、という事ね」
三人はそう結論付けた。
「おっとそういえば晴人を助けないと。大丈夫かなあいつ」
影虎が晴人の方を見ると、未だ意識を取り戻していなかった。
「どうしよう……アニムスを完全に倒したら多分直るんだろうけどそれだと俺の修行の成果も消えちゃうし、もしかしたら記憶だし倒しても直らないかもな……不味いな」
影虎は焦った。
どんな方法ならば晴人を助けられるのだろうと。
因みに影虎がアニムスに完全に止めを刺さなかったのは戦争を止める方法を失ってしまう可能性があった為である。
霊基という物は持ち主が死んだら効果を失ってしまうのだ。
「あ、これで出来ないか……? ーーー純粋冠毒、精神洗浄」
影虎は純粋冠毒で晴人の精神を回復させる事を試みた。
すると……
「………ん? ここは……」
「おお良かった……」
影虎は目覚めた晴人を見て胸を撫で下ろした。
「あれ、影虎アイツは?」
「俺がもう倒したぞ」
「マジで!? 俺が気絶してる間に何が……ってエルさんが居る!? 死んだんじゃ無かったの? ええ!?」
「ああ……説明は後でするわ。まずはここの探索からだな。まだ俺の勇者の力を見つけてないし」
「いや説明してくれよぉ! 俺一人置いてけぼりじゃん!」
「知らんわボケ」
「おい!」
そうして、晴人も無事に復活した。
後は、最後の勇者の力を探すのみである。




