恐怖の脅威
その後、影虎は壁に耳を当てて家の中で行われた死闘の音を聞いていた。
「ミコモちゃんごめんね! ………睡蓮突き!」
「ギニャアーーー!」
「がふっ!」
おそらくエルドレットは相手を眠らせる技、睡蓮突きを放とうとしたがミコモに防がれてしまったのだろう。
「くっ……もう一回よ。………睡蓮突き!」
「フゥゥッーーー!」
「ぐあっ! な、何で効かないのよ~。今のは完全に入ったじゃない!」
どうやら今のミコモに状態異常は効かないようだ。
「キシャアアーーー!」
「ぎゃあああああああ!」
エルドレットが断末魔のような声を上げた。
それ以降猫の鳴き声しか聞こえてこなかった。
「負けたーーー! 嘘だろ!? あのエルドレットさんが……」
影虎は信じる事が出来なかった。
中級魔族とも互角以上に渡り合うあの強者が。
実にあっけなく負けてしまった。
つまりそれだけの強さをあの状態のミコモは有していると言えるという事だ。
「うん……俺には太刀打ちできないな。落ち着くまでこのまま外にいるか……」
影虎はあっさりと匙を投げた。
*
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そして日が沈み始めてようやくミコモの暴れる音がしなくなった。
影虎はもう大丈夫かなと家に入る。
「カゲトラ、一体何があったのか教えて。早く」
「記憶に残ってないのかよ……」
影虎は事のあらましを説明した。
するとミコモは心底申し訳無さそうな顔になり。
「嘘でしょ……本当にごめんなさい……私が気を付けていればこんな事には……」
「いやまあそれはいいんだけど……何で教えてくれなかったんだ?」
「伝え忘れてたのと、レムネの実ってとてつもなく美味しいから……」
「あっそう……」
影虎は野生の本能とは恐ろしい物なんだなと肝に銘じた。
「エル姉! 大丈夫!?起きて! 起きてよ! ーーー水恵」
ミコモが倒れているエルドレットに回復の霊術を掛ける。
「ん……? あれミコモちゃんは……?」
「大丈夫よ! もう正気に戻ったわ。ごめんなさい……」
影虎は目に涙を浮かべているミコモを見て明日は槍でも降るのかな、と寒気を覚えた。
「仕方が無いわよ。カゲトラちゃんが知らなかっただけだからミコモちゃんは悪くないのよ」
「ううっ……ぐすっ……」
影虎はやれやれと天井を仰いだ。
ミコモが泣き止んだ後、片付けと掃除をしたが、元々家にインテリアなどをあまり置いていない為、片付けは難航する事なく終わった。
*
*
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そしてその翌日。
「さて準備は出来た? 行くわよ~」
「エル姉もう行くの? 私の所為で疲れてるんじゃ……」
三人はそれぞれの装備や薬などを持ち、依頼の洞窟に行こうとしていた。
「大丈夫よ。鎧も修理したし」
ミコモの攻撃で変形が酷かった鎧はまるでそんな事無かったかのように元通りだ。
「エルさん鎧の修復も出来るんですね……この鎧買ったばかりなのに変形した時にはもう三十万が吹き飛んだと焦りましたが直って安心しました」
「ごめんなさい……」
「いやもう気にすんな。新しい必殺技が出来たと思えば……」
「おいふざけんなカゲトラ」
冗談を言う影虎を湿度の高い視線で睨むミコモ。
影虎は若干気圧されつつも目を逸らす。
「それじゃあ、出発するわよ~」
「分かりました」
「は~い」
そうして街を抜けメコルの山を目指す三人。
山に行くためにはメコルの森を通って行かなければならず、道中の道のりは険しいものだった。
唯一の救いは件の洞窟が山の麓にある所だ。
「意外と疲れないな……体が軽いぜ~」
そんなハードな道を汗一つ垂らさず歩いていく影虎。
修行の成果はここでも現れていた。
「今までの俺では考えられなかった事だな……フフ……」
ニヒルな笑みを浮かべて気分に浸る影虎だったが……
「カゲトラ……あんたさっきから何をぶつぶつと……おっ、独眼流クワガタじゃない! この辺じゃ珍しいわね~」
「いやあああああ! 虫マジ無理!どこにいんの!?」
虫という天敵がいた。
ミコモはそんな女子のように騒ぎ立てる影虎を見て、不思議そうな顔をした。
「え?たかが虫じゃない。毒虫じゃないんだから。ほらほら、この独眼流クワガタかっこいいじゃない~」
ミコモは影虎に独眼流クワガタを見せ付ける。
伊達政宗の兜に付いている三日月型の大顎を二つ持っており、青色の金属のような光沢を放ち掴んでいるミコモの手ではよ離せとばかりに蠢いている。
影虎にとってその蠢きは精神的にくるものがあった。
「うわー! それを持ってこっちに来るなミコモ! 俺のそばに近寄るなあぁーーー!」
「大げさねえ。どうしてそこまでびびるのかしら。ねえエル姉……」
「キャー! 虫だわ! ………霧双突き! 霧双突き! 霧双突き……」
そこかしこに(本気の)技を放つエルドレット。
「そう言えばエル姉も虫苦手だったわ……って虫ごときに奥義を使わないでよ!」
ミコモは慌ててエルドレットの技を止めに入った。




