全面戦争開始!
僕の指示を受けて、ネーシャ率いる突撃部隊が先陣を切る。
数にして約20ほどの組み合わせか。すべてのメンバーがクリムゾンワイバーンに跨がり、天空城へと突っ込んでいく。
当然、ユージェスもこちらの出方を読んでいる。ネーシャらが動きだしたのとほぼ同時に、学生たちが姿を現した。
某かの魔法を使用しているのか、学生たちの靴底部分が眩く煌めいている。空を自在に動き回れるのは、その魔法の賜だろう。相変わらず突飛な魔法を使ってくるものだ。
「…………」
僕は精神を集中させ、相手の出方を窺う。
いままでの戦いにおいては、克明に対象の未来を予測できた。
だが今回においてそれはできないようだ。学生たちの未来がだいぶボヤけて見える。これではスキルが思うように使えない。
が、それも無理からぬこと。
今回の敵はまさしく《最強》。
ユージェスも同じく未来予知スキルを利用することができる。僕もユージェスも、未来を読んだうえで対応策を練ることができる。
だから、いかに最強のスキルといえど、先を見通すことができないようだ。
つまりここからは、知略、そしていかに未来予知スキルを使えるかにかかっている――!
と。
『こちらネーシャ。C、敵部隊が引いていくわ。どうする?』
なるほど。
そちらの未来がきたか。
『安い挑発だ。釣られることはない。こちらもいったん引き上げよ』
『了解……!』
僕の指示通り、ネーシャたちが天空城から離れていく。魔物たちが連携できるかも杞憂事項ではあったが、そちらは難なくクリアできているようだ。
「フム。なるほどな」
屋上で待機中のゴブリンが鼻を鳴らす。
「敵軍の動きは陽動。こちらが攻め込んだところを、敵の別部隊が攻め込む手筈になっていたか」
「ああ。そういうことだ」
天空城を見上げながら、僕は小さく返事をするのだった。
★
「釣られないか……」
一方で。
ユージェス・レノアは玉座に腰かけながら、壁面に映る戦況を観察していた。
こちらが一部隊を撤退させて挑発するつもりが、クラージはその策に乗らなかった。うまくいけば、近くに待機させていた部隊で返り討ちにする手筈だった。
「あの大馬鹿者め……」
ユージェスは顔をしかめる。
てっきり魔物軍を囮にして突っ込んでくるものと思っていた。
クラージにしてみれば、魔物とは一時的に結託しているだけで、本来は厄介な存在であるはず。
だからこの機会は魔物をも同時に叩き潰すチャンスだったのだが、クラージはその選択を取らなかった。奴にとっては千載一遇の好機だったのに。
「……まあいい。これで奴の出方はだいたいわかった」
うんざりするほど素直で純粋な人間。
それが俺の知るクラージ・ジェネルだ。
偽りの名前を名乗り、黒装束に身をまとっていても、その本質は変わらないらしい。
――であれば。
こちらはそれを読んだうえで、あいつの策を破ってみせる。
クラージ・ジェネル。
未来予知はたしかに使えない状況だが、おまえの考えていることはお見通しだ……!
★
「…………」
ふっと黙り込むゴブリン。
そしてなにを想ったか、ニヤニヤ笑いながら続けるのだった。
「……ひとまずは安心したよ。我らを囮に用い、人間だけが生き残る戦略ではないようだな」
「なにを言う。当たり前だろう」
さらりと流れ込む温風が、黒装束をはためかせる。天空に煌めく星々が、妙に輝かしい。
「……誰がどう言おうと、おまえたちは仲間だ。その事実は揺るがない」
「…………フン」
ゴブリンが小さく鼻を鳴らす。
「……わかった。いまは信じよう。その言葉を」
ゴブリンが人間によって傷つけられた期間は深く、長い。
だからそう簡単に信じてもらえないだろう。かつての僕がそうだったように。
それでも諦めない。
いつか訪れるはずの、明るい未来を信じて――
『よし! お次はアルル、調子はどうだ』
『ううん……! 陣を張っているだけで、なにもしてこないわ……!』
左翼ではアルル率いるB部隊に陣を張ってもらっている。
のだが、そちらも戦線は静かなようだ。
ユージェスも僕の動きを警戒しているのか、軽率な行動ができずにいるのだろう。
どうする。
ユージェス・レノア。
おまえはどんな策を打って出る……!
僕が黙考していると、一体の骸骨剣士がうんざりしたようにぼやく。
「静かだな……。なにも起きやしないではないか」
「いや。なにも起きていないように見えて、いまはCとユージェスの間を不可視の火花が飛び散っておるよ」
そう答えたのはゴブリンだった。
「どちらも達人同士。迂闊な行動が命取りになる。おそらく――勝負が決まるのは一瞬じゃ」
「一瞬……」
そして、その刹那。
切羽詰まったアルルの念話が、僕の脳を突き刺してきた。
『天空城から大勢の学生を確認! 迎撃を開始するわ!』
『了解! 迂闊な行動だけは謹んでくれよ!』
まずは左翼から狙ってくるか。
思った通り――いや。
違う。
ユージェスの思惑は、そこじゃない。
『こちらネーシャ! こちらにも学生が一斉に押し寄せてきたわ! どうする!?』
「両翼ともに一斉攻撃じゃと……」
ゴブリンが目を見開く。
思いも寄らず大胆な攻撃だ。
ユージェスといえばユージェスらしい。
だが、これは……!
僕は仮面の内側でニヤリと笑うと、片腕を突きだして指示を発する。
『A軍も迎撃を開始せよ! これより全面戦争となる! 気を引き締め、負傷した場合には間違いなく帰還するように!』
『はいっ!』
『グアアア!』
人間と魔物の返事が重なった。




