雰囲気ブレイカー
――魔術都市ナーロット。
さすが魔法面で最先端をいくだけあって、夜はかなり煌びやかだ。
そこかしこに屹立する看板は、魔法のためか、文字が光の軌跡を描いている。
さらに、随所に走りまわる魔導車の照明と音もかなり賑やかだ。港町ルーネはこの時間になるともう静まり返ってしまうが、魔術都市はまだまだ元気である。
そんな雑踏を、僕とアルルは宛もなく歩いていた。ときおり見かける美味しそうな屋台を見かけては、アルルが衝動買いをしていく。
特になんの変哲もない、日常の風景。
でも――僕はこれだけで幸せだった。
僕を認めてくれる女性と何気ない日常を送る。これ以上の幸福があるだろうか。僕は過去、さんざん虐げられてきた。これより多くの物は求めない。
だから。
「ありがとう……アルル」
「……へ?」
ぽつりと呟いたが、あまりにも小声すぎて届かなかったようだ。こくりと小首を傾げてくるが、僕は苦笑するに留めておく。
ちなみに、現在アルルは変装中だ。黒縁眼鏡をかけ、頭にはベレー帽が乗っかっている。
元よりSランク冒険者の身。
彼女自身の知名度はかなりのものだし、加えて昨日の一件もある。Cの正体が僕だと気づかれないための、彼女なりの配慮だと思われた。
「これ……変じゃないかしら?」
最初、アルルが恥ずかしそうにそう聞いてきた。
だから僕は
「いや。綺麗だと思うよ」
と素直な感想を述べたのだが、また真っ赤な顔で足を蹴られてしまった。理不尽すぎて頭が追いつかない。
「あ、クラージ。あれ……」
「え?」
ふいにアルルに呼びかけられ、彼女の指差す方向を見やる。
「あ、あれは……」
「うん。クラージにとって思い出の場所だよね」
ナーロット魔術学園。
僕の幼馴染みにして親友――ユージェス・レノアの通っていた学校でもある。僕も暇を見つけては遊びにいったものだ。
どうやら、現在は《学園祭》の時期にあたるらしい。校門には派手なアーチが構えられており、校庭では各種さまざまな屋台が軒を連ねている。活気もかなりのもので、生徒の呼び声があちこちで飛び交っている。
「そうか……学園祭……」
懐かしい。
たしかにこんな催しもあったな。
「ははは……アルル。僕のために、ここへ連れてきてくれたのかい?」
「ぎくっ」
心の声が聞こえてきたのは気のせいか。
「う、うん……。クラージが……喜んでくれたらと……思って……」
そう言うアルルの顔はいままでにないくらい赤く染まっていて。
いつもの威勢が嘘のように、もじもじ縮こまっていて。
だが、それを突っ込むほど子どもじゃない。いまは彼女の好意と優しさに感謝しよう。
「ありがとう……アルル」
「う……うん……」
逸らしていた視線を戻し、アルルが手を差し出す。
「あ、あのさ……て、手をつなが――」
「へ? 手?」
僕が目を丸くした、そのとき。
「はーい、そこのカップルさん! 良かったらどうですか? 学園祭、まだまだやってますよ!」
ふいに校門に立つ学生に呼びかけられた。
てか、何気なくカップルって言われたぞ。
「うぅ……あの雰囲気ブレイカーめ……」
「ア、アルル? どうしたの?」
「い、いえ。なんでもないわ。――ささ、行きましょう、クラージ」
微笑む彼女に先導されて、僕は懐かしの魔術学園に入っていくのだった。
★
「わ、わああ……」
「これは……想像以上ね……」
校舎内に足を踏み入れた僕たちは、思わず絶句した。
――ナーロット魔術学園。
その内部は遙かに進歩していた。
なにしろ、技術がすごい。
学生たちが魔導車の小型化に取り組んでいるらしく、跨がるタイプの車――学生たちは魔導二輪車と呼んでいた――の試作品が展示してあったり。
さらに驚くべきことに、《蘇生魔法》の開発にも着手しているとのこと。文字通り、死者を蘇らせる魔法だ。これに成功した場合、魔法界に大きな変革が起こるのは想像に難くない。
魔術都市ナーロットが進化していくにつれ、各地から著名人が集うようになった――それが理由らしい。
だからいま教鞭を取っているのも、その筋では一流の人々ばかりだという。
魔物たちも相当の技術を持っていたが、学生たちも負けてない。これならさしたる心配もないかもしれないな。
そして。
この学園祭においては、その技術をふんだんに使ったエンターテイメントが用意されているらしい。
たとえば――お化け屋敷。
「ねえ……アルル」
「うん?」
「怖いの苦手なんでしょ? だったら無理して行かなくても……」
「に、苦手じゃないわ。私、これでもSランク冒険者ですもの」
身バレ防止のためか、《Sランク冒険者》の部分だけ妙に小声で言っているあたり、なんとも可愛らしい。
「そ、それに……!」
さりげなくアルルが手を差し出してくる。また顔が真っ赤だ。
「クラージとこういうの行きたかったの。いいでしょ?」
「…………」
そこまで言われては反論の余地がない。
「まったく、君って奴は……」
ため息をつき、差し出された手を取る。
入場寸前で、アルルがさらに強く手を握ってきたのは気づかないふりをしておいた。
「わあああああっ!! こんなしゃらくさい敵っ……!」
「ちょ、剣抜いちゃ駄目だよ」
「ひええええっ! 幽霊型の魔物なら、魔法で……」
「ちょ、教室が壊れるよ」
「いやああああっ! もう無理……!」
「まったく君は……」
お化け屋敷では散々だった。
泣きわめくアルルが本気で戦闘モードに入りかけたので、制するのが大変だった。ある意味で僕も怖かったよ。
「あはは……すみません。やりすぎちゃいましたか」
出口で待機していた女子学生が、苦笑まじりに話しかけてくる。
「いや。気にしなくていいよ」
床にへたれ込むアルルを尻目に、僕も苦笑を浮かべた。
「それにしても……すごい技術だね。全部、学生だけでやってるのかい?」
「はい。先生に手伝ってもらうこともありますが、基本は私たちだけでやってます」
「そっか……」
登場した幽霊なんて、それこそ本物に思えた。緊張感をそそる背景音や風景、すべてが計算され尽くしているというか。
「ユージェス……。君の後輩たちは、こんなにも立派になってるよ……」
それを思えば、僕のいままでの《人助け》は無駄じゃなかったのかな。冒険者を守ることが、結局は街の治安維持にも繋がってくるから。
良かった。
本当に……
「おーい、起きてるかい」
僕はアルルの肩を揺すりながら言った。
「ちょっと疲れたよね。屋上で風に当たろうよ」
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