ネーシャの恋愛教室
★
「……で、そのまま逃げてきちゃたわけね」
机上で頬杖をつきながら、ネーシャがため息をつく。
「はぁ……あんたは昔からずっと、そそっかしいというか……」
「ううう……嫌われたかな……」
涙を浮かべたアルルが顔を伏せる。
――ネーシャ宅。
新築のアパートの一室を、アルルは訪れていた。なにか困り事が発生したとき、アルルはこうして、いつもネーシャのもとへ逃げ込んでいる。
「ああ……」
アルルがまたしても悲痛な声を発する。
「どうしたらいいかな……きっと、変だと思われてるよね……」
「ええ。それは間違いなくね」
アルルの言葉を、ネーシャは容赦なくぶった斬る。
「うぅ……」
呻き声を発するアルルに、ネーシャは達観の混じった表情を浮かべた。
「でも、あのアルルがね……。いままで剣と魔法と虫取りにしか興味がなかったあなたが……」
「う、うるさいわよ……」
目をぎゅっと閉じて突っ込むアルル。
だが、ネーシャの言うことも事実ではあった。
いままで、恋愛というものに興味が湧かなかったから。そこいらの男よりも、剣や魔法のほうがよっぽど魅力があったから。
だから、誰よりも奥深く剣の道を追求してきた。他の者が恋愛にうつつを抜かしている間に。
その結果として、Sランク冒険者になることができたわけだ。
言い換えれば恋愛の経験がまったくないので、現状なにをどうすればいいのかまったくわからないとも言える。
「でも、そこまで心配する必要あるかしら? クラージ君だって、あなたに少なからず好意を抱いているはずよ」
「ほ、ほんと!?」
急に目を見開いて身を乗り出してきたアルルのほっぺを、ネーシャは「落ち着きなさいよ」と言って押し返す。
「見ればわかるじゃない。だからクラージ君だって、少なからず嬉しがってると思うわ」
「あはは……。よ、よかったぁ……」
「でも、付き合えるかどうかはまた別ね」
「えっ」
喜んだところに水を差された。
「だってそうでしょ? 二人とも恋愛に超奥手なんだもの。たとえお互いに好意があったとしても、きっかけが作れないし、踏み出すこともできない」
「そ、そんなぁ……」
好きなだけじゃ駄目なのか。
なんと難しいのだろう。
剣を振っているほうがまだ楽だ。いい歳して、恋愛のいろはもわからない。
「はぁ……」
机に突っ伏しながら、アルルはため息をつく。
「もう、どうしたらいいかわからないわよ……。こんなの私らしくないのに、クラージを見たら頭が真っ白になって、なにもわからなくなって……」
「あらあらいいわね♪ 青春って感じ」
「ネーシャ……」
恨みがましく睨みつけるアルルに、ネーシャは
「うふふ、冗談よ」
と言って笑った。
「ともかく、昨日はあれだけ頑張ったんだし。今夜くらい、二人きりで出かけてきたらどうかしら?」
「え……!」
それって、まさか。
ガタン! とアルルは椅子から立ち上がった。
「俗に言うデート!?」
「え、ええ……。そうね」
ちょっとだけ目を引きつらせるネーシャ。
「どうかしら? 雰囲気ができれば、あなたでも押せると思うんだけど」
「ナイスアイディア! 早速クラージの部屋へ……」
「待ちなさい」
ネーシャが微細な氷魔法を発動し、退室しかけたアルルの背中に薄氷をぶつける。
「い、いたい……」
「あんたね、なにも考えずに突っ走ってうまくいくと思う? クラージ君を見ると真っ白になっちゃうんでしょ?」
「う、うん……」
「だったら一緒に作戦会議するわよ。まだ時間はあるんだし」
「ネーシャ……」
なんと頼りになるんだろう。
「私、ネーシャとパーティー組んでてよかった……」
「はいはい。じゃ、早く席に戻って」
かくして、女子二人の作戦会議が始まるのだった。
★
今朝のアレはなんだったんだろう……
僕はベッドに仰向けながら、朝のことを考えていた。
新聞を読んでいるところに、アルルがやってきた。そしてなんやかんや話しているうちに――告白っぽいことをされた。
――あの。す、すすすす好きになったかもしれなくもしれなくもないわ、クラージ――
あのときのアルルの表情がいまでも忘れられない。僕のためだけに、心の壁を破ってくれたんだ。きっと。
「でも……」
本当にいいのだろうか。
――僕なんかと。
昨日、魔物たちに僕は堂々と宣戦布告をした。だから今後、魔物どもに狙われる可能性が非常に高い。
一般市民の危険の代わりに、僕がそれを引き受けたことになるんだ。
アルルの好意は正直嬉しい。
だけど……それを受けてしまったら、彼女も危険に晒されることになる。
それは……本当に正しい選択なんだろうか。
加えて恋愛経験のない僕には、今後なにをどうすればいいのかもわからない。
――コンコン。
ふいに扉が叩かれ、僕は頭を起こす。
いつも通り《未来予知》を使おうとして――やめた。彼女は僕のために心の壁を破ってくれた。僕が先を見通すのは、なんかずるいじゃないか。
「はい」
と言って扉を開けると、そこに立っていたのは予想通りの人物で。
「クラージ……今朝はごめんね」
アルル・イサンスがやや頬を染めて僕を待っていた。ちなみに、今朝と同じく妙に色っぽい服装だ。
「ね、クラージ。き、今日は夜景が綺麗よね?」
「え? う、うん……」
なんだそりゃ。
「も、ももももし、良かっはら、一緒に出かけやい? 気晴らしもかねて……」
「一緒に……」
噛みっ噛みだったが、なんとか聞き取ることができた。
僕は数秒だけうつむくと、できるだけ優しい笑顔を意識して言った。
「うん。一緒に出かけよう、アルル」
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