Cの先読み
「う……」
僕の言葉に、ルミアは感情の緒が切れたのか。
「うわああああああああっ!」
といきなり抱きついてきた。
「!? おい!」
「ありがとう。ありがとう……」
涙を流しながら、それだけを呟く始末。元は冷静で気丈な性格なのに、よほど怖い目に遭ったのか。
僕のスキルは、未来を見通すことはできても、過去まではわからないからね。
「くっ……! 離せルミア! 当たってるぞ!」
「ありがとう、ありがとう……」
まずい。
ルミアは取り乱していて聞く耳を持たない。
このままでは、二秒後には非常に面倒くさい展開に――
「なーに照れくさってるのよ、C」
果たして、面倒くさい奴が怒りもあらわにやってきた。腕を組み、僕とルミアを交互に見やっている。
「あらん♪ アルル、嫉妬してるのかしら?」
「って、違うから!」
ネーシャが悪戯っぽい笑みを浮かべながらイジるのも定番の流れだった。
「へ……? あ、あなたたちは……」
ルミアが目を点にする。
僕以外にも人間がいたことに驚いている様子だ。
「ふぅ……」
アルルは怒りをすっと収めるや、すぐさま仕事の顔に戻る。このへんの切り替えはさすがというべきか。
「……アルル・イサンスよ。こっちがパーティーのネーシャ」
「ふふ。あなたはルミアね。ご無沙汰してるわ」
「あ、あわわ……」
今度こそルミアは吃驚仰天した様子で動揺する。
「ア、アルル様……! ネーシャ様……!」
「ふふ。そんなに動じちゃって」
アルルはふっと優しげに微笑むと、片膝を折り、ルミアと視線を合わせる。
「大変な目に遭ったわね。あとは私たちがなんとかする。あなたは安心して逃げ……」
彼女はそこでふっと口をつぐんだ。
――あなたは安心して逃げて。
そう言いたいところが、言えなかったんだろう。
ここは魔物の住まう怪しげな洞窟。なにが潜んでいるかわからない。このまま逃がすのはあまりに危険だ。
この場所で待機するのも危ないし、僕たちと一緒に奥まで進むのはもっと危険。
だから言いあぐねているんだろう。どうすればいいのかを。
だが、僕はこうなることをあらかじめ読んでいた。だからこの場においても、淀みなく指示を出せる。
「大丈夫だ。ルミア、おまえはそのまま帰れ」
「へ……」
「ち、ちょっとC。それは危ないんじゃ……!」
引き留めようとするアルルを、僕は片手で制する。
「道中の罠、および魔物はすべて滅しておいた。帰り道は安全だ」
「あ……」
アルルがはっとしたように息を呑む。
「そっか……そういうことだったんだね……」
念のためルミアの未来を視てみるが、こちらも無問題。おそらくだが、敵は僕たちの対処に手一杯になっている。捕縛した冒険者には構っていられないのだろう。
アルルほどは強くないが、ルミアも卓越した冒険者。そこいらの魔物くらい自力で対処できるし、洞窟の探索もお手のものだろう。
傷も全回復したし、これくらいは問題ないはずだ。
「これを読んでいたなんて……。あなた、やっぱりとんでもないわね……」
ネーシャも呆れ気味に呟く。
彼女に驚いてもらえるとは光栄だ。
僕はルミアに視線を戻すと、なるだけ優しい声音を意識して言った。
「もう大丈夫だ。君は安心して逃げてくれ。そしてどうか……これからも生き続けてほしい」
「あ……」
僕の熱意に、彼女はなにかしら感じ入るものがあったのだろう。しおらしくうつむき、ちょこんと頷く。
「最後に……聞いてもいいですか?」
「む? なんだ」
「ぜひ……あなたの名前を聞かせてほしいです。素敵でかっこいい、命の恩人のお名前を……」
「…………」
僕は立ち上がると、彼女に背を向けつつ言った。
「C。影で世界を救済する者だ」
「C……」
ルミアがぽつりと呟く。
我ながら臭いセリフだが、こういうキャラ設定だから仕方ない。まさか本名を名乗るわけにもいかないしね。
「アルル。他に生存者の気配はあるか」
「……ないわね。この部屋にいるのは彼女だけみたい」
「そうか……」
周囲を見渡せば、相も変わらず、すさまじい数の遺体が横たわっている。それら全員がすでに息絶えており――魔王復活の礎とされたということか。
断じて許せない。
僕だけじゃ到底魔物たちには敵わないけれど、ここにはアルルやネーシャもいる。
どれだけ強大な敵であろうとも、できる限り抗ってみせる。
それがきっと、この最強スキルを手に入れた者の使命だと信じているから。
「いくぞアルル、ネーシャ。私の見立てでは、まだまだ多くの生存者がいる。立ち止まることは叶わない」
「う、うん……! そうね!」
「うふふ。ここまで来たからには、最後まで付き合うわよ」
アルルにネーシャも、より一層気合いを引き締めるのだった。




