おまえを死なせないために。
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アストレア樹海。
その地下通路を、僕たちはひたすらに進んでいた。
やはり最初のギミックには相当の力を入れていたようだ。
道中にも様々な罠が仕掛けられていたが、最初ほどは難易度が高くない。
未来予知による戦略と、アルルたちの飛び抜けた戦術。
これさえあれば、いかに大勢の魔物が相手であろうとも、立ち向かうことができる。
「ねえ、C。なんで罠にわざとハマってるの?」
道中、アルルがこんなことを聞いてきた。
「なんだ。気づいていたか」
「うん。だって、前は魔物のいない通路を案内してくれたのに……」
「もちろん今後のためだ。徒らに進んでいるわけではない。そこは安心してくれ」
「……ならいいけど」
そうして破竹の勢いで進む僕たちは、現在、細い通路を歩いていた。
人ひとりがやっと歩けるというくらい、やけに細まった通路だ。
「あ……」
ふいにアルルが立ち止まる。
その視線の先には、頑丈そうな扉がひとつ。
「どうした」
問いかける僕に、アルルは神妙な顔つきで答える。
「……人の気配がする。そんなに多くないけど……」
「む……。魔物じゃないのか」
「うん。魔物は一匹もいない……」
なるほど。
骸骨剣士やゾンビたちが連れ去る予定だった遺体は、もしかすればここに収容される手筈だったのかもしれない。この扉もたしかに見覚えがあるような……
「どうする? 行ってみる?」
「そうだな……」
とりあえず未来予知を発動してみる。たしかに魔物は潜んでいないようだ。だが――
「入ろう。大事な用事ができた」
「大事な……?」
目を瞬かせるネーシャ。
アルルも同様の反応だ。
だが、説明している猶予はない。どの道、なかに入ればわかることだ。
僕は取っ手に触れ、そのまま横方向にスライドさせる。重苦しい金属音をたてながら、扉は嫌そうに内部の状況を晒しだした。
「…………っ」
室内の光景を見たとき、全員が一様に顔をしかめた。
――死体の山。
そうとしか表現できない光景が広がっていたのである。
さぞ苦しみながら逝ったのだろう。転がっている遺体の多くが、苦悶に表情を歪ませたまま固まっている。数えるもおぞましい死体の数々が、そこにあった。
「くっ……これはひどい……!」
右腕で鼻をおさえながら、ネーシャが呟く。
僕とても、この風景には驚きを禁じえなかった。
――いや。よくよく考えればわかったことだ。
魔物たちは魔王の復活をもくろんでいる。そのために強者の生き血を求めている。
だから、僕の手が届かない場所においても、同様の暴挙が繰り広げられていたんだ。
まさか、ここまで多くの被害者を出しているとは思わなかったが……
「ひどい。虫酸が走るわね……!」
アルルも怒りをあらわにする。
僕が助けにいかなかれば、彼女もこのような末路を辿っていたのだ。
「ああ……。許せないな。絶対に」
僕の未来予知によって視えた違和感は、やっぱり間違っていなかった。港町ルーネの冒険者が標的にされるより前から、この陰謀は進んでいたのだ。
そして。
モゾモゾ――と。
どこからかそんな音が聞こえてきた。アルルもネーシャも聞き取ったようで、二人して目を合わせている。
「C……。まさか……!」
「ああ。そのまさかのようだ」
目を見開くネーシャに応じつつ、僕はある地点へ向けて歩み出す。そこは瓦礫が積まれており、身を隠すにはうってつけの場所だった。
「……っ」
そして僕が生存者の姿を確認したとき、彼女はひどく怯えた様子で尻餅をつく。
「ご、ごごごごめんなさい! も、もう暴れないからっ……!」
「ルミア……」
その女性には見覚えがあった。
港町ルーネを拠点とする冒険者で、やたらと気の強い女性だ。アルルほどではないが。
例のごとく僕を嫌っていて、僕がカウンターに立っていると、わざわざ別の係を呼び出すほどだった。
口癖は「キモい、失せろ」。
僕に対してはかなり口が悪かった。
そんな彼女が――瞳を収縮させ、表情を青くし、悲痛な声で懇願してくる。
「た、助けて。命だけは……」
と。
「ルミア……。よほど怖い目に遭ったんだな」
「え……?」
ここにきてようやく僕が人間だと気づいたのだろう。彼女の様子が少しずつ落ち着いていく。
「いいや。なんでもないさ」
僕は仮面のなかで優しく笑うと、懐から液体入りの瓶を取り出す。
――S級回復薬。
これを振りかけられた者は、たちどころに傷が全回復する。
樹海に来る前、薬屋で買ってきた。かなり値段が張るが、こうなるのはわかっていたから。
「あ……」
僕に薬を振りかけられ、ルミアは驚きの声を発する。
「こ、こんな高い薬を……。どうして……?」
「決まってるだろう。おまえを死なせないためだ」




