無能な元受付係は、敵を蹂躙する。
名もなき地下通路。
その内部は思ったより広大だった。奥行きもかなりあるようで、先がまったく見通せない。
一応、壁面には等間隔で蝋燭が立てかけられている。だからかろうじて光には困らないが、それでもちょっと薄暗い。
魔物にとってはこれくらいの光で充分ということか。
「…………」
洞窟内では相変わらず警報音が鳴り響いている。
が、魔物がやってくる気配はない。こちらの出方を窺っているのか、なにかしらの策を練っているのか……
いや。その両方だな。
「アルル。敵勢力はどれくらいだ」
「んー、ざっと五百匹くらいかしらね」
「五百か……」
さすがはSランク冒険者。
敵の気配だけでその数を察知するとは。
いま、僕の視界にはさまざまな《分岐点》が視えている。判断を誤らないためにも、情報は多いに越したことはない。
「……二人の実力であれば、五百匹と真正面から戦っても問題ないか?」
「うーん、さすがにそれはなんとも言えないわねぇ」
答えたのはネーシャだ。難しそうに顔をしかめながら続ける。
「魔物の強さにもよるわ。Aランク級の奴らがうじゃうじゃ沸いてきたらさすがに真正面突破は無理ね」
「そうか」
なるほどな。
先に潜む魔物の強さを見極め、そのうえで咄嗟の行動を判断せねばならない。僕は被害者を守るのと同時に、アルルとネーシャの命をも預かっている。
責任は重大だ。
ちなみに二人とも剣も魔法も使いこなせるが、どちらかといえばアルルは剣を、ネーシャは魔法を得意とする。このあたりも考慮する必要があるだろう。
――ここだ。
僕は立ち止まるや、通信カードを用いて念話を送る。
『ネーシャ。私の指差す方向へ強力な魔法を。あの壁を壊せればなんでもいい』
僕が示したのは、壁のとある一点。なんの変哲もない普通の壁だが、僕の未来予知は重大なことを教えてくれていた。
『オーケー!』
頼もしい返事とともに、ネーシャは片腕を突き出す。体内から魔力を抽出しているのか、次第に彼女の周囲を金色のオーラが包み始める。
素人の僕でもすごい力を感じるよ。
――でもそれだけじゃ、あいつらは倒せない。
『アルル。おまえはネーシャの魔法が発動後、すぐに壁面へ飛び込め。あの隠し扉には、強力な魔物も潜んでいる』
『……っ。わかったわ!』
真剣きわまる表情で頷くアルル。
心なしか、彼女の周囲を透明な霊気が包み込んでいた。
そのすさまじい気迫たるや――さすがSランク。
普段はおっちょこちょいな彼女だが、戦闘になると例えがたい力を感じる。
「せえええっ!」
ほどなくして、ネーシャが気合いの一声とともに魔法を発動する。
あれは――雷属性の魔法。
一筋の雷を放つ単純な技だが、威力、スピード、ともに強力である。素人たる僕には、その速度がまるで追いきれなかった。このあたりも課題だな。
ドゴォン! と。
ネーシャの放った雷が隠し扉を見事撃破し、その内部を晒しだした。
「……エ?」
いきなり姿を晒す格好となった魔物たちは、実に間抜けな顔をしていた。なかには《顔》のない奴もいるが。
「ていやあああああっっっ!」
そんな連中へ向けて、アルルが容赦ない奇襲を敢行。
そのスピードはまさしく神。
次々と縦横無尽に動きまわっているためか、もしくはなんらかの魔法も併用しているのか、彼女の動きによって旋風が舞い起こる。
彼女が動くたび、巨大な竜巻が魔物群を襲う。
「ぐ、ぐおおおおおおっ!」
その猛攻には、さしもの魔物たちも耐えきれない。アルルの剣技によって、いいように蹂躙されている。
「よし、私も……!」
『待てネーシャ! 焦るな!』
動きだそうとするネーシャを、僕は制する。アルルに加勢したい気持ちはわかるが、いまそれをしたら台無しだ。
『大丈夫だ、アルルのほうは問題ない。今度はその床面に同様の魔法を放ってくれないか』
『わ、わかったわ……!』
ネーシャは戸惑いながらも、僕の指示通りに動いてくれた。一見意味のない行為に見えるが、これが将来、必ず役に立つ。
なぜならば。
「ばぁぁぁぁぁかめ!」
今度は頭上から、数えるもおぞましい魔物の群れが落下してきたからだ。
「本命はこっちだっ……ってぶがぁぁぁああ!」
落下してきた魔物群は、まんまとネーシャによってひび割れた床に激突。そのまま間抜けな悲鳴を発しながら地下に落ちていく。
もはや念話の必要すらない。
僕はありったけの声量で叫んだ。
「いまだアルル! ネーシャ! 最高の技でトドメを!」
「「はい!」」
★
「ご報告します! 博士!」
「む。どうだね、戦況は」
とある一室にて、片眼鏡をかけたゴブリンは報告を受ける。
「ほっほっほ。――まあ、人間ごときにワシの仕掛けを突破できるわけが……」
「そ、それが……最初の仕掛けを呆気なく突破されて……精鋭の魔物たちが無力化されてしまいました……」
「……な」
ゴブリンはぽかんと口を開く。
「う、嘘じゃろ? 大人数で力づくで突破したのか?」
「い、いえ、それが敵勢力はたったの三匹でして……」
「さ、三匹……!?」
――あ、ありえない。
そう呟くゴブリンだった。