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18/45

僕がいる限り、誰も死なせはしない。

 ★


 アルルはパンを持ってきていた。

 おそらく宿の売店で買ってきたのだろう。さまざまな種類のパンが、袋のなかに納められていた。


 僕はベッドをアルルに譲り、自分はテーブル席に座る。


「……申し訳ないけど、僕はもう食べられないよ。居酒屋でけっこう食べたし」


「あら。そうなの」


 アルルが目を丸くする。


 まあ、僕は同年代と比べても小食だ。驚かれるのも仕方はないが。


 ブォォォォオオオン……と。

 窓の外から、魔導車の走行音が聞こえる。


 街の喧噪。

 たなびく風の音。


 そして――昔とはかなり変わってしまったけれど、見覚えのある町並み。


 この雰囲気が、僕は嫌いじゃなかった。


「やっぱりね」


「へ……?」


 唐突に語り出したアルルに、僕はきょとんとする。


「だってクラージ、ときどき懐かしそうな顔するんだもの。昔なにかあったのかな……って」


「はは……そういうことか」


 鋭い人だ。

 さすがはSランク冒険者……いや、そこは関係ないか。


「だから気になったのよ。……か、彼女とかいるのかなぁって」


「いやいや。いないよそんな人」

 僕は苦笑を浮かべつつ、窓の風景を見やりながら、ぼそりと呟く。

「この街にはよく遊びにきたんだ。――亡くなった親友が住んでいた街だからね」


「あ……」


 アルルが切なそうに表情を引き締める。

 その表情は、やはりいままで会った誰よりも優しくて。


 だから僕は、自分の過去を話すことにいささかの抵抗もなかった。


 ――いまでも思い起こされる。


 当時から魔術において才覚を表していたは、《ナーロット魔術学園》に通っていた。


 ……僕はまあ、なにもできなかったから、村の小さな《学び屋》で勉強していたけどね。


 それでも、彼は唯一にして大好きな親友だった。

 離れ離れになっても、僕への態度を変えることはなかったから。


「その、えっと……」

 アルルは視線をさまよわせ、迷いつつも口を開く。

「聞いてもいいかしら……? その、昔のこと」


「うん……いいよ」


 本当は好んでするような話じゃない。

 けれど、アルルになら――特に抵抗もなく、話すことができそうだった。


「彼とは幼なじみだった。生まれ故郷が一緒で、家も近くて……だから、一緒に遊ぶことも多かったんだ」


 ユージェス・レノア。

 それが彼の名だった。


 ――はは、未来予知だって? すげえじゃねえか――


 突然現れた《未来予知》というスキルを、彼だけは受け入れてくれて。


 だから嬉しくて。

 学び屋のみんなは僕を気味悪がっていたのに、彼だけは違ったんだ。


「そっか……」

 アルルが目を伏せて言う。

「たったひとりの理解者……って感じだったのね」


「そう。かなりエロくて、女性には目がなくて、下ネタ大好きだったけど……いい人だったよ」


「そ、そう……」


 アルルの目がちょっと引いた。


「そんなとき、僕はあるもの・・・・を視てしまったんだ」


 ユージェスは孤児だった。

 身寄りはいない。

 山奥で捨てられていた彼を、親切な老夫婦が拾ってくれたのだ。


 事件当日、ユージェスはその老夫婦に会いにいく予定だった――


「僕だって信じたくなかった。その未来を否定したかった。けれど」


 僕は目を伏せ、震える声で呟いた。両膝に置いた拳が、意図せぬうちに揺れてしまう。


「ユージェスは、拾ってくれた老夫婦に殺される……。そんな未来が、ありありと視えてしまったんだ」


「え……」

 アルルが息を呑む。

「そんな……。どうして!」


「わからない。未来予知ではそこまで見通せなかった。聞いた話だと、なにか口論になったらしいけど……」


「口論……」


 怒られるのはわかってた。

 嫌われるのもわかってた。


 彼は老夫婦にとても感謝していたから。


 二人がいなければ、俺は今頃のたれ死んでいた――日頃からそんなふうに言っていたんだ。


 ――おいおい、馬鹿言うんじゃねえよ――


 だから僕が彼の未来を告げたとき、ユージェスはなかば怒りながら言った。


 ――あの人たちが俺を殺すだって? さすがにねえだろ――


 ――で、でも、たしかに視えるんだ。僕のスキルで――


 ――はっ。ふざけんなよ――


 あのとき、僕は殴ってでも彼を止めるべきだった。


 その結果、もっと嫌われたなら仕方ない。

 僕のどうでもいいプライドなんて、人命に比べれば安いもんだ。


「けど、僕はそれができなかった。結局は自分が可愛かったんだと思う。自分が傷ついてまで、誰かを助ける勇気がなかった……」


「そんな……」


「だから――決めたんだ。自分が傷ついてでも、せめて身近な誰かを守っていこうと……」


 冒険者ギルドに就職したのはそのため。


 僕には特化したステータスはない。

 剣も魔法も扱えない。


 だから、せめて。

 ギルドの受付係となることで、死にゆく運命にある人を救うことができれば。


 それならきっと、すこしは……天国にいるユージェスも喜んでくれると信じている。

 たとえそれが、自分を傷つけることになろうとも……


「うん、できるよ」


 そう微笑むアルルの笑顔は、やっぱり誰よりも綺麗で美しくて。

 もし天使というものが存在するならば、きっと彼女のような人を指すのだろう。


「私も……できるだけ手伝うからさ。これからもどんどん頼ってよ」


「……ありがとう。僕なんかのために……」


「いいのよ、好きでやってるんだし」


「す、好きで……?」


「わ、わわわわ! いまのナシ!」


「いたっ!」

 顔を真っ赤にしてビンタされた。

「な、なんて理不尽な……」 


「ふんだ。クラージが悪いんです!」


 ますますもって意味不明だ。


 だが、そんなちょっとおてんばな彼女も、僕は嫌いじゃなかった。


 窓から差し込む暖かな風が、僕たちを優しく包み込んだ。


 ★


 翌日。

 大樹の立ち並ぶ樹海を前に、僕らパーティーは立ち止まった。


「……本当に行くのね? クラージ……いえ、C」


「もちろんだ」

 アルルの真剣きわまる表情に対し、僕はCを演じて答える。

「骸骨剣士、並びにゾンビたちは、遺体回収後、この樹海に入っていく予定・・だった。ここを叩けば、なにかしらの情報を掴めるだろう」


「へぇ……アストリア樹海。もう調べ尽くされた場所だと思うけど……未開の地があるというのね?」


「ああ……そういうことだ」


 ネーシャの言葉に頷いた僕は、くるりと振り向き、二人のSランク冒険者を見渡す。 


「間違いなく、かなりの激戦になることが予想される。いままでで一番きつい戦いになるだろう。それでも――絶対、生きて帰ろう」 


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 11話で魔術都市をはじめて目にしたみたいな発言と態度をとっていてこの流れは違和感が凄まじいので、11話冒頭を改稿したほうが良い形になるかもしれません。 また、今話の1シーンで友人の死に…
[一言] 面白い 更新楽しみです
2020/02/27 20:29 退会済み
管理
[良い点] 毎日楽しみにしてます。 のんびりでも、完結してもらいたいです。 [一言] 誤字報告 親友が済んでいた街だからね→住んでいた
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