クラージを追い出した冒険者ギルドの悲鳴
★
どさっ、と。
僕は思いっきりベッドにダイブした。
疲れた。
もう動きたくない。
なにもできない……
「ふぅ……」
そんなことを考えながら、仰向けに姿勢を変える。
――魔術都市の宿。その一室。
あまり高級な宿ではないが、かなり居心地が良かった。
窓から流れる生暖かい風が、妙に心地よい。さすがは魔術都市というだけあって、夜になっても色彩さまざまな光が瞬いている。この時間でも運営している店舗が多いのだろう。
今日は色々あった。ありすぎた。
たぶん、いままでで一番濃い一日だったのではないか。
それに――
僕は視線をちらりとずらし、クローゼットにかけた黒装束を見やる。
アルルに買ってもらった、変声機能つきの防具。
あれのおかげで、人助けがかなりやりやすくなったと思う。Sランク冒険者を引き連れているのも大きい。
――昔の僕は、なにを言っても信用されなかったから。
それを思えば、まさに最高のプレゼントだ。これでやっと、亡くなった彼に償いができるというもの。
「クラージ。いる?」
ふいに扉の叩かれる音がした。
アルルの声だ。
彼女もこの街に自宅がないので、宿を取っているのである。
「うん。どうしたの?」
僕は重たい身体を起こし、扉越しに返事する。
「ご飯持ってきたわ。開けて」
「ご飯……?」
夕食ならさっき済ませたのに、なぜ……?
という疑問はあったものの、このまま追い返すのも悪い。僕はなんの気なしに扉を開けるや――
「うわっ」
思わず腰を引いてしまう。
アルルだ――パジャマ姿の。
なんというか、女性としての部位がかなり強調されているため、僕は顔を上気させてしまう。
「? どうしたの、クラージ」
「い、いや、なんでもない……」
「そう。とりあえず入るわね」
あっけらかんとした様子で言うなり、そのままずけずけと入室してくる。
こういうところだよな。ネーシャにからかわれるのは。
とは言えず、僕はそのままアルルを受け入れてしまうのだった。
★
その頃、港町ルーネでは。
「はぁ……」
クラージ・ジェネルの同僚――ギーネは、ひとりため息をついていた。
いまいち仕事に集中できない。
あの忌々しい男――クラージがやっといなくなった。だから絶対に気持ちよく仕事できるはずだと思っていた。足を引っ張る奴がいなくなったのだから。
にも関わらず――
「ギーネ。なんだ、サボってんのかよ」
「ひっ」
ふいに背後から話しかけられ、ギーネは肩を竦める。どっと沸いた恐怖感に震えながら、なんとか振り返る。
「ギ、ギルドマスター……?」
「てめー、あんだけやらかしておいてサボってるたぁ、いい度胸じゃねえか? あ?」
「い、いや、それはその……」
元は凄腕の冒険者であったというギルドマスター。その迫力たるや、そこらの現役冒険者を軽く上回る。
「す、すみません、そのぅ……サボっていたのではなく……」
「ゴタゴタうるせぇんだよ! 手を動かせ!」
「ひっ! す、すみません……!」
理由はわからない。
わからないが、クラージがいなくなってから、ギーネはつまらないミスを連発するようになった。
職員同士での連携不足。
重要書類の提出忘れ。
依頼の多重処理。
どれも新人がやりがちなミスだ。ずっと働いてきたギーネが、何度も犯すようなミスではない。
なのに……いったいなぜ。
これを考えたとき、どうしてもあの無能な同僚を思い浮かべてしまう。
ギーネの手が回らなくなったとき、「あの件は大丈夫ですか?」「あれやっときますね」と言ってきたのだ。
しかもそれは、すべて絶妙なタイミング。
ギーネがその仕事を忘れかけたとき、さらっとクラージが思い出させてくれたのだ。
ギーネはずっと、無能なあいつを馬鹿にし続けてきたのに。
それでもずっと、あいつの態度は一貫して変わらなかった。
「偶然か……? まさかな」
ありえない。
俺はもうベテランの職員だ。
一通りの仕事ができなくては話にならない。
なんの才能もない俺が、やっとありつけた職業。
クビにはなりたくない。
あの無能のようにはなりたくない。
もし仮に解雇でもされようものなら――身寄りのいない俺は路頭に迷うことになる。
そのときだった。
「ギーネ! 大変だ!」
ギーネの上司にあたる職員が、とんでもない勢いで事務所に入ってきたのである。
「ナルーアさん……。どうされたんですか」
「ボルドスが右腕を負傷した! これでもう三件目だ!」
「なっ……!」
ギーネは大きく目を見開いた。
クラージがここを去ってから、もうひとつの変化がある。
――冒険者たちの負傷事案が異様に増えているのだ。
いや。
正確には、いままでの事案が少なすぎた。
他のギルドと比べても、ここの支部だけ負傷者が圧倒的に少なかったのである。
それが――いまや見る影もない。
他の支部と同数の負傷者を出すようになった。
そう。
これもまた、クラージがいなくなってから……
「はは。馬鹿らしい……」
ギーネは自身の思考を否定する。
クラージと、負傷者の変動。
この二つが結びつくわけないじゃないか。どうかしている。
「ナルーアさん……。そうなると、あなたが負傷者の対応を……?」
「ああ。申し訳ないがおまえの仕事は手伝えない。頑張ってくれ」
「わかりました……」
おいおい。
これ帰れるのか。
ただでさえ疲れているのに、こんなのあんまりだ……
目の前に堆く積まれた書類の山に、ギーネは泣きそうになるのであった。