叶わなかった人助けも、この姿なら。
アルルが買ってきてくれた、なんとも物々しい黒装束。
デザインはたしかにかっこいいが、僕にはちょっと似つかわしくない。なんか悪役っぽいしね。
これを着るのは正直恥ずかしかった。
――が、せっかく買ってきてくれたものを突き返すわけにもいかず。
僕はドキドキしながらも、それに着替えることにした。ちなみに上から羽織るだけで良いので、下着とかを脱ぐ必要はない。
「ん……。これは」
仮面までもつけ終えたとき、僕は違和感を覚えた。
――声が、変わっている。
普段の女っぽい声とはまるで逆、低くエコーのかかった男声に様変わりしている。
「なるほど……。これなら正体もバレづらいか」
しかも妙に身体にフィットしている。まるで、僕のためだけに作られたかのような――
「ふふ♪ それ実はオーダーメイドでね。知り合いに作ってもらったのよ」
「えっ」
急にアルルがとんでもないことを言うもんだから、僕は思いがけずむせてしまった。
「オ、オーダーメイドって……! 僕のために……?」
「そ。もちろんでしょ。通信カードで事前に連絡しておいたの」
「で、でもお金は」
「いいの。責任取らせて、って言ったでしょ」
「ア、アルル……」
そこまでしてくれるなんて。
たしかに僕はアルルを庇って職を失ったけれど、そんなに負い目に感じる必要はないのに……
そこまでされたら、着ないわけにいかないじゃないか……
「あら。いい雰囲気ね♡ お姉さん退出したほうがいい?」
「「結構です!」」
僕とアルルの声が被った。
そんな僕たちをネーシャは悪戯っぽく笑うと、頬杖をつきながら続けて言った。
「でも、その格好でいつもの口調だと変よ? 変装してるときはかっこつけてみたら?」
「かっこつけるって……」
だが、ネーシャの言い分もわからないではない。
外見が悪役なのに一人称が《僕》。
たしかに違和感ありまくりだ。完璧に姿を隠すなら、そのへんも徹底したほうがいい。
「じゃ、あと名前も考えましょう! 変装用の名前ね!」
「ア、アルル……」
楽しそうにはしゃぐSランク冒険者。
その後ぎゃあぎゃあ騒ぎつつも、僕たちは今後の方針について話し合うのだった。
「うおっ……!」
「なんだあいつは……!」
「あの禍々しい防具……ただ者じゃないな……」
――夜。
今後の方針を話しあった僕たちは、もう一度ギルドに寄ることにした。
アルルにネーシャ、そして黒装束をまとった僕。その三人だ。
「はいはい、通るわよ」
どよめく冒険者たちに脇目も振らず、アルルはずかずかと受付に向かう。僕やネーシャもそれに続いて歩く。
――にしても。
周囲の視線がすごいな。
Sランク冒険者を引き連れ、突然現れた黒装束の男。それを思えば、注目を浴びるのも至極当然ではあるのだが。
なんというか、《クラージ》のときとはまるで反応が違う。
「ねえ。冒険者登録したいんだけど」
受付に到着したアルルが、一番近くにいた係に話しかける。
「は、ははは、はいっ……!」
青年が身体を強ばらせながら応じる。同じ職に就いていた者として、緊張しているのがありありと伝わってくる。
だから僕は思わず、彼がいま一番欲しいであろう言葉を投げかけた。
「そんなに緊張しなくて良い。ゆっくり手続きしてくれ」
「は、はい! すみません……」
ちなみにこの口調はネーシャが提案したものだ。僕としては喋り辛いが、正体を隠すためにはこれくらい徹底しなければなるまい。
数秒後、数枚の書類を持ってきた受付係が、僕を見据えて言う。
「えっと……すみません。登録するのは、あなたですよね……?」
「うむ」
「わかりました。では、こちらの書類にご記入を」
「いいだろう」
差し出された書類に、僕はすらすらと書き込んでいく。
ちなみに名前欄には、《C》とだけ書いておく。
これも打ち合わせによって決まった名前だ。
クラージの頭文字から取った形である。
本名ではなくイニシャルでの登録になってしまうが、ネーシャがあらかじめギルドマスターに根回ししてくれたとのこと。
「あ……これがマスターの言ってた……」
受付係がかっと目を見開く。
強権発動もいいところだが、やはり信頼の厚いSランク冒険者。なんとか承認を得ることができたようだ。
「はい、承りました。Cさん。本日から――アルルさん、ネーシャさんとご一緒に活動されるということですね?」
「うむ」
「わかりました。では、軽くご説明を――」
そこからは業務マニュアルに載ってある内容そのままが説明される。正直耳タコな話だが、一応すべて聞いておいた。忘れてたら大変だしね。
この話を聞いたあとは、何枚かの書類にサインをして終わり。実に簡単だ。
とはいえ僕は最低のEランクから始まるので、単身では難度の高い依頼を受けられない。
せいぜいが薬草採取、卵の運搬だろうか。これらは危険度が低い反面、報酬には期待できない。
冒険者はほぼ誰でもなれるが、これ一本で生計を立てていくことが難しいのだ。
ま、今日のところはなんの問題もない。これで帰る予定だしね。
「――以上です。なにか質問はありますか?」
丁寧な口調で聞いてくる受付係に、僕はゆっくり頷く。
「特にない。丁重な説明、感謝する。――大変だとは思うが、これからも頑張るのだぞ」
「え……?」
受付係は一瞬だけ目を瞬かせたあと、
「は、はい! ありがとうございます!」
と豪快に頭を下げる。
あんなに恐縮しなくてもいいのに……となんだか申し訳ない気分である。この格好、そんなに怖いかな。
「アルル、ネーシャ、帰るぞ」
そう言ってギルドを後にしようとした、その瞬間。
僕は看過できぬものを見てしまった。
――少女だ。
――少女の死んでいる未来が視える。
――いまから《薬草採取》の依頼に向かうつもりが、予期せぬ強敵に遭遇してしまい、手も足も出ずに殺される――
「ん? ク……じゃなくてC、どうしたの?」
当惑するアルルを尻目に、僕は該当の少女に歩み寄る。
見たところ、僕と同じ新米冒険者だ。つま先をギリギリまで伸ばし、掲示板に貼られた依頼書をすみずみまで見渡している。
その手には一枚の依頼書があった。
おそらく、あれが薬草採取の依頼書……彼女を死に追いやる運命の紙だ。
「おい。そこの娘」
「へ……?」
少女はとぼけた顔で振り返る。
――が、僕の物々しい外見、そして両隣に立つSランク冒険者に気づくや、
「は、はいっ! なにかご用でしょうか?」
と背筋を伸ばした。
僕は仮面のなかで苦笑を浮かべつつ、続けて言う。
「……その依頼はやらぬほうがいい。おまえにとって暗い未来が待っている」
「へ……」
「そこの受付係。現地の関係者に連絡をとってくれないか。間違いなく、そこにタイアントワームがいるはずだ」
「タ、タイアントワーム!?」
受付係がぎょっと目を見開く。
タイアントワームといえば、Bランク指定されている危険な魔物だ。討伐の際にはBランク以上の冒険者を数名要する。
こんな大物がのさばっているとなれば、間違いなく騒ぎになる。即座にパーティーを結成し、被害が広がらぬうちに討伐せねばならない。
だから僕がその魔物の名を口にしたことに、周囲の誰もが驚いていた。
そして――
「……Cさんの言う通りでした。現地の周辺でタイアントワームの出現を確認、混乱のため連絡に遅れが出ていたと……」
あっけらかんとした表情の受付係に、周囲がどっと沸く。
「お、おいおい、あいつなんでわかったんだ!?」
「まぐれじゃないよな……」
「こんなまぐれがあるかよ……!」
冒険者たちが次々に喚きだした。
「ほ、本当になぜわかったのですか? タイアントワームが出現したのは、ほんの数分前と聞きましたが……」
「フ。なに、ちょっとした戯れさ」
「た、戯れ……」
絶句する受付係。
我ながら呆れたセリフだが、さりとて本当のことを告げるわけにはいかない。だから良い感じに謎キャラ感を出しておけ――と、これもネーシャのアドバイスそのままだ。
「…………」
少女もしばらく黙り込んでいたが、ほどなくして依頼書を掲示板に戻す。どうしても金が欲しかったようだが、タイアントワームがいるとなれば諦めざるをえないといった様子だ。
「……娘よ。安心するがいい」
言いながら、僕は一番良さげな依頼書を手に取る。
「この内容なら、アルルとネーシャがいれば秒で解決する。一緒に行って、金を稼ごうではないか」
「え……」
『ちょっ……クラージ!! いきなりなにを……!』
『ほんと、お人好しなんだから……』
二人の呆れたような突っ込みが送られてきた。
「ど、どうしてそこまでしてくれるんですか……? なぜ、私なんかに……」
「…………」
きょとんとする少女へ向け、僕はぼそりと呟く。
「もう誰も死なせたくない。ただ――それだけさ」
そして予告通り、秒で依頼を完遂した僕たちは、報酬金の八割を少女に渡した。
「あ、ありがとうございます……! お礼は、いつか……!」
満面の笑みでそう言った少女の表情を、僕はきっと、ずっと忘れないだろう。