ちょ、ちょちょちょ。
アルルとネーシャ。
二人の動きはさすがだった。
襲ってきた魔物たちを、有無を言わせぬままに返り討ちにしたのだ。
「おーほっほっほっほ♪ もう終わりなのぉ?」
と笑いながら鞭を縦横無尽に振るうネーシャは、まさに悪魔……訂正、女王そのものだった。
「ぎゃああ! 痛いっ! 痛いよぉ!」
というゾンビの喚き声が嫌でも耳に残っている。
そういうわけだから、僕の指示はもはや不要だった。なにもしなくても、二人が魔物たちを一方的に叩きのめす――そんな未来が視えたから。
やはり二人は最強だ。
他の冒険者とは一線を画する。
アルルもネーシャも、まったくの無傷で戦いを乗り切った。
被害がゼロだったことを踏まえれば、上々の結果だったと言えるだろう。
とはいえ。
ひとつ課題も見えてきた。
骸骨剣士のときも思ったが、僕自身が軟弱すぎるのだ。
今回は魔物が五体だけだったからいいが、もし、もっと多くの敵が押し寄せてきていたら……僕も襲われていたかもしれない。
だからせめて、防具くらいは新調せねばなるまい。可能なら、顔を隠せるものを。
そうすれば、今後はもっと動きやすくなるだろう。
「はーあ、手応えのない連中だったこと」
もう動かなくなったゾンビを蹴りつつ、ネーシャが頬に手を添え、小悪魔的な笑みを浮かべる。
「ふふ……可能ならもっと叩いてあげたのに……♡」
「ネーシャ……怖いから」
アルルが呆れ混じりに突っ込みをいれた。
そんな二人に苦笑を浮かべつつ、僕は口を開く。
「まあ、仕方ないですよ。こいつらはたぶん、戦闘をするつもりで来たわけじゃない」
「うん……そうね」
そう頷いたのはアルル。
「あと、ゴルゴンロードたちが人間に化けていたのも気がかりだわ。そんな危険な魔法、野放しにはできない……」
たしかにそうだ。
そんな魔法があるのなら、早急にギルドにも通達されているはず。けれど僕は聞いたことがないし、アルルもネーシャもそれは同じだと言う。
やはり、なにかしら不穏な動きがあると見たほうがいいだろう。
加えて、先日戦った骸骨剣士も怪しい。
今更だが、《人外》とされるアルルでさえ適わなかったのが気にかかる。
このへんも含めて、今後調べていくしかあるまい。
やることは一杯あるな。
さて、積もる話もあるが、魔物の屍が近くに転がっているのは気分の良いものではない。
僕たちはギルドマスターを呼び、後処理を手伝ってから、改めてギルドを後にした。
★
魔術都市ルーナット。
その裏通りに面する個室居酒屋に、僕たちは訪れていた。
「なるほどね……」
背もたれに身を預けながら、ネーシャが呟く。
「つまり……クラージ君を私たちのパーティーに入れつつ、魔物の企みを阻止したいってわけね」
「うん。そういうこと」
こくりと頷くアルル。
彼女いわくここの個室は防音がしっかりしているらしく、会話の内容が漏れることはないようだ。これもまた、魔術都市らしく魔法の効果なのだとか。
だから躊躇することなく、すべてネーシャに話すことができた。
僕の固有スキルのこと。
魔物の企みのこと。
さらには、僕が《人助け》をするに至った過去の事情まで……
「うん。とても良いと思うわ。クラージ君なら大歓迎よ」
そう言いながらウインクするネーシャ。
こんなにもあっさり承諾が降りるとは。嬉しいやら何やら。
ちなみに他にも数名メンバーがいるようだが、現在は遠くへ出かけているらしい。
だが――ネーシャは優しさと同時に、現実的な思考も持ち合わせていた。
「けど、不安要素がひとつだけ。クラージ君、剣か魔法の腕に自信はある?」
「…………」
痛いところを突かれた。
「いえ……すみませんが」
と答える僕に、ネーシャは心配そうに続ける。
「そうよね。私たちは曲がりにもSランクだし、できるだけ戦闘時にはクラージ君を守っていきたい。けれど――毎回それができるとは限らないわ」
そう。
それこそが、さっき僕が抱いた懸念要素である。
もし今後、大勢の魔物と戦うことがあった際、さすがに僕の存在は足手まといになるのではないだろうか。
アルルやネーシャのように強くなる必要はない。
けれどせめて、自分くらいは守れるようにならないと……
と、そのとき。
「む、むふふ♪」
アルルが変な声で笑い出した。
「どうしたのアルル? 大好きなクラージ君の隣に座れて頭が湧いちゃったのかしら?」
「ち、違うわよっ!」
顔を赤くして怒り出すアルル。
「そうなると思ってね、良いものを持ってきたのよ!」
「え……?」
当惑する僕とネーシャ。
その反応にアルルはドヤ顔を浮かべると、テーブル下の袋をもぞもぞし始めた。
たしか居酒屋に行く前、アルルが「ちょっとだけ買い物していい?」と武具屋に寄ったのだ。
なにを買ったのかまでは見てないが……まさか。
「じゃじゃーん!」
奇妙なかけ声とともに、アルルが黒装束を僕たちに見せびらかす。
「こ、これは……?」
「そう! クラージの新装備!」
う、嘘だろ。
なんというか……ずいぶんと物々しい。
所々に紅や金の刺繍が施されていて、さながら魔王のような。しかも仮面というオマケまでついている。
「どう? いいでしょ?」
目を輝かせるアルル。
その可愛さに思わず見惚れかけたが、僕はこほんと咳払いする。
「だ、駄目だよ。そんなの、僕に似合わな――」
「いいわね……」
「えっ」
あああネーシャ。
なんであなたまでこんなものを推すんだ。
「これならあなたにぴったりよ。表には姿を現さないけど、陰で人を救うあなたをぴったり再現してるわ」
意味がわからないんですが。
「だって、ね? クラージ君はその能力を知られたくないんでしょ? だから姿を隠せば、多少は動きやすくなるんじゃない?」
「む、むぐぐ……」
そう言われてはぐうの音も出なかった。