未来予知で先手を取って。
「ふんだ」
テーブルに頬杖をつきながら、アルルが口を膨らます。
「同じ部屋って言ってないもん。同じ宿って言ったもん」
「まあまあ、そう怒らないで」
アルルの向かい側で、ネーシャが苦笑する。
僕もちょっと、反応に困っていた。
同じ部屋ではなく、同じ宿……
こう言い訳することで、なんとか体裁を保とうとしているようだ。たしかに両者で意味合いは大きく変わってくる。
だが正直、いまさら感が半端ない。
周囲の冒険者たちは、もう僕たちを羨望の目――あるいは怨念がましい目で見てきている。いまからどう取り繕ったところで、挽回できるとは思えない。
それに実際のところは同じ部屋に泊まっていたのだ。昔から口下手な僕は、こういうときはなにも言わないほうがいいのを心得ている。余計に傷口が広がるだけだ。
だから黙秘を続ける僕に、ネーシャはまたしても苦笑した。
「あはは。いいわよ。もう聞かないから」
「ほ、本当でしょうね……?」
アルルにジトっと睨まれ、ネーシャが
「信用されてないわねぇ……」
とため息をつく。
「まあ、ともあれ。――クラージ君、っていったかしら?」
「あ、はい。クラージ・ジェネル。港町のギルドで受付をやってました」
「うん。何度か手続きしてもらったわね」
「覚えていらっしゃいましたか……」
そう言ってほっと安堵する僕。
ネーシャ・ミラー。
アルルと同じくSランク冒険者であり、このあたりのギルドを拠点として活動している。
Sランクともなれば、世界に数人しかいない達人クラス。
その強さはまさに人の域を飛び越え、人外とまで言われるほど。
そんな大物を受付したのだから、僕としては忘れるはずがなかった。
――彼女も覚えててくれたのは、ちょっと驚きだけれど。
当時の彼女の未来は特に問題なかったので、普通に仕事して終わったはずだ。
コップに注がれたコーヒーを弄びながら、ネーシャが呟く。
「覚えてるわよ。なんだか不思議な目をした男の子だった。まるでなにかを達観したかのような……」
「はは。そんなかっこいいもんじゃないですよ」
言いながら、僕は周囲に視線を巡らす。
もうすこしだ。
さっき気まぐれに発動した《未来予知》によって視えたもの。
きっと間もなく起こるはず……
「クラージ? どうしたの?」
「い、いや……」
訊ねてくるアルルに、僕はかぶりを振る。
「アルル。気をつけて。戦闘の準備を」
「え……」
アルルは数秒だけ目を見開いたが、発言の意味するところを悟ったのだろう。
「わかったわ」
と神妙に頷いた。
「…………?」
ネーシャだけは意味がわからないといったふうに首を傾げていたが、気を取り直したように話題を変えた。
「それで? アルル。話があるって聞いたけど。聞いてもいいかしら?」
「うん。だけどその前に、クラージとネーシャで通信カードを《コネクト》してもらっていい?」
「……念話で話すの? そこまでの内容なのね……」
目を見開きながら、ネーシャが僕に通信カードを差し出す。
僕も言われるがままにそれに応じた。彼女とも一緒に行動するのなら、これは最低限必要なことになる。
そして、無事にコネクトが終わった、その瞬間――
ガチャリ。
ふいにギルドの扉が開かれ、ひとりの男性が入室する。
これは……!
「アルル! 防御の魔法を展開! 急ぎだ!」
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