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悪役令嬢の奴隷は地獄で笑う

作者: 祷幸崇

ちょっとした息抜きに書きました。

なので、設定がかなり雑。中身はほぼないと考えて下さい。


 とある路地裏に物心つく前に捨てられ、身一つで生きてきた少年にとって、あの日は奴隷になった日であり、みすぼらしい地獄から豪華絢爛な地獄へと渡った日でもある。

 そして、同時に忘れられるわけがない記憶だった。

 

「わたくしは悪役令嬢なの。貴方はこれから、わたくしの奴隷になるのよ、感謝なさい」


 そう言った初対面の貴族のご令嬢は目を輝かせていた。



  ◇◆◇◆



 あれから数年経ち、お嬢様は今も昔とそう成長していない。いや、身体は成長している。成長が見られないのは精神の方だ。

 王太子殿下の婚約者で、現王の宰相を務める父を持つ『お嬢様』の名前はマリースティナ・ディラオウント。ディラオウント侯爵家の一人娘であり、愛娘だ。溺愛娘、と言った方が適当か。まあ、何にせよ、お嬢様が両親に大変甘やかされていることは確かだ。

 簡単に言えば、お嬢様は望むもの全てを無条件に与えられてきたということだ。

 そのとある少年もお嬢様が欲しがったために路地裏で侯爵に拾われ、奴隷として、従僕として、従者として、執事としてお嬢様に付き従っているというわけらしい。

 らしい、と言うのは、お嬢様が直接そう言ったのではなく、侯爵から拾われる時に「私の娘が君を欲している」と本当に簡単に説明されたからだ。事実、どうなのかは分からないが、少年にとっては過程などどうでもいいことだ。大切なのは結論。つまりは結果だ。結果、少年は地獄から地獄に移ったというよく分からない状況に陥っている。

 今も路地裏で暮らすしかない者達からすれば、侯爵家の奴隷になったことは大いなる出世だろう。羨み妬まれていることも否めない。

 ただ、それでも、少年は声を大にしてでも言いたいことがある。


――誰か代わってくれよ!


 と。


「ねえ、下僕、焼かれたら人はどうなると思う?」


 そして今日もお嬢様は天使の如き微笑みを浮かべて、悪魔の如き囁きをしてくれるのだ。


「死ぬでしょう」


 今すぐ誰かと、そう路地裏で生活する者と立場を入れ替えても少年は本望である。寧ろ、願ってもないことだ。

 例え入れ替わった先が親に暴力を受けていようと、例え明日餓死する運命があろうと、例えボロ雑巾のような扱いを受けていようと、少年はそこから立ち上がって生きていく貪欲さや薄汚さは持っていると自負しているし、構わないとさえ思っている。


「あら。そんなことは分かるわよ。具体的にどうなるのか気になるの」


 ただ、お嬢様にまた仕えることになるのだけは御免なのだ。

 絶世の美少女。天使。お嬢様を一目見ただけの人々はそう口にする。事実、お嬢様の容姿はそう評することができる。

 そして、お嬢様と少しでも会話した人々は大抵、騙された、という顔をする。

 言ってしまえば、座っているだけ、立っているだけの口を閉ざしたお嬢様は完璧だが、口を一度開けば残念な結果になるというわけだ。

 当のお嬢様は自分の容姿が優れていることは自覚している反面、口が悪いとは思ってもいない。いや、自覚しているが、敢えてそのままにしているという面も所々で見える。

 その理由は知らない。

 少年にとってはお嬢様の気分が全てなのだから。理由を知ったところで、へー、とだけの反応だろう。


「そうですね。焼死は焼かれたために死んだと思われがちですが、その実、一酸化炭素中毒が原因で死亡することがほとんどです。また、焼死した者は口から肺にかけて炎で焼かれ爛れております」

「下僕の言うことは難しいし、長いわ。簡単に説明して」

「つまり、息を吸って苦しい。喉が爛れて激痛。息を止めても苦しい。何やかんや苦しい。何をしても苦しい、痛い。ですね」


 何てことを説明させているんですかね、このお嬢様(悪魔)は。

 聞きたい、と言ったのはお嬢様なのに、お嬢様の聞いた反応は「ふぅん」だけだ。貴族のご令嬢とは思えない。とんだお嬢様なのだ、このお嬢様(悪魔)は。

 まあ、まだ「やってみて」と言われないだけマシだ。時に――さすがに死ぬようなことを命じられたことはないが――興味を持ったお嬢様から命令で今目の前でやりなさい、と言われることがあるのだ。奴隷に拒否権はない。一回だけ、「恋愛って何。恋しなさい」と命じられ、拒否したことはある。いや、それも侯爵から殺されそうになったことと、お嬢様もさすがに恋愛は無理矢理しても恋愛ではないと思っていたことが重なったために拒否できただけなのだが。そうでなければ、奴隷が拒否などできるわけがない。拒否した瞬間、胴と頭が別々になるだろう。


「じゃあ、どんな死に方が一番楽だと思う?」


 俺は今日死ぬんですか。

 咄嗟に出かかった言葉を飲み込んで、「死に方、ですか」と淡々と相槌を打つ。

 急にどうして、という疑問を普通なら抱くはずなのだが、少年とお嬢様の間にそのような質問は今更だ。

 少年がお嬢様と出会った時、開口一番に「わたくしは悪役令嬢なの」と理解し難い言葉を頂いた。お嬢様の言葉はそれからも相変わらず理解できなかったが、言いたいことは分かったつもりだ。

 お嬢様はご自身を物語などに出て来る『悪役令嬢』なるものだと思っているようだ。そして、『悪役令嬢』とは『主人公』と『ヒロイン』の恋をあの手この手で邪魔し、最後には恋い焦がれた『主人公』から断罪される――ギャフンとも言うわ、とお嬢様は言っていた――らしい。『悪役令嬢』は大抵が『主人公』と婚約しており、顔は美人でも性格は最悪らしい。何せ、『ヒロイン』をいじめるから。

 この話は少年がお嬢様と出会ってからずっと言われているもので、その『悪役令嬢』の隣にはずっと『下僕』が付き従っていたらしい。「つまり貴方ね」と言われたが、どういう意味なのかは理解しないでおいた。

 そのため、お嬢様は学園に通われている間、何故か平民上がりの男爵家のご令嬢にやたら構っていた。

 そして遂に、明日、お嬢様の言う『断罪』が行われると言う。ここで明日は卒業パーティでは、と口を挟むことは許されていない。

 『断罪』に向けて、お嬢様は今、心構えをしているらしい。


「毒殺、ですかね」

「毒ぅ? 怖そうなのだけれど」

「いえ。毒と言っても様々な種類がありますので、痛みも苦しみもなく、眠るように死ねる毒がある、と聞いたことがあります」

「え?! そんな毒が??!」


 毒について話していると言うのに、お嬢様は驚くと同時に何故か顔を赤らめる。

 どこに顔を赤らめる要素が、とは言わない。

 お嬢様とはこういうものだ、と割り切るのが一番なのだ。他のご令嬢と比べてはいけない。基準はお嬢様にあるのだから。

 しかも、怖そう、と言っておきながら、その表情は実に楽しそうだ。効果音をつけるなら、ワクワク、だろう。


「しかし、僭越ながらお嬢様。罰はお嬢様ではなく、おそらく別の方が決めるのではないでしょうか」


 おそらく、ではなく、確実にそうであろう。

 どこの国が罪人自身に自分の処罰を決めさせるだろうか。まず、あり得ない。


「あら。悪役令嬢はそんな易々と処罰されるのではないわ」


 ああ、嫌な予感がするのですが。

 少年が頭を抱え始めたのを尻目に、お嬢様は続ける。


「悪役というものはね、死ぬ時まで自分本位なの。だから、処罰される前に下僕、貴方、わたくしにその毒を届けなさい」


――ああ……やはり、俺は死ぬしかないらしい。




  ◇◆◇◆



 穏やかに音楽と時が流れる、貴族のご子息ご令嬢達の晴れ舞台。このめでたい卒業パーティの片隅で、少年の周囲は淀んでいる。

 どうかこのまま穏やかに、何の事件も起きずに終わりますように。

 そう叶わないことを知りつつも願わないではいられなかった。まあ、その些細な願いも、あのお嬢様(悪魔)によって毟り取られてしまうのだろうが。

 はあ、と腹の奥底から息を吐き出すと、少年の視線は前へと向く。

 視線の先にはお嬢様の言う、例の『ヒロイン』なる者だ。

 お嬢様とは別の意味で美しい『ヒロイン』はお嬢様が月だとすると、まるで太陽を連想させる。美しいと言うよりも寧ろ、可愛らしい。そんな言葉が似合うご令嬢だ。

 そして、人混みの中から『ヒロイン』に近寄ってきたのは、まごうことなく、お嬢様だ。

 可哀想に。お花がお嬢様の毒牙にやられてしまう。

 そう思いつつも、少年の足や胴はその場から動こうとしない。自分可愛さ故に。仕方のないことだ。


「貴女何を突っ立っているの? 邪魔なのだけれど」

「あ……す、すみません」

「さっさと女狐は女狐らしく誑かしてきたらよろしいわ」


 お嬢様、なかなかに性格が悪い発言ですね。


「そんな……女狐だなんて……私、それほど美しくもありませんし……このドレスも……私などでは不釣り合いで」

「それ以上うじうじと侮辱することは許さないわよ」

「え?」

「そのドレスは誰か知りませんが、殿方が貴女に贈ったのでしょう? 貴女がそう言ってしまっては、その殿方を辱めることになるのよ」

「ぁ……す、すみませ」

「それに、貴女は魅力的よ。美しく、可愛らしい。ふん。そんなことも分からないだなんて、貴女、本当に馬鹿なのね」


 お嬢様、それでは『ヒロイン』をフォローしているだけですよ。

 口調をいくら『悪役令嬢』へと向けていても、内容がまるで『悪役令嬢』ではない。ただの親切な人だ。

 少年は薄々、お嬢様に悪役は向いていないのでは、と内心で思っていた節がある。何せ、奴隷になったはずの少年に紅茶を入れたり、お菓子をあげたりしているのだ。どう考えても無理があるし、普通の貴族はそんなこと当然しない。

 なのに何故、お嬢様に仕えたくないのかと言えば、変なところで発揮される興味関心が原因だ。変なところでワガママなのだ、お嬢様は。そして無駄に強がり。今までにどれだけ内心でクソガキ、と呼んだことか。

 まあ、そんな調子だから、お嬢様が断罪されることは万に一つもないことだ。

 何故なら――――


「おいルークよ。ちゃんと段取りは済ませてあるのだろうな? というか、ちゃんと君の主人を見張っておいてくれよ」

「段取りの件は知りませんが、媚薬ならこちらに」


 右のポケットから小さな包み紙を取り出す。

 一見すれば、ただのゴミ。しかし、中にはちゃんとした媚薬が入っている。


「なっ! なぜ媚薬?!」

「すみません。王太子殿下でしたらこんなものなくとも、お嬢様を()()()()手に入れられますよね」

「申し訳ありません。いります。ください。欲しいです」


 素直なお方は好ましいですよ。

 食い気味で迫る王太子殿下は必死そのもの。とは言っても、王太子殿下がわざわざ隠れてこんなものを入手させたり、外堀を埋めたりしなくとも、お嬢様は王太子殿下に惚れているのだが、それを知っているのは少年だけだ。

 お嬢様は変な知識――『悪役令嬢』という役柄に興味を持ち、なりきろうとして周りが見えていない。そして、王太子殿下はお嬢様に逃げられる気配を察知して阻止しようと躍起になっている。



 はてさて、これからどうなっていくのやら。

 お嬢様の奴隷となった少年はまだこの地獄にいてもいいかな、とお嬢様を笑って見つめるのだった。



読んで頂いたことに最大の感謝を!

お嬢様と王太子殿下の結末はご想像にお任せします。


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