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電子精霊になってソシャゲ界を徘徊する  作者: 文武ロデオ
チュートリアル編
5/20

第5話 楽しめばいい

前回:物好き世話焼きのほほん先輩案山子アシアさん

「はい?」

「気にしない方がいいよ」


 アシアは断言した。


「......気にするよ」

「なんで?」

「いや、色々あるだろうが。 家族とか仕事とか」

「大事なもの残してきたの?」

「それが分からないから知りたいじゃないか。 いたら挨拶したり、説明したり......別れを、告げたり」


 だって悲しいじゃないか。 大切な誰かがいきなりいなくなるなんて。


「責任感、強いんだね~」


 自分の表情を除くために身長の高いアシアは背中を曲げて首を傾げた。


 からかうようにニコニコ微笑む彼女の顔はいたずらっ子のそれではなく、まるで褒められた幼子のような笑顔だった。 純粋に自分の真面目さを褒めてたと気づいたら少し顔が熱くなった。


「でもわからない以上、同じ無駄をくり返してもどこにもいけないよ」


 アシアは手に持っていた大鎌を杖替わりに末端を地面につけ、身体を起こした。


「麦はね、毎年同じように育たないよ。 天候、病気、水と土の状態......色んなものが麦に影響を与えて、豊作か凶作になるんだよ。 当たり前のことだけど、口に出して頭で理解しても心と身体の中ではわからないものだよね~」


「......」


 自分は己の掌を見つめ、そして前の地面につけた。 軍手を通してひんやりして少し湿っぽい。 これは麦にとってはいい土なのか? 悪い土なのか? いくら近くに感じても、道理を理解しても......なるほど、わからないものもある、か。


「わたしは20年もこの麦畑を見守ってきたんだ~。 だから大抵のことわかってるけど、それでもわからないことが起きるんだよね~。 いきなり竜巻が発生したり、雷が落ちて全身まっくろこげになったり! びっくりしたな~あれ」


 なぜに生きている。


「この前迷い込んだ旅人もすごい人生を送ってたみたいだけど『まぁそんな時もある』といって笑い飛ばして、いつの間にかどっか行っちゃったね」


 そしていつの間にか自分の前にアシアは腰を下ろしてた。 空になった両手を自分の頬につけた。


「だから今は楽しめばいい。 周りを見て、自分が気になるものを思いのまま追いかければいいと思うよ。 本当の目的までちょっと遠回りになるかもしれないけど、辛いことばかり追いかけるときっとそのまま飲み込まれるよ」


 飲み込まれる。 自分に。 苦悶に。 闇に。 彼女の忠告にそんな言葉が連想する。


 頬を持った彼女の手の甲に自分の手を重ねた。 手と頬の間にあった彼女の手は暖かい、やさしい温もりだった。 大きく息を吸っった。 また麦の香りを味わいながら、息を吐いた。


「......確かに。 前回は色々考慮が足りなかった」


 身体を起こし、その場に立った。 夕日を後ろに見渡す限り広がる麦畑の先に手をかざし見据えた。


「今度はもう少し、ゆっくり歩くとするよ」



 ―――



「もういくのかな?」

「ああ。 早速調べたいものが出来てしまった。 大丈夫。 今回はゆっくり時間をかけていくよ」

「うんうん。 休憩もちゃ~んと、とってね~」


 夕日が沈み夜のとばりが下りる頃、自分はマイルームへ帰ることにした。


「世話になった。 すまなかった、自分の相談に乗ってもらって」

「気にしない、気にしない。 物好きお節介焼き案山子冥利に尽きるだよ~。 それに『すまない』じゃなくて『ありがとう』でしょう?」


 アシアはのほほんと微笑んだ。


「......なんか引っかかる言い方だけど、その通りだな。 ありがとうアシア」

「んー......むふふふふ~」

「なんだいきなり」

「初めて名前で呼んでくれた~」


 アシアは嬉しそうに頬に手をつけてクネクネ身体を揺らす。 なんでさ。


「フォントも元気でね~」

「その名前、まだ続いてたんだな」

「フォントはフォントだよ~」


 すっかりフォントという名前が定着してしまった。 だが今はあまり悪い気がしなくなっていた。


 何者でもなかった自分に、彼女は初めて「自身の存在」を与えてくれた。 それにいつの間にか彼女のことをNPCとして見えなくなっていた。 自分の中にも、アシアは大きな存在となっていた。


「また来てねフォント。 いつでも相談に乗るよ~。 次もいっぱいお話しようね」

「ああ、ありがとうアシア。 おやすみ」


 別れを告げて、自分はアプリゲートを潜った。



 ―――そして夜風に麦はさわさわと、ゆりかごのようにやさしく揺らいでた。



 ―――



『お帰りなさいませ。 本日はどのようにしますか?』


 帰りにつれてサポートAIが出迎えた。


「今日は寝る。 自分で目覚めるまで起こすな」

『電子精霊には疲労という概念はありません。 睡眠は必要ないかと』


 いきなり気になる単語が出て来て一瞬硬直したが、頭を振った。


「気分の問題だ。 起こすな」

「了解しました」


 マイルームの中心に自分の生活拠点に向かった。 ベッド、そして椅子と机だけの質素な一人部屋が設置された。 この二日間、半場謹慎状態になっていた自分はマイルーム・マイレイヤーの機能を調べたところ、人数に合わせて生活拠点は大きくなるらしい。 人数の定義が記されてなかったが現在自分一人だけのため必要最低限の家具だけが用意されていた。


 マイルームに戻った自分の身体は「ハベフロ」の案山子からまたいつもの金色のモヤに戻ってしまった。 やはりマイルームに戻ると必ずこの姿になる。 しかし、以前よりも人型の輪郭が鮮明になり、手の指の数が見えるようになった。


 ベッドに身体を預けて掌を見つめる。 サポートは確かに言った。 「電子精霊」と。


 それが今の自分の種族なのか。


 気になるが、今日はもう休むことにした。 大きく息を吸って、吐いた。 久しぶりの熟睡に期待しつつ、瞼をゆっくり閉じた。

アシアさんにほっぺフニフニされたい。


「ハベフロ」はひとまず終わりです。 これまでのお付き合いありがとうございました。


次回:チュートリアル

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