第3話 住民と運営
前回:電子精霊、適当に名前をつける
―――『ハーベスト・フロンティア』、通称『ハベフロ』―――
主人公は麦畑の守護者、案山子になって農場の繁盛のために畑を耕し、作物に水を与え収穫する、田舎のスローライフを満喫する箱庭ゲーム。
害獣・害鳥を撃退したり、新しい住民を迎え入れたり、変わりゆく季節を堪能したり。
今日も平和な農場での一日を楽しもう。
『ハーベスト・フロンティア』へようこそ!
―――
ユーザーはお互いの農場の見せ合いや作物の取引をより楽しむためにメールやメッセージの他にチャット機能が搭載している。 つまりリアルタイムで他のユーザーと会話できる。
ゲームにユーザー同士の会話を可能にしたゲームがあるのなら、自分の中にあった疑問の一つを解消できる。
それはこの電脳世界の外の世界、現実世界である。
言うまでもなく、外側からゲーム内のキャラを操作する存在がなければゲームは成り立たない。
だから自分はユーザーと接触したい。 外の世界がどうなっているのか。 そして自分を知っている誰かがいるのか。 答えを知りためには、とうしてもユーザーを通して確かめなければ。 回りくどいけど避けては通れない道だ。
アプリゲートを潜った先にたどり着いた場所は小さな丘の上だった。 見回すと波打つような丘の凹凸に囲まれた麦畑が広がっていた。
風に乗る麦の匂い、足の裏から感じる土の感触、そして頬にあたる太陽の暖かい輝き。 どれも自分にとっては久しい感覚だった。
視線を自分の手に移すと、そこには軍手を嵌めた人間の掌があった。
先ほどと打って変わって今の自分の姿はハベフロのデフォルトプレイヤーキャラの案山子になっていた。 麻袋の頭や干し草を詰めたチェックのワイシャツとオーバーオールの身体でもちゃんと感覚があるらしい。 しかも電脳世界だと忘れるくらい環境の造りこみがが素晴らしかった。 まるで本物の農場に立っている気になっていた。
もう少し新しい身体に馴染みたいところだが、早く他のユーザーに会いたい。
そう心に決めた瞬間に呼び鈴が鳴った。 音の方へ振り向くと、そこには自分と瓜二つの案山子がこちらに向かって手を振っていた。 どうやら同じタイミングでこのゲームを始めた人のようだ。
【「ハサザワはわはわ4649」さんがフレンド申請を送りました。 フレンド登録しますか?】
探そうと思ったらそちらからやってきた。 選択画面ではもちろん「はい」を選んだ。
「初めまして、よろしく頼む!」
「よろー」
勢いに任せて挨拶して軽く返された。
「さっそくで悪いが自分の話を聞いてくれ。 気づいてたらこの世界に閉じ込められて記憶を失くしたが元人間だということは覚えてる。 会って間もないアンタにこんなことを聞くのは心が痛むが......頼む! ここ最近起きた人身事故を調べて自分に報告してくれ! 多分その中に自分が何者なのかわかるかもしれない。 一生のお願いだ、頼む!」
目の前のユーザーに悲願した。 頼む。 助けて、と。
「......」
相手はしばらく沈黙したと思ったらいきなり踵を返してそそくさと離れていった。
まさかと思い、メニュー画面を開いた。 そして危惧した事態が起こってた。
フレンドリストから彼の名前が消えてた。
「待ってくれ! 嘘じゃないんだ! 自分は本当にこの世界に閉じ込められてるんだ!」
ユーザーを追いかけて必死に訴えた。
「信じられないかもしれない、けど本当のことなんだ! 助けてくれ!」
何度も何度も叫んだ。 やがてどこかの広場に着いたらしく、他のユーザーの姿も見えた。
「頼む、聞いてくれ! 助けてほしいんだ!」
他のユーザーにも救いを求めた。 しかし誰も聞く耳を持たず近づこうとしない。 こっちから近づこうとしても避けられた。 突拍子もない話をほざく狂人に対して当然の反応だった。
「お願いだ! 信じてくれ!」
そう叫んで近くのユーザーの足元にしがみついた。
「ウザッ」
やっと聞こえた一言が氷より冷たく、刃より鋭かった。
「キモッ」
「なんだアレ?」
「ヤバいヤツじゃね?」
「なんかのイベント?」
「うっざー」
「Gross lolol」
「ってゆーか必死すぎw」
「よそでやれ」
「○ね」
立て続けに容赦のない言葉が刺さってきた。
それでも、自分は救いを求めた。 しがみついた足を離さず、必死に―――
ビーーーーーーッッ! ビーーーーーーッッ!
突然耳元で警報音が鳴り、眼前にメニューが強制的に開いた。
『運営からの連絡です。 多数のユーザーの通報によって貴方のアカウントを一時凍結します。 次回のアクセスは48時間後になります。 強制ログアウト開始します』
「なっ...!」
顔から血が引く音がした。 通報までしたユーザーがいた。 ただ助けを求めただけなのに。
いや、だったらユーザーではなく運営なら!
心を切り替えた瞬間、首筋からガクンと強引な引きを感じた。 何事かと一瞬の混乱したが、すぐにその原因に気づいた。
運営は自分をアプリから締め出そうとしていた。 その証拠を示すように、後ろにアプリゲートが待ち構えてた。
「ちょ、まっ―――」
言葉を終える前に、自分の身体はアプリゲートの向こう側へ消えた。
鬱展開はここで一旦終わり...のハズ。
次回:案山子