第20話 作戦開始
「隊長ぉ〜…。めっっっちゃ見られていますよぉ〜…」
隊長と呼んだ兵士は弱々しく周りを見たら白い目をひしひしと感じた。恐怖、苛立ち、好奇心と、様々な視線が彼とその隊長と、「踊るカッコウの宿り木」を囲む大部隊に向けた。
「聖騎士様だけのために全軍を挙げて捕縛なんて、やっぱりなんか変ですよ〜…」
「そうでっせ大将。こりゃあ事実上お国様に喧嘩をふっかけたようなモンでっせ」
「今一度撤収し、イヴァル様の真意を確かめるのも一手かと…」
弱腰の兵士に続いて後ろも隊長に説得を試みる。
しかしーーー
「「「なぁにを言うか!?」」」
兵隊長は拳を握り、吠える。体を巻くような大型管楽器みたいな拡張機に叫び、ただでさえ煩い声に耐え難い耳鳴りが続く。
「「「我が国の一大事であるぞ!? 反逆者共は今! それ程の力を有してるのだ!! この事実を知る我らが動かずして誰がやるのだ!?」」」
金の割る声が周囲の建物から反響し幾つもの層になり、鼓膜を破るようにその場の人間を襲う。
「「「これは捕縛でも討伐でもない。断罪だ!! 我々の中に紛れ潜む憎き怨敵から国民を守るために、イヴァル様は我らにこの勅命を下したのだ!! 我々を信じて!! 敵を討てと!!」」」
「え。確か捕縛命令でしたよね? 何故討つことになっていますか!?」
「そこはアレだ、恋は盲目……みたいな?」
「神のように伯爵様を盲信的に拝めているだけでしょう」
部下の言い分をよそに兵隊長は痺れを切らしたか、手をかざした。
「「「そうだ!! そうに違いない!! ならば情け無用!! 全兵隊前へ!!」」」
ドォォォンン!!
兵隊長の号令と同時に、宿の正面出入口が弾け飛び、爆風が兵を襲った。
「「ゥウァァァァアアアア!?」」
兵は衝撃で後ろへ転がるようにのけぞる。
目の当たりにした人間全てが息を飲む。土埃が引いていく静けの中、ちいさくバチバチと電気が地面を走った。
するとひとつの影が宿から飛び出す。影は空高く飛んだと思いきや、重力に身を任せて兵隊の中心へ落ちてきた。
『轟け稲妻! 罪びとに裁きの雷を!』
着地と同時に剣から雷を呼び出し、再び兵を吹き飛ばす。
「「ギャアアアア!?」」
たった一人の人間に何十ものの軍勢を翻弄する。
そんな異業を難なくとやって退ける傑物といえば、その場にいる彼らが知る人物など決まっていた。
影はフードを脱ぎ、陽の光に輝く金色の髪を風のままに流す。
「我は聖騎士アリシア! 聖女アリア様の剣であり盾である! この名に覚えある者は控えよ!」
周囲に向けてアリシアは堂々とその凛々しい姿を表す。圧倒的な存在感と力の前に一番近い兵士達はたじろぐ。
しかし、距離を置いたうるさい兵隊長までは威圧が届かずにいた。逆に逃させまいと討伐対象を前にしてに目を眩んでいた。
「「「お、おぉう! ついに現れたな、逆賊の女狐め! 生死は問わない! あの女をひっ捕らえよ!!」」」
隊長の二度目の号令に、かろうじて理性を保ってた者からアリシアに突撃を開始した。
「よかろう。その蛮勇、受けてたつ! この首が欲しければとってみるがいい!!」
アリシアはフードをかけなおし、剣を振るう。
一人、また一人と。向かい来る敵をなぎ倒した。
倒れた者と隣に立つ兵士の頭を踏み台にして器用に建物を登った。
「屋根の上だ!」
「逃すな、追えー!」
「あっちだ! 続けー!」
いくつかの屋根を渡った後、彼女は壁が挟んだ路地裏へ飛び降りた。
「消えた!?」
「降りただけだ! そっち行ったかー!?」
街中を走る団体の足音で地鳴りが続いた。すると……。
「いたぞ! あそこだ!」
「追えー!!」
全速力でフードを深く被った彼女の姿が路地裏から出た。
「「「ええい、何グズグズしている!? さっさと捕まらんか!?」」」
「ダメです! 追いつけませんん〜!」
隊長に続き、兵がどんどん彼女にひかれるように追いかけていた。
次第に広場から人気も引いていく。
ーーー
「……上手くいった、みたいだな」
安全を確認したあと一息ついた。
騒ぎの中、自分たち三人はバーンズ北西の森まで逃げ延びた。
「だな。馬鹿みたいに囮を追いかけていったぜ」
ロアはフードを下ろして銀髪を表した。前髪で片目が隠れても相変わらずの無表情だった。バーンズからかなりの距離を全速力で離脱したものの、洗い息切れでも眉ひとつも変わらずにいた。さすが、としか言えない。
「で、あんたらの指示に従ってあの女を囮にしたが。あんたはそれで良かったのか?」
視線を移した先に先ほど単独で追われてたはずのアリシアが立っていた。
脱出の際入れ替わり、グレイスが囮に買って出て敵を引き離してくれた。言うまでもなく『黒い宝箱』はこちらにあった。
「余計な荷物を背負っていないグレイスに追いつく者はこの世にいないと断言できる。適当に追手をまいて私たちと合流するだろう」
そういってグレイスが預けた荷物を背負い直して北西への道へ向かう。
「急ごう。まずはアルフォンス領までだ」