第18話 勝ったも負けたも同然
前回: 交渉成立……交渉?
ーーー作戦開始より数時間前。
ある屋敷の一室。 二人の人影が向かい、話し合っていた。
「して、かの聖騎士はどうしてる?」
「はっ。 従者と合流した後に例の傭兵ニ名雇い入れたようです」
「悪名高いバトルメイジと洗練された動きをする見習いか……」
「貧相な武装でも、あれほど使いこなせるなら熟練度も早期に達しましょう。 いずれ脅威になります。 今のうちに亡き者にすべきかと」
「まぁ待て。 今回は必ず『黒い宝箱』が開くだろう。 この世界にどのような影響をもたらすのか、調べるには丁度いい機会じゃないか」
「……はっ」
「お前の懸念は分かっているつもりだ。 その虫の知らせに何度も命拾いしたこと忘れていないぞ? その男もいずれ始末しよう」
「……」
「だが今は『黒い宝箱』だ。 あの男一人に対してこちらは少なくとも三個の存在が確定してる。 それ即ち三回も人類文明を土に還す力だ。 今回の騒動でこの箱の今後の扱いが分かりやすくなるだろう」
「……はっ」
「全く……苦労して証拠を消したのに、台無しではないか」
腰を掛けていた男の影はくつくつとほくそ笑む。
その前に跪く騎士の影はフルフェイスの兜の裏に顔をしかめていた。
彼が支えるこの男はことの事態を真剣に考えてはいない。 遊戯盤の上を自分が動かしてない駒の有様を、ただニヤニヤと眺めていたのだった。
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「まだか、まだか、まだなのか!? いつになったら『黒い宝箱』が手に入るんだ!?」
怒り狂った黒髪の中年が書斎の本棚から本を掴み、至る所まで投げ散らかした。
「も、申し訳ございません領主様! 女の場所は掴んでおります! 今しばらくの猶予を」
「くどいくどいくどい!! 聞き飽きたわそのセリフ!!」
領主と呼ばれた男の配下は主の怒りを抑えようとするが、逆に機嫌を逆撫でしてしまった。
「いいか!? 我がアルフォンス領の繁栄と王国の未来のために、なんとしても英雄の力が必要だ! そしてその英雄と成る者は、このイヴァル様だ! わかったか? わかっただろう!? わかったならば兵を動かしてあの売国者を引っ捕らえろ!」
「へ、兵をですか!? お待ちください! そんなことしたら我々の成してる所行が王国に、陛下にバレます! それだけは!」
「どうかお考え直してください、領主様ぁ!!」
配下は必死に懇願した。 領主のイヴァルは王家に対してクーデターを起こそうというのだ。 秘密裏に動くために盗賊と賞金稼ぎのみ使っていたが、要らぬ邪魔が入ったせいで箱の奪取は失敗した。
もしも兵を動かしたら、必ず王国がその出動の動機を探り、いずれクーデターも『黒い宝箱』も王の耳に入る。 言われるまでもなく、懲罰が下される。 処刑にされてもおかしくはない。
「その陛下が我々の領地を切り捨てたのだ。 大地が枯れ、ろくに食物も取れない領民は飢えの寸前である。 助力を仰いだら王家はワシの裁量の失態と結論づけ、逆に莫大な罰金を要求した!」
イヴァルは追い込まれていた。 突然干ばつによる飢えと、政策として自身が統治する領民への増税で収めるものが抑えきれなくなった。 領民からは不満と不安の声が相次ぎ、しかし国からなんの支援が送られていない。
そんな藁にも縋りたい気持ちのイヴァルは英雄になるという狂気じみた結論だった。 暴君を捌き、民を救う英雄ならば、領地を、国を、そして自分自身も救えると考えてたのだ。
「『黒い宝箱』はすぐ目の前にある! どうせ敵になるんだ、今更王国の腐った目を気にしては大いなる大義を為せなくなる! かまわん、兵を出せ!」
「そ、そんなぁ……!」
「三度も言わせないぞ? 三度目はないぞ? 三度も言わせるつもりかぁ!?」
「は、はひぃぃ!」
「失礼ひましたぁぁ!!」
配下は慌てて書斎を後にした。
「……全く。 使えない奴らだよ。 まるで我が出来の悪い娘のようだ」
するとイヴァルは後ろに座って居た女性に悪態をつけた。
白いローブに深紅のカーディガンを羽織り、甘栗色の長い髪は三つ編みに結ばれて後ろから左肩の前にかけて垂れてた。 顔も綺麗に整っていて、その美貌を見る者全てが彼女のを「聖女」と呼ぶ。
しかし、彼女の手は椅子の後ろに縛られて、足も同様に椅子に繋がれてた。
「……いくら養女といえ、娘にこの様な扱いはしませんと思いますが、お父様?」
皮肉と怒りをたっぷり込めた声で聖女は父と呼んだ男を睨む。
「ワシの一番強い騎士を甘い言葉で抱き込んで親を売る小娘には足りない仕置きよ。 誰のおかげでここまで育てたか忘れたわけではあるまい」
「王のお眼鏡に敵うために生みの親から引き離しただけでは育てたとは言いません」
「ならそいつらを恨むんだな。 嬉々としてお前を差し出してきたからな」
いつまでも平然を装うとした聖女は、わずかに眉間にしわを寄せた。
「……そんなことよりも、『黒い宝箱』を諦めてください。 アレは人間が扱っていいものではありません。 まして、戦場に一度も立っていないお父様なんかでは」
イヴァルは聖女に近づき、平手で頬を叩いた。
「三度も言わせるな」
地獄が凍てつくかえすような冷徹の声で最終警告を下し、イヴァルは踵を返して書斎から出た。
残された聖女の口から一滴の血が流れた。 悔しそうに唇を噛み、彼女は窓の外を見る。
「アリシア……」
聖女は、アリアは聖騎士の名前を呟いた。
以上、黒幕でした。
次回: 好転する展開