第16話 差し伸べた手
前回: 毒舌荷物持ち
「なんだ? アンタはこんなちっぽけな置物のために追っかけられたのか?」
怪訝そうに尋ねたロアは『黒い宝箱』へ手を伸ばした。
「触るな!」
アリシアは声を上げ、ロアはビクッと反射で手を引いた。
「触ると力に飲み込まれるぞ」
今までにないくらいにアリシアの声が鋭い。 何人たりとも寄せ付けさせない怒気を発していた。
「どういうことだ?」
「わたくし達が仕える聖女アリア様によりますと、この箱は空間を歪み、何処からか莫大な魔力を吸い上げているらしいです。 それもこの世界の理さえも覆すくらいの量を半永久的に、です」
グレイスがそう補足した。
「この箱を落とした魔物が討伐されるまで結構な被害が出た。 結果、街一つ、村三つ、近隣の動植物全てが一匹の化け物の手に落ちた」
「これが人の手に渡るとそれを上回る悲劇が起きるでしょうね」
……自分達の目の前に、世界を終わらせる爆弾が置いてあったのだ。
「触ってて大丈夫なのか?」
「ああ。 私は信仰の騎士だから女神の奇跡が守ってくださる。『黒い宝箱』の力を拒絶してる以上、これはこの世にあってはならない異物と女神が判断しただろう」
「実際アリア様は女神様から啓示でそのように告げられました。 逆に信仰が弱い人間ほど悪魔は漬け込みやすいです。 力に溺れて我を忘れて暴れ、最後には身の破滅まで至るとも仰ってました」
「マジでか……。 連中それを知ってて奪おうとしたのか?」
アリシアは首を振った。
「いや、奴らは単なる賞金稼ぎだろう。 恐らく黒幕がいる」
「はい。 見え隠れする影をいくつか確認しましたが、奴らの根回しは完璧です。 恥ずかしながら後一歩のところですぐ消えています」
グレイスは悔しそうにため息を吐く。
「昨日捕らえた連中のリーダーは? 奴から何か聞き出せないのか?」
「街の警備兵数名とともに暗殺されました」
唯一の手がかりまで消された。
「……忠告、だろうな」
掴めるまでの距離に尻尾をチラつかせるのは、敵が常にアリシアの動きを把握しているとアピールしているからだ。 ロアはそう一人で納得した。
「いや、警告だ」
だが女騎士は否定した。
「姫は私に『黒い宝箱』を託し、退路の確保に自らを敵に差し出した」
「げぇ」
ロアは露骨に嫌な声を出した。
ーーー
「……その、アリア様というのは……」
訪ねてみたが歯切れが悪い。
「……わたくし達近衛騎士団が仕えてるお方です。 とても優しく、わたくし達同じ出の修道院の皆に愛されております」
グレイスがアリシアの代わりに教えてくれた。
「女神からの加護を授かり、教会からは数少ない『聖女』の称号を得た大変素晴らしいお方です。 彼女に仕え、共にあることは我々の誇りです。 しかし……」
グレイスは心配そうにアリシアの方を見る。
「……先日の巡礼の間、私達は盗賊に襲われた。 後ろからの奇襲で数多くの同士が命を落とした。 身を呈して姫を守る彼らは騎士としての使命を立派に果たした……なのに私は……!」
手を額に当て、アリシアは顔をしかめる。
「わたくしは『黒い宝箱』の情報を得るために別行動を取っていました。 昨日派遣先でアリシア様と合流して事情を把握しました。 早馬で本部へ使者を送りましたが、増援は早くて三日はかかります」
増援を待った方が最善だろうけど、聖女が人質に捕らえられてる以上事態は一刻の猶予もない。
「……ここまで聞いておいてなんだけど、なんで自分達にこの話を?」
「フフッ、貴方達は変わってらっしゃるからです」
グレイスは笑顔でいきなりとんでもないことを口にする。 「あぁ?」と凄むロアをよそに淡々と続ける。
「普通大勢の巨漢に追いかけられた女性を助けようと思いませんよ。 メリットも何もない上、いたずらに怪我を負うだけです。 まぁその女性が目当てだったら話が違いますが、そこは追々」
最後の余計な一言は冗談と思いたいが、グレイスの笑顔から謎の威圧を感じた。
「おいフォント、この女俺たちのことバカと言ってるぜ?」
「ええ、バカです。 救いようがないです。 お人好しにも程があります」
ロアの言葉をはっきり肯定するグレイス。 だが本人たちは楽しそうだった。
初めて会ったというのに仲いいな。
そしてグレイスは優しく微笑んだ。
「そんなお人好しに、わたくし達は頼りたいと思います」
座ってたグレイスは立ち上がり、頭を下げた。
「窮地に立っていたアリシア様を救いいただき誠に有難うございました。 つきましては、フォント様、ロア様の両名にご依頼を指名をさせていただきたい所存です」
褒めて伸びる子なんです。
次回: 作戦
しばらく更新は更に不定期になると思います。 すみません!