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虹の髪のエリオン  作者: 芳蓮蔵
第一章
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第6話 魔法

 僕とツキノが『登録の儀』を終えてから2週間が経った。儀式によってデバイス石の操作権限を得たことで、僕らは成人として認められ、他の大人達と同じように蟻塚での仕事が与えられた。


 僕に任されたのは、リフトの滑車を点検して修理する仕事。修理とは云っても、特別な技術はほとんど必要無い。劣化している箇所を見つけてから、そこに売り物にならないような小さいデバイス石の欠片を塗り込む(・・・・)だけで、あとはデバイスが勝手に結合して直してくれるからだ。それでも毎日動き続ける計64個もの滑車を見るのは一苦労で、全部を細かく点検して回るのには4日もかかる。休みの日にはドトの手伝いもしなくちゃいけないし、大人っていうのは僕が想像していたよりずっと大変なんだと実感した。

 一方のツキノはと言えば、元々料理好きなこともあって、彼女は下層にある食堂で料理人の見習いとして働いていた。毎月訪れる行商人から仕入れた香辛料、ドト達が交易所で交換してきた大量の食材、狩り師の人が森で獲ってきた獲物などを使って、働く皆に昼食を振る舞う公益食堂だ。好きな事とは云え彼女は彼女で、やはり僕とは違った苦労が沢山あるんだろうというのは、今なら容易に想像がつく。


 そして僕らは毎日、互いに仕事を終えた後でフェルマン先生の家を訪れ、魔法の勉強に勤しんでいた。



 ***



 乾いた土の地面に、短い木杖で直径2メートル程の円を描く。そして内側に一回り小さな同心円を描くと、線の隙間に見慣れぬ象形文字をスラスラと書き足していく。


「――これでよし」とフェルマン。


 蟻塚からそう遠くはない、土と砂が混じった茶色い平地。陽は傾いてきているものの、夜になるまでにはまだ大分時間がある。

 フェルマンは自身で描いた丸い図柄を指差して言った。


「これで完成。これが魔法陣だ」


 キョトンとした顔でそれを見つめるエリオン。それに並ぶツキノ。


「これだけですか? なんかもっとこう、魔法具とか――」


「そういうのは必要無い。魔法陣というのは、術者の心の宣言が可視化されたものだからね。本来ならこうやって書く必要すら無いんだ。ただ君達は初めてだから、これでデバイスへの命令を補間してあげるのさ。――見ててごらん」


 フェルマンはそう言ってから、右手に持った杖を演奏前の指揮者よろしく、軽い手振りで持ち上げた。するとその杖の先端に、小さな黄色い光の魔法陣が出現した。


照らし出せ(リィト・スヒーネ)


 彼が呟いた直後に、その魔法陣から3センチ程の眩い光球が現れる。それは暫くの間フワフワと空中を漂いながら周囲を照らし、やがて音も無く消えていった。


「凄い……これが魔法――」とエリオン。


 目を丸くする彼の横で、ツキノも食い入るようにそれを見つめていた。彼女は過去に何度かフェルマンが魔法を使うところを見たことがあったが、こうして改めて見ると、やはり不思議なものだと思わざるを得ないのであった。


「今見た通り、慣れてしまえば陣は自分で作り出せる、というか自然と発生する感じだね。――ではまずツキノからやってみよう。ここに立って」


 フェルマンに促されて、ツキノが魔法陣の真ん中に立つ。


「いいかいツキノ? 私が教えたことを思い出して。自分自身の肉体を介して、魔素に呼び掛けるんだ。手でデバイス石を変化させるのと同じように、心の手で魔法陣を描く」


「……はい。やってみます――」とツキノ。


 緊張した面持ちで目を瞑り、ツキノは今しがたフェルマンが陣を描いていた様子を、心の中で自分の動作に置き換える――すると彼女の周りにぼんやりとした光が現れ、足元の魔法陣が薄っすらと光りだした。


「うん、その調子だ。魔素が反応している」


 フェルマンが伝えるまでもなく、ツキノは己の内に宿る熱を感じていた。喩えるならば、寒い日に飲んだ温かいスープが喉を通っていく時のような、身体の奥に流れる熱である。それが首筋から手足の末端にまで、一気に拡がっていく感覚。


「温かい……これが魔素……? 身体の中に流れを感じます」


「それだ。そのまま手を伸ばして詠唱してごらん。何でもいい、君の好きな呪文を」


「好きな呪文――」


 ツキノは数瞬頭を巡らせてから、ここ数日で習った『()アーマンティル言語』の詠唱文を思い出す。そして手の平を前に向けて、行き当たった言葉を口に出した。


芽生えよ(ル・ゴウス)……』


 すると彼女を取り囲む魔法陣が緑色に変わり、そこから生え出た光の蔓が彼女の身体を伝って掌の先へ――。ツキノの固い顔が笑顔に変わる。


「出来ました! 先生!」


「うん、上出来だ。その感覚を忘れないように」と、フェルマンも同じく笑顔で返す。


 しかし魔法の蔓は何かをするでもなく、会話をしている間に儚く消えていった。それを見たツキノが「あ……」と、残念そうに表情を曇らせたが、フェルマンは笑顔のまま。


「今の詠唱文は魔法に効果を持たせるものではなかったが、練習の成果としては充分な結果だよ、ツキノ。初めての詠唱で、ここまでハッキリとした形で発動できる人間はなかなかいない。君には素質がある。精進を怠らなければ、将来立派な魔法使いになれる」


 そう言われて、再びパッと花を咲かせたような笑顔を見せるツキノ。


「――ではエリオン、今度は君の番だ」


 フェルマンが促すとエリオンは、笑みの解れぬツキノと入れ替わりに魔法陣の上に立つ。フェルマンは足跡で消え掛けた陣を、上書きしながら言う。


「エリオン、今ツキノがやったのをお手本にするといい。まずはしっかりと魔素を感じ取り、繋がることをイメージするんだ。デバイスにアクセス出来れば、その魔法陣が光る」


「解りました(――デバイスと繋がるイメージ……)」


 陣が完成するのを待ってから、エリオンは深呼吸をすると、先程のツキノを参考にして目を瞑ってみた。そして自分の心の奥底へ沈むかのように、意識を深い所へと運んでいく。


「………………」


 ――しかし。


「…………ダメです。何も感じられません」


 描かれた魔法陣は輝くどころか蛍火ほどの明かりも見せず、しんとした擬音だけを響かせた。


「おかしいな……」とフェルマン。


 彼は腕を組んで片手を顎に添えると、じっと考え込みながら、(すが)るような瞳のエリオンと無言の魔法陣を見比べる。


(権限があれば、魔法の発動は出来ずとも何らかの反応があるはずなんだが……。陣が無反応ということは、ひょっとして彼は――)


 そして不安な顔でフェルマンの言葉を待つエリオンに、フェルマンは考え至った一つの可能性を口にした。


「エリオン。……ひょっとしたら君は、殊能者(グレイター)なのかもしれない」


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