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虹の髪のエリオン  作者: 芳蓮蔵
第一章
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第15話 慟哭の後

 まるで組み上げられぬまま放置された玩具人形の様な、五体バラバラの肉塊となったドト。(おびただ)しい量の血の池に沈むフェルマン。そしてモリド兵士達の死体。

 つい1時間ほど前まで結晶蝶の幻想的な景色に沸いていた前夜祭の広場には、悪夢のような戦跡だけが残されている。


 自身の力で歩む意思を見せないエリオンを、大門の(かたわ)らに立っていた二人の兵士がエイレから引き継いだ。兵士達は彼を挟んで、両側から腕を組み支えるようにして、蟻塚の外へと連れ出す。

 そうされている間も、エリオンの顔は後ろに向けられたまま、自分の父と師の無残な(むくろ)から目を離さないでいた。

 ゼスクスは彼らに先んじて機械馬に跨ると、ヘルメットに内蔵された通信機(マイク)から指示を出す。


「目的は達した。残りを殲滅しろ」


『――了解しました。砲撃を再開します』の返答。


 するとその時、広場の中から悲鳴が響いた。――(むせ)び泣くような少女の嘆きの声。エリオンはその声で我に返り、蟻塚に向かって叫んだ。


「ツキノ……? ――ツキノっ!」


 無論忘れていた訳ではない。しかし彼女は他の住民達と一緒に、アイオドの樹の中へ避難していたはずであった。


(なんで……まさか、僕を追い掛けて――)


 自分を捜し広場へとやって来て、そしてアレ(・・)を見つけてしまったのであろう――それはあの声を聴けば明白である。

 少女の絶望的な叫喚に心を掻き毟られ、エリオンは兵士の腕を振り解こうと藻掻(もが)く。だがそれと同時に、その彼の遥か頭上を高速の砲弾が通り過ぎた。


「!?」


 弾は蟻塚の壁に命中。そして震える爆風が耳を(つんざ)く。


「――嗚呼(ああ)ッ!!」


 蟻塚は巨大な建造物である。果たして一撃で倒壊するようなことはなかったが、砲弾は確実にその外壁の一部を削り取り、続ければ充分な損壊に至る威力であることを示した。


「離せっ! 離せってば!」


 精一杯暴れるエリオンの抵抗は、しかし所詮子供のそれである。兵士達にガッチリと抑え込まれた彼は、身動き一つ取れなかった。

 そして次弾は即座に、立て続けに撃ち込まれ、破壊された石壁は瓦礫となって、砂煙の中に轟音とともに沈んでゆく。


「そんな……蟻塚が――」


 闇夜の中、爆発によって瞬間的に浮き上がる蟻塚の陰影は、コマ撮り写真の如く砲撃の度にその形を変えていった。虫食いの様に空いた穴の周りからボロボロと崩れ落ち、その内に秘められていたアイオドの樹が、月明かりの下に哀しい銀色を晒される。


「なんてことを……」と固まるエリオン。


 しかしそこで彼は、蟻塚を取り巻く砂煙の中からヨロヨロと歩み出てくる、小さな人影を認めた。まだ僅かに残る門前の灯りでも、その白い髪だけはハッキリと見て取れる。


「!! ツキノ――!」


「うっ、エリ……オン……」


 肩を抑え片脚を引き摺りながらも、ツキノは必死にエリオンの許へと向かう。フェルマンとドトの凄惨な姿を見せつけられ、その直後に突如自分の町が崩壊し始めるという地獄の中で、聴き慣れた幼馴染(エリオン)の声だけが、彼女にとっての救いであるかのように。


「ツキノ……」と呟くエリオン。


 希望(それ)はエリオンにとっても同じことであった。弱々しい声で彼の名を呼びながら歩く少女の姿を、エリオンは哀しみと安堵が織り混ざった表情で、迎えるように見つめた。

 だがその小さな希望が瞬いたのは、文字通り一瞬のことであった。エリオンを抑えていた兵士の一人が、カチャリと(おもむろ)に銃を構える。

 その音で「え?」と横に目をやるエリオン。――兵士は、20メートル程先にいるツキノに向かって、ピタリと照準を合わせていた。


()っ――」


 制止の言葉を発する間もなく、銃声が響き渡る。


「!!」


 ビクリと身を震わせたエリオンがすぐさま視線を戻すと、その先にあった少女は既に(たお)れ、動かなくなっていた。


「っ……あ…………ツ……」


 射撃の反動で弾かれた何かが、クルクルと宙を舞って彼の足元に転がる。


「あ――」


 淡い紫色のカチューシャ――それは先日エリオンが、恥ずかしながらもツキノにプレゼントした、新しい想い出の品であった。しかし光沢のある表面はひび割れ、赤い斑点が付着していた。


「っああ……あああああ…………」


 ――この世界に住む人々は、少なからず世界が理不尽であると知っている。非業の死というものが、自分や自分と親しい人間にも、唐突に訪れることがあると理解している。しかし中には、到底受け入れ難い現実(・・・・・・・・・・)というものもある。

 エリオンにとっては、この僅か1時間足らずの間に起きた出来事こそが、正にそれであった。


「ああああああああ……」


 つまり、ドトの死によって割れたエリオンの心は、目の前に転がるカチューシャの有り様によって、完全に打ち砕かれたのであった。

 兵士に捕われたままの彼の身体は、力を失っても倒れることすら許されず、その口は最早愛しい者の名前を呼ぶことも、意味ある言葉を発することも出来ない――。


「ああああああああああっっっ!!」


 おぼめく意識の中で、虹色の髪の少年はただ獣の様に哭いた。



 ***



 質素な木製のベッドで眠るエリオンの頬を、心地良い涼風が撫でた。ドトと共に暮らす彼の家の扉を、ツキノが目一杯開け放ったのである。


「もう! いつまで寝てるのよ、エリオン!」


 ツキノは膨れっ面でそう言って、温もりを孕む彼の布団を剥ぎ取った。


「寒っ――」


「いワケないでしょ! もうお昼よ? いくら昨夜がお祭だったからって、寝坊にもほどがあるわよ」


「……?」


 エリオンは眠気眼(ねむけまなこ)を擦りながら、台詞とは裏腹に明るい声で話すツキノの方を見た。――いつもと変わらぬ可憐な笑顔。お気に入りの珊瑚色のワンピース。そして頭には、淡い紫色のカチューシャ。


「あれ――何で……? ……夢?」


「何言ってるの? 目が醒めたなら夢は終わってるわよ。――早く起きて起きて、今日は『感謝の日』なんだから」


 本や工具で散らかった部屋を、ツキノはドタバタと片付け始める。その光景もエリオンには見慣れたいつもの光景であった。

 ベッドから身を起こしたエリオンは、ツキノに投げ渡された衣服を受け取り、部屋の隅でそれに着替えながら尋ねてみる。


「あの……ツキノ」


「なあに?」


「その、さ……。――ドトは?」


「ドトさんなら、フェルマン先生と中層広場で献石台(けんせきだい)の準備をしてるわ。アナタも手伝うんじゃなかった?」


「え? あ、ああ……うん」


 エリオンは着替え終えると、釈然としない面持ちで外を見る。四角い穴から見える景色は、住民達の明るい笑顔で溢れていた。


(本当に――夢だったのかな……?)


 するとそこで「そういえばエリオン」とツキノ。彼女は一通り部屋の整理を終えて、服の裾に付いた埃をパタパタと叩く。


「アナタにお客さんが来てるわよ。なんかちょっと怪しい感じの人だけど……。銀色の髪の――ユウっていう男の人」


 それを聴いて、エリオンの顔が強張った。


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