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虹の髪のエリオン  作者: 芳蓮蔵
第一章
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第14話 惨劇

 ドトがゼスクスという男の性質を見抜いている間に、フェルマンは装備や佇まいを観察し、その能力や戦術を推測していた。


(銃を持たず、刀は背中に携えたまま――どう考えても先制するスタイルとは思えない。つまり絶対的な防御方法か、飛び道具を避けながら攻撃に転じる方法があるのかも知れない。だとすればバリアーのような能力か、あるいは並外れた身体強化……?)


 そんな思考がある程度固まったところで、彼はドトの陰でボソボソと何かを呟き始める。


「………………」


 そして立ちはだかり黙って睨むだけのドトに、ゼスクスは再び機械じみた声で問い掛けた。


「選ぶつもりはないようだな……?」


 ドトは静かに応える。


「無論だ。理不尽な選択を突きつけられ、それを(よし)とする者などおるまい。選ぶなら生きる道を選ぶのが生命だ」


「世界が認めるならばそれも良い。だがこの世界はそれを否定しているのだ。そして理不尽であることを容認している」


 預言者の如く、謎めいた言葉で語るゼスクスを、ドトは微かな憐憫を込めて見つめた。


「…………。お前の過去などに興味は無いし、お前が壊れた理由も知らん。だが自分の絶望に他人を巻き込むな」


「俺の? 違うな。絶望(これ)は俺のエゴではない。この世界を創った者が犯した過ちだ」


「何を言っているのか解らんな」


この世界で生まれた(・・・・・・・・・)貴様らには、永遠に理解出来ないだろう。神が創った玩具箱が、どれほど残酷なものかを。そしてこの世界が(いびつ)であるということも」


 するとその台詞にドトは苦笑いをしてみせた。


「モリドの首魁の口から、まさか神の名が出ようとは。科学主義のグレイターがルーラーの存在を信じているとは驚きだ」


「……信じているのではない。知っているのだ」


「神を知っているとは、まるでルーラー教徒の言い草だな」


 ドトはそこで会話を止め、ゼスクスから目を離さぬまま小さく尋ねた。


「――準備はいいか? フェルマン」


「大丈夫だ、詠唱は既に終えている。こちらから仕掛けよう」


 フェルマンが先程の戦いで見せた魔法の即時発動を、エイレは無詠唱であると勘違いしていたが、実際のところ彼は詠唱手順を省略していた訳ではない。戦いが始まる前に詠唱を終えていたのである。それは『約定詠唱』という、予め詠唱文の中に『時が来れば発動する』という文言を入れておく術式であり、条件を満たせば即刻発動させることが出来る、魔法使いの中でも極一部の者にしか使えぬ超高等技術であった。

 そしてフェルマンは、エイレに使った鎖の拘束魔法を『敵がこちらに近接攻撃を仕掛けた場合』を条件として、今しがたドトが会話をしている間に詠唱したのである。ドトの言う準備とはそれのことであった。


「よし。――では行くぞ」とドト。


 彼は肩を怒らせ両腕を開き、緩やかな前傾になって腰を落とす。ひと目でそれと解る突撃の構えであった。弓弦を引き絞るように、斧を握る手がギュウと音を立てる。

 その後ろでフェルマンは、約定詠唱とは別に氷の矢を放つ魔法を準備する。どこからともなく生じた小さな旋風が、彼の長衣を(なび)かせ、その足元には青色に光る魔法陣が浮かび上がった。


 夜が目を細める様に、剣呑な静けさが三人を中心として狭まっていく。緊迫した空気にエリオンは呼吸すら忘れ、彼は自分を護るドトの大きな背中を見守りながら、無意識に拳を握っていた。

 そして、ドトが最初の一歩を踏み出さんと、その太い足に力を込めた瞬間のことであった――。


 静寂の中に、ゴトリと重い音が重なるように二つ。


「…………?」


 それは巨大な戦斧が地面に落ちた音であった。しかしその柄は、ごつごつとした大きな手がしっかりと握り締めたまま。


「……ドト……腕が――」


 というエリオンの震えた声で、ドトは自分の両腕の肘から下が、自身の足元に転がっていることに気が付いた。


「う――ッ?」


 次いで吹き出る鮮血――その視覚情報が招くように、彼の感覚へ激しい痛みと熱が遅れて届けられた。


「?! っぐ――ッぅ!!」


 衝撃的な苦痛に顔を歪め、崩れて地面に着いた膝――その両腿(うえ)からも水平に血飛沫が飛んだ。知覚すら不可能な攻撃は、ドトの腕だけでなく脚にも及んでいたのであった。

 太腿に走った赤い線を境に、ズルリと滑り落ちるドトが、言葉にならぬ苦悶の呻きとともに転がる。それを見たエリオンは眼を見開いたままなんとか口を動かすものの、上手く声を発することが出来なかった。


「あ、おぁ……ぉ……ト……」


 エリオンは引き摺るように足を出し、弱々しく手を伸ばす。するとその横で、管から液体が吐き出されるような、不快で湿った音が聴こえた。彼がそちらに目をやると、ゴボゴボと口から血を溢すフェルマンが、己の胸から突き出た刀の刃を不思議そうに見つめていた。


「な――」とフェルマン。


 何が起こったのか、なぜ約定詠唱の魔法が発動しないのか――彼が発しようとしたのは、そのような台詞であったに違いない。しかしそれを言い切る前に、彼の心臓を穿いた刀は、音も無く背後へと引き抜かれた。途端に倒れ、フェルマンの生み出した魔法の力が消える。それが彼の最期(おわり)を示していた。


 何の前触れも無く、瞬きよりも短い時間で、ドトを斬り刻みフェルマンを背後から突き刺してみせたゼスクスは、刀をひと振りして刀身に付いた血を払った。

 魔法の拘束を解かれたエイレは、軽く肩首を回しながら、冷たい目線を二つの死体に投げ掛ける。


「だから言っただろう。皆殺されると。大佐の殊能――『ウルズの刻』に抗える者などない」


 彼女は吐き捨てるようにそう言うと、無言で刀を納めるゼスクスに敬礼した。


「お手を煩わせてしまい、申し訳御座いません。そこの少年がターゲットです。エリオンという名のようです」


「そうか」と、ゼスクスは彼を一瞥。


 エリオンは茫然と立ち尽くしたまま、焦点の定まらぬ視線を、ドトとフェルマンが作った血溜まりや、物言わぬ彼らの背中に泳がせていた。


(なんだ……これ――)


 何かを考えようにも、彼の思考はそこから動かない。


(なんなんだ……? 僕は何を視ているんだ……?)


 目の前で起きた惨劇に納得がいかず、心は現実を受け容れることを拒んでいた。

 しかしゼスクスはそんなエリオンの様子など気にも留めず、門へと足を向けつつ淡々と告げた。


「戻るぞ、エイレ。そいつを連れてこい」


「了解しました。――AEODの石はいかがなさいますか?」


「別働隊に回収させる。今はその少年だけでいい」


「はっ――」とエイレは再び敬礼を返し、虚ろな目で佇むエリオンの腕を掴む。


「…………」


 その場から動かぬことで僅かな反抗を見せるエリオンであったが、彼女が力任せに彼を引っ張るとその抵抗はあっさりと崩され、彼の足はよたよたともつれるようにして動き出した。


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