通路1
見慣れない道を塗装されていない
荒れた風景を優真はもう一度見渡して思う。
竜巻を起こす青年に命を狙われことを瞬時に思い返し、そして今、優真の目の前にたつ女の人は、優真を落ち着いた様子でまっすぐに見ていた。
"天国に来たの"
"必ずあなたをもとの世界に戻します"
その人の言葉を理解しがたく
まだ、頭の整理がつかない。
「何をいっているのか…わからない」
「そうね」
でも、ハルは冷静だった。
少し黙ったままハルはずっと、優真を見つめて、たっていた。
優真は顔をあげずにいた。
「ここは、どこなんだ?」
「天国。正確に言えば、七番エリア
他に存在する天国は、七つある」
「何それ…?そんな漫画みたいな…」
「…現実よ」
「俺…病院にいたはずなんだけど」
「腹部を病院関係者に刺された報告は受けてる。あなたは、それが、きっかけでここに…」
「…明人は…?そうだ!明人は?」
「明人…?」
「弟…あいつに、殺されて」
「殺された…?」
「旭山先生は…」
そう言うと、ハルの表情が少しだけ曇る。
「旭山…?もしかして、旭山侑李?」
「そう、だけど」
「あなた、旭山を知ってるの…?」
そう言ったとき何かを察してハルは振り替える。
「どうしたの…?」
「とりあえず、移動したほうがいい
さっきの竜巻の人…あなたを探してるはず」
「え…?」
「ねらってるの。あなたのその青い光」
「青い光…?」
優真は、少し考え自分の腕を見た。
「……来る」
「何…?」
「危ない!」
ハルは優真の腕をつかんで振りかえる先と逆の方向に走り出した。
「ちょっ…!」
優真の後ろで大きな爆発音がした。
「え…?」
振り返ろうとしたら、掴んでいた優真の手を強く引っ張りハルが叫んだ。
「こっち!」
最初に優真が目を覚ました場所を通りすぎて走る。
少し振り返ったら、家が見るも無惨な形だった。
人気のなかったはずだが、今の爆発音で人が集まっていた。
広い道は通らずに、細い道に向かっている。
「絶対絶命ってやつね」
ハルは小さく呟く。
「絶対絶命って…?」
細い道に入り込もうとしたところで
優真の左側を強い風が横切った。
それが、建物にあたると、その道は瓦礫でふさがった。
「みーつけた」
ハルは、すぐに優真の前に立ちはだかる。
さきほどの竜巻を起こした青年がたっていた。
青年は、ハルを見てきょとんとした。
「さっきは、いなかったよね
生存者の連れかな?助けでも求めたか?無駄なことを」
「今すぐ、ここから立ち去りなさい」
ハルがそう言うと、青年は笑いをこらえ手を口にあてていた。
「お前もねらってたか。生存者だもんな。そいつを殺せばお前だって生き返ることができるもんな。でも、最初にみつけたのは、俺だ。そいつを殺したやつが生きる権限を与えられる。さっさとそこをどきな」
「嫌よ」
「笑わせてくれる、女のお前に何ができる」
優真は、思っていた。
何が起きているかはまだ、理解ができないがまた、竜巻が来たら、ハルと共に吹き飛んでしまう。
ハルを守らなくては。
前に出ようとすると
「動かないで!」
とハルが一瞬叫んだ。
驚いてハルを見る。
ハルは優真の方を振り向かずに静かに言った。
「あなたは、生存者なの。ここで死んだら、その青い光を奪われたら、現実世界に戻れなくなる。絶対何もしないで。心配はいらない、私が必ずあなたを守る」
ハルの迫力に優真は何も言えずにいた。
言っている意味は、優真にはまだよく分からないが、さっき、あったばかり優真をハルは、守ろうと必死だ。
優真は青年に目を向けた。竜巻がくるタイミングはさっき避けたからなんとなく分かっていた。
でも、ハルがその場から何故か動こうとしない。
「ねぇ、やっぱり逃げないと…早く!」
優真がハルの腕をつかむと
ハルは強く振り払った。
「いいから、そこにいて。そして動かないで!
…私に任せて」
竜巻が目の前まで迫ってきた。
ハルは、手を伸ばし、何かに集中する。
すると、来ていた竜巻が瞬時に割れて、二人には当たらず、その両側で風が緩くなり消えていった。
「へぇ…お前も能力があるんだな」
青年がそう呟き、もう一度竜巻が起こる。
だけど、ハルはその場所から一歩も引かない。
ハルが伸ばしている手からほんのわずかな光が、優真には見えた
。竜巻が向かってくると、今度はその手に勢いのある竜巻が吸い込まれていく異様な光景をみた。
そしてその手からさきほどの竜巻は一気に進路を変え、青年の方に向かっていった。
「何?!」
青年は、そのまま竜巻に巻き込まれて体が地面に叩きつけられ、動かなくなった。
優真はハルをみた。
「いこう、気絶してるだけだから…目を覚まさないうちに」
「何だよ、あの力…」
「…ここでは、一部の人でそういう力が使える人がいるの。風や火や水、色んな力がある。
君は、生存者だから使えないけど」
「……君は何者なんだ?」
「私は、あなたの案内人よ」
「…案内人」
「あと、5分しかない」
「5分?」
「来て」
全く状況がわからないが、腕を引っ張り走るハルに、優真はついて行くしかなかった。
周りは建物はあるものの相変わらず塗装されてない。
荒れた道が続く。
途中で何人か人にあった。どの人もこっちをじっとみている。
その目線は、優真というよりハルに引っ張られている逆の、優真の少し青い光を放つ腕だ。
ハルはその目線を少し気にしているようだが、
やはり冷静な態度だった。
「着いた」
ハルがそう言う先には何もない。
さきほどあった建物もない。
人もいない。
「ここ?」
「もうすぐ、現れる」
優真は、ハルの目線の先をみた。
ハルはまっすぐ前を向いている。
すると、地上から浮いた場所に少しずつ穴が開いてきた。
中は真っ暗だ。
やがて、マンホールほどまで大きさが開いたとき
ハルがまた、口を開く。
「このルートを通る」
「ルート?真っ暗だけど」
「真っ暗だけど、元に戻るためのルートよ
早く入って」
「ここに?」
すると、ハルは先にその穴に入る。
そしてすぐ、優真の腕を引っ張った。
「えっ…!」
振り向くと、穴はだんだんと塞がり、ほんのわずかにあった外の光りもなくなっていく。
ジェットコースターに乗ったようなスピードで心臓が止まりそうだった。直線上に少し進むと止まった。
「どうなったんだ…?」
やがて真っ暗になると、少しずつ光が差し込んできた。
マンホールほどまで穴が開くとハルはまた、その光の先に行き潜り抜けると、手を伸ばして優真の手を引っ張った。
潜り抜けた先は、建物の裏だった
先ほどとは違い、道も舗装されている。
細いこの道の隙間から見えるのは人がたくさん通っていることだ。
「どこ…?」
と、優真は眉を寄せて尋ねると
「第七エリアだけど、先ほどとは違って栄えている場所」
と、ハルはさらっと答えた。
答えた後に、颯爽と歩き出すのを優真は腕をつかんで止めた。
「ごめん。ちょっと、休んでもいい?」
「ここで?」
「うん」
ハルは、やっぱり表情を変えなかったが
優真の横に座った。
優真はさきほどのスピードに少し酔ってしまった。車は大丈夫だが、スピードの早いジェットコースターや新幹線は苦手なのだ。
少し体調を崩しながらも、優真はハルに言った。
「俺、いますぐ帰りたいんだけど、病院に。道教えてくれない?」
「…残念だけど、無理ね」
「明人は…?病院はどこ…?」
「明人は、現実の世界に戻ったわ
病院には帰れない。
気持ちはわかるけど、ここは天国で現実の世界ではない。あなたは、現実で今日、死んだことになってる。手違いなんだけど」
「手違い…?」
「神様が、手違いで間違えたの。あなたの余命は残っているのに、天国に連れてきてしまった」
「さっきから何なの?その物語は…」
「物語じゃない。本当の話よ
すぐに戻してあげたいけど、手違いでここに来てしまっても、いくつものルートを辿らないと、あなたは元いる世界に戻れない。変な話してるなって思われてるのはわかる。けど、私を信じてほしいの。じゃないと、あなたは元の世界に戻れない」
その現実味のない話をするハルを見て、勘弁してくれと内心思っていた。
ハルも黙りこむ。
しばらくの沈黙が続き、ハルは口を開く。
「そろそろ行かないと…!」
無言のままこちらを見ない、優真にハルは必死で話しかける。
「時間が過ぎたら大変なの
分かってほしいの」
「そんなこと、言われても」
「優真、立って…!」
ハルが優真の腕をつかむ。
その時、突然優真はある影と重なったことで、はっとする。
少し、頭がいたくなったが思い出せた。道場だ。空手道場の、明人の様子を見に行こうといった、あの顔を思い出す。
ハルの面影をよく見れば、分かる気がした。優真は知っている気がした。思い出す。あれは…そう。あの家にある写真だ。一年間だけ一緒に過ごした、あの。でも、あの頃と姿が全然違う。でもその家の人に、改めてみると彼女は似ている。そういえば、さっき明人が言っていた。
案内人は優真が知っている人だと。
さっきからひっかかってはいた、彼女の名前。
「君の、名字何?」
ふと、優真が聞くと
ハルは、少し困った顔をして、言った。
「…何故名字なんか聞くの?」
「いいから教えて」
「…ごめんなさい。よく、覚えていないの」
ハルが口ごもる。
「名字、わからないの?」
「そうね。私は、現実にいた期間が1年だったから。まだ幼かったし、名前でハルって呼ばれてたのは覚えてるけど、名字までは…」
「1年?」
「そうよ。からだが弱くて生きられなかったの」
優真のなかでさらに確信が深くなる。
「君は…さちさんの…」
「さちさん…?」
「君の名前の字はこう…?」
優真は、小さな木の棒で地面に“春”という字を書いた。
ハルは、それをみて考え込む。
「…覚えてない。漢字までは。でも、その名前をつけてくれた人はどんな人かは覚えてる。とても温かく迎え入れてくれた。
父親は少し頼りなくて、泣き虫だけど優しくて、母親はまっすぐに強い人だった」
と何かを思い出すようにしてそう言った。
「知り合いなの?私の両親と」
優真はそう聞かれ、頷く。
「知ってる。君のお母さんも、お父さんも、君も」
「私も…?」
「そう。君のお母さんと親友で、家によく行ってたから」
ハルは不思議そうに見る。
「ごめんなさい私はよく、分からなくて」
優真は思い出す
明人は言っていた。
案内人は、覚えてないけど優真の知っている人だと。ルートを辿り、必ず戻ってきてと。何が起きているのかはよく分からない。
本当によく分からないけれど。
「いや、いいんだ…それよりルートを辿れば、帰れるの?」
「…そう、だけど」
「次は、どこにいけばいいの?」
「…信じてくれるの?」
そういうハルを見て、優真は笑った。
「信じろって言ったのは君でしょ」
「…そうだけど。さっきとは、
うってかわってだから」
「…そうだね」
「でもね、優真」
「ん?」
「この先、優真の命を狙ってくるやつはたくさんいると思う。優真が命を落としたらその青い光は、そいつのものになるの。そして、その人がルートをもし、正確にたどり最後までたどり着いたとしたなら、生きて戻るのはあなたじゃなくなるの」
「明人もそう言ってたね」
「あなたが、ここで死んで、一度青い光を誰かに奪われたら奪い返すことはもうできない。」
「死んでって、天国って死んだ世界じゃないの?」
「あなたは、生存者だから。
まだ、生きてる命だから」
ハルの目は、こう付け足した。
「信じてほしいの」
怒っているような泣いているような、表情が見えなくなった。
でも、優真は、思う。
「いいよ、俺は君を信じる」
「え…?」
「俺は、今からどうしたらいいの?」
そう聞くと、ハルは一瞬黙りこんで優真を見ていた。でもすぐにはっとしたように
「次のルートが、この先にあるの」
と言った。
それを聞くと優真は立ち上がった。
「そこに行けばいいんだな」
「そう、ね」
「それなら、いこう」
優真は、座り込むハルに手を伸ばす。
ハルは、少し固まっていたが、ゆっくりと優真の方に手を伸ばした。
その繋いだ手で立ち上がると、ハルはすぐ手を離した。
「次のルートまで30分。ここから歩くと10分ほどだから、確実に間に合うわ」
「…もし、時間に遅れたらどうなるだっけ?」
「ルートは、やり直しよ。しかも前にたどってきたルートは変動して違うルートになるからまた、時間がかかる」
「そう…なんだ」
「ここから先は…かなりの人がいる」
すると、ハルは優真の青く光る腕を抱き抱えるようにして、優真にくっついた。
「こうしていれば、分からないから」
優真は、その状況にとまどったが、頷いた。
細い道から抜け出すと、その道から見ていたよりも人が溢れていた。
ハルが優真の歩幅に合わせながらも、リードする。
「なぁ、ハル…さん」
ハルはあっさり呼び捨てだが
優真はなんて呼べばいいかわからず、"さん"づけにすることにした。
「何?」
ハルはそれに、さらっと答える。
「これ、逆に目立つんじゃないか?」
さっきから周りを通りすぎる人の目は
少しではあるが、明らかにこっちを見ている。
あそこまで、ひっつくなんて
よっぽど彼が好きなのねと
何かを勘違いする声が聞こえる。
「これしか方法がない」
ハルは相変わらずの顔でそう言った。
「もっと、ほら長袖着るとかで覆えないの?」
「服だけだと、光を貫通するから」
「じゃあ、ずっと移動はこうするの?」
「今だけよ」
「え…?」
「とりあえず、今は次のルートをくぐって、その先に助けてくれる人がいるから」
まっすぐをみつめて
早足にハルは優真の腕を引っ張り
そう言う。
辺りを今はあまり気にしないようにして
警戒されないようにしている様子だ。
あの人混みを気づかれることなく抜けて、
細い路地を入る。
誰もいないことを確認すると、ハルは優真の腕を離して、道の先をみていた。
「あと少しでここにルートが出る」
ハルは自分の腕時計を見てそう、つぶやいた。
優真は来た道を振り返った。
誰かが来る様子はない。
「あと、ちょっと…来た」
何もなかったその道に浮くように
少しずつ大きくなる暗い穴。
完全に開いた穴は人が一人、かかんで、通れそうだ。
ハルは優真に行くことを告げて、優真を先に行ってと声をかけようとしたが、突然ぴたっと止まり瞬時に優真の手をつかんで少し穴から離れた。
「誰…!?」
優真を守るように立ちはだかり
ハルは辺りを目線だけ動かし、辺りを見回した。優真も辺りを見回してみる。誰も見えない。だけど、少しして声がした。
「相変わらずじゃの、ハル」
「え…?」
その穴の前にすとんと誰かが突然どこからか降りた。
長い髪の背の低い白髪の杖を持った老人だ。
「叔父様」
ハルは、落ち着いた様子でその老人を見た。
「相変わらずいつでも冷静じゃの
少しは驚いた様子とかはないのか」
「……ちょうど、会いに行こうとしてたんです」
「そうか。そう思ってワシはルートを先にくぐって待っておったわ」
老人は腰を少しさすりながら
優真を見た。
「お前か、生存者は」
「……」
「私は、ハルの叔父の清だ。
腕を見せてくれるか?」
そう言われ優真はハルを見た。
目が合うと頷いたので、優真は、腕を見せた。
「確かに生存者の光だ」
「叔父様、彼の腕の光」
「ああ、これをその光の部分につけるといい」
レッグウォーマーのようなものを渡され、清は優真の腕につけた。
光は、覆い被さりなくなった。
「叔父様は発明家なの。これで、大丈夫よ」
ハルは優真に少しほっとした様子で、そう話した。
「さあ、早く次のルートへ。また、追っ手が来るかもしれん。わしに会うためにこのルートの穴にしたんじゃろうが、ハル、本当は別ルートになるんだろう?」
「ええ」
ハルは頷き、優真の手をとる。
「こっち、次のルートまで時間がない」
優真は引っ張られるまま歩き出した。
少し、歩いた先でふと振り替えると、まだそこに清は杖を持ち立っていた。
清はこちらをみていた。
だが、何故かぼーっとした様子だった。
ふと、清の唇が動いた。
そこで、ハルが腕をまた引っ張るので、振りかえるのをやめた。
優真は考えていた。
「ごめんな、ハル」
あの唇は、そう言った気がした。