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未来正義  作者: タケフジ ノブシ
3/3

正義の選択

 サイキは部屋を出ると、長く真っ白な廊下を歩いていた。

―――病院よりも白いというか、本当に妙な場所だな・・・

 廊下の左右には、いくつものドアがあり、そこには「ミモリ」「アクド」などの名前が書かれていた。

―――彼らの部屋かな?

 歩いていた廊下の突き当りの扉に辿り着くと、その扉が勝手に開いた。

 サイキは中へ入り、辺りを見渡す。

 中はとても広い空間で、学校の体育館ほどはある。しかし、体育館と決定的に違うのは、やはり白一色で統一されているところだった。

「サイキ様ですね?」

 声の聞こえた方向へ振り向くと、そこには黒スーツでサングラスをかけた男性が立っていた。

 あまりのガタイの良さに、彼はたじろぐ。

「ご安心ください。貴方様を案内するように申し付けられました」

 そのガタイに比べて割と柔らかい声の男性は、サイキにお辞儀しながらそう言った。

「あ、あの・・・」

「こちらにどうぞ」

 男性は手で行先を示すと、付いて来いというように歩き出した。

「あの、ZEROという人は?」

「こちらでお待ちです」

「ここは、一体何の施設なんですか?」

「私どもは何も聞かされておりません。ZEROという人のことも、この場所のことも」

「どうしてですか?」

「そういう契約なのです。私の仕事は、貴方様を案内すること、貴方様を混乱させないこと、ということなのです。ですから、何も申し上げられないのです」

―――すでに混乱しているんだが・・・

 男は壁の前に立ち止まると、壁に手を当てた。

「サイキ様を連れて参りました」

 彼がそう言うと、壁の一部がスライドし、真っ暗な空間が現れた。

「この先をずっとお進みください」

「えっ、一緒に来てくれないんですか?」

「私はここまでとされております」

 サイキは今までの明るい空間から一転して、暗く中が分からない空間に入るのを躊躇していた。

―――別に肝試しする訳じゃないんだし、さっさと行って帰ればいいんだ

 彼は深呼吸してから歩き出し、暗い空間に飲み込まれていった。




 中の部屋にはモニターがいくつもあった。画面はただ白いだけで、文字や画像は一つも無い。

 そのモニターを見渡せるように、中央には椅子が置いてある。

―――何だこの部屋? 誰もいないけど・・・


《ようこそ。ユースティアへ》


 突然モニター横のスピーカーから声が聞こえた。その声は男と女の声が同時に発せられるような奇妙なものだった。

 サイキはスピーカーから聞こえる異様な声に対して、すぐには言葉が出なかった。

《こんな対応で申し訳ありません。今、私はこの場に居ないもので、離れた場所からお話をさせてください》

「あ、あの・・・」

《まずはそこの椅子にどうぞ》

 そう言われたサイキは、モニターを見渡せる椅子に腰かける。

《既に聞いていると思いますが、私がZEROと言います。ここを管理、運営している者です。私は貴方がここへ入ると聞かされているのですが》

「それは違うんです! 僕は別に入る気はないんです!」

《それも聞いております》

「大体ここは何なんですか⁉」

《ここは自分の正義を示す場所。『ユースティア』です》

「正義を示す場所・・・?」

《貴方には、信じる正義というものがありますか?》

「な、何ですか突然・・・」

《私は、この世界に必要な『この世界の選ぶべき正義』とは何なのか、それがとても知りたいのです。そのため私は、富を集め、権力を手にし、最後に人を集めました》

「それが、『彼ら』ということですか?」

《はい。彼らの中にはそれぞれ信じる正義があります。私は、彼らの正義が示すものを実現する、その手伝いをしているのですよ。この場所もその一つなのです》

「それが、ユースティア・・・」

《彼らに『力』を与え、法の縛りを解いたとき、彼らが一体、どのように世界を動かして導くのか、私はそれを見届けたいのです。そして、世界が一体どのような正義を選ぶのか見てみたい》

「法の縛りを解く?」

《彼らには、世界のどの国の法律も適用されません。最も私がそのようにしているのですが》

「そんなことが可能なんですか・・・?」

《現時点での世界において、最も重要なものは『秩序』ではなく、『利益』なのです。つまり、利益が秩序を上回れば、いくらでも方法はあります。ただし、『利益』とは、必ずしも『富』ではありませんが》

―――一体何者なんだコイツは・・・。正義どころか、まるで世界を支配した悪役じゃないか・・・。そこまでしてあの青年達を囲う理由は何だ・・・?

「つまり、彼らはもはや、ただの一般人じゃない・・・?」

《はい。そして私は今回の件で、貴方にも可能性を感じました。あなたの中にも、『正義』の可能性を》

「でも、僕にはそんな・・・、信じてる正義なんて何も・・・」

《では、これから貴方が見つけていくというのはどうですか?》

「自分が見つける・・・?」

 サイキは少し考えるが、すぐに頭の中で今までの日常が浮かび上がった。大学のこと、生活のこと、これからのこと。

 ここに入るということは、今までの、これら全てのことを捨て去らなければならない気がしたのだ。

「やっぱり無理です! 僕には今までの僕の生活もあるし、これからのことだって・・・」

《・・・つまり貴方は、自分の生活を守るために、己の正義を捨てるというのですね?》

 その言葉に、何か心を掴まれたような気分になったが、サイキはこれ以上の思考を捨てて話し続けた。

「そうです! 僕はここから無事に帰れればそれでいい!」

《では最後に、貴方の『選択』を見せていただきます》

―――選択・・・?

 ZEROがそう言うと、モニタールームに光が差し込んできた。

《この部屋の外、先程のホールへどうぞ》

 ZEROに言われ、恐る恐るサイキはホールへ出ると、そこには予想外の光景が広がっていた。

「何だよこれは⁉」

 二つの大きな檻が置かれ、片方にはやせ細った二人の少女が身を寄せ合って震えていた。そしてもう一つの檻には、目隠しと猿ぐつわ、拘束具を着けられて、ただひたすら唸っている男がいた。

 目の前の異常な光景に、サイキは無意識に後退りしてしまう。

《その檻に居る拘束された男はとある国の資産家です。といっても、闇の住人に近いですが。薬物売買、売春取引、臓器売買の疑いもあります。その近くにいる子供達は、彼の家にいた最後の子供です。今回、極秘にここへ連れて来ました》

―――最後の・・・?

 ZEROがそう言うと、スクリーンが天井から降りてきた。同時にプロジェクターも現れる。

《彼の自宅からは、子供を解体する様子を記録した映像が発見されました。中には生存しているまま解体を行った様子も確認されています。その映像が、こちらになります》

 だが、映像が一瞬だけ映ると、サイキは慌てて叫び出す。

「見せるな! その映像を僕に見せるな!」

 すぐさま映像はスクリーンから消えるが、サイキはその映像の先を頭の中で想像してしまい、たまらず床に手をついて嘔吐してしまう。

―――クソッ、何てものを想像させるんだ・・・!

 傍に居た黒スーツの男性が、サイキにペットボトルの水を差し出すと、サイキは奪い取るように受け取り、その水で口をすすいだ。

「ごめん・・・。床を・・・」

《お気になさらず》

「それで僕は・・・、何をすればいいんだ・・・」

《貴方には、その檻の中の行く末を『選択』していただきたい》

「どっ、どういうこと⁉」

《『解放』か『処分』、もしくは『放棄』を》

「それが、『選択』・・・?」

《はい。檻から出したければ『解放』を。その後はあなたの好きなようにしていただいて構いません》

―――好きなように・・・?

 サイキはその言葉に違和感を覚えた。

《もしも『処分』を選ばれるのであれば、道具をお貸しします。ですが、処分はこの場で行っていただきたい。この中でしたら貴方も法律の適用外にすることが出来ます。外で行われると、私でも貴方を守り切ることが出来ません》

「処分って言うのは、つまり・・・」

《お察しの通りです》

「ふっ、ふざけるな! そんなこと、出来るわけないだろ!」

《もう一度言いますが、現在この場にいる貴方には法律がないのですよ?》

「それでも・・・、そんな・・・、人を殺す正義なんて・・・」

《では最後の選択肢『放棄』についてです。貴方はここから何もせずに帰ることも出来ます。もちろん記憶を消されることもありません。お帰りはあちらのエレベーターから地上の倉庫内に出ていただきます。そこからは車で近くの駅へ―》

「ちょっ、ちょっと待ってください! もし、僕が放棄を選んだらこの子達はどうなるんですか⁉」

《『放棄』を選ばれた場合、この檻の者達は元に戻します。元の居た国へ、その場所へと返します》

「そんな⁉ この子らはやっと助かったんですよ⁉ そんなことしたらこの子達は・・・」

《恐らく今までの子達と同じ末路を辿るでしょう》

「それが分かっているならどうして!」

《貴方は先程、自分の正義を捨ててでも帰りたいとおっしゃっていました。ならば、どうしてそこまでこだわるのですか?》

「そ、それは・・・」

―――こんなの見せられて素直に帰れる訳ないだろ!

 だがサイキには、少女二人を助ける案が思い浮かばない。一時的に彼女達を『解放』しても、その先の将来までは、とても担い切れないことは明白だった。だが、男と共に『放棄』してしまえば、いずれこの二人の子は殺されてしまうだろう。

―――くそっ! くそっくそっ! どうして僕がこんな・・・

 サイキは頭を抱えながら座り込んでしまう。目からは意図しない涙が溢れてきた。

 だが、彼の頭が思考を止めることはなかった。

―――病院に連れて行ったら・・・。でもこの子達の身分をどうやって証明すればいいんだよ! 男をこの場で解放して、少女達を放棄すれば・・・。駄目だ! どっちにしろ、身寄りのない二人の未来はとても薄い! 何としてもこの子達は、この場で助ける必要がある! だったら・・・!

 そしてサイキは一つの考えを決意すると、ゆっくりと立ち上がり、目から流れる涙を拭った。

「ZERO」

《『選択』は決まりましたか?》

「ああ」

《では聞かせてください。貴方の『選択』を》


「今すぐユースティアに入りたい。そして僕は、この子達の将来を守りたい」


《・・・それが・・・、貴方の『選択』ですか?》

「これが僕の『選択』だ」

《・・・いいでしょう。ただし、この男の『選択』が残っています。それを決めてからです》

「分かった」

―――この男は、ここで・・・

「『処分』する」

《いいのですか?》

「何が?」

《先程まで貴方の考えは真逆だったはずですが》

「この男は生かしておいてもこの世界に良い影響はないよ。それにこれは僕の覚悟でもある。この先僕が、この子達を見捨てて逃げ出さないようにするためのね」

《分かりました》

 すると、黒スーツの男性が布を被せた台車をサイキの前に運んで来た。布をめくると、そこには拳銃が置かれていた。よくテレビで見る、警察官のリボルバー式の拳銃だった。傍には弾丸が五発分置かれている。

《使い方は分かりますか?》

「・・・なんとなくは」

 サイキは拳銃を手に取りながらそう言った。

―――結構重いな

 弾丸を丁寧に一発だけ込める。

「その前に、二人を別の場所に移してくれますか?」

 サイキは近くにいる黒スーツの男性にそう言った。

「かしこまりました」

 少女二人の檻が開けられ、黒スーツの男性が少女達を連れ出そうとする。しかし、二人は必死に首を振って、怯えながら立ち上がろうとしない。これには男性も手を焼いてしまった。

 サイキはそれを見ると、一度拳銃を台の上に置き、少女達の傍へと向かって行った。その際、サイキが男性に小さく頼み事をする。

「パンと水を用意してもらえますか?」

「わ、分かりました」

 男性は急いでホールから別の部屋へと向かうと、いくつかのパンとペットボトルの水を籠に入れて持って来た。

 サイキは籠を受け取ると、檻の中へと入る。そして、パンを少女に差し出した。二人は顔を見合わせると、一人の少女が恐る恐る手に取る。

「あー・・・。うー・・・。うあー・・・」

 パンを持ちながら少女はそう口から発した。

 サイキは少しだけパンを千切ると、それを口に入れて見せた。それを見た二人は、すぐさまパンにかぶりつく。

 二人の前にパンの入った籠を置くと、二人は次々とパンを手に取って食べる。パンを頬張る少女の目からは涙が流れ始めた。

 泣きながらパンを頬張る少女達を見たサイキは、哀れみの目を少女達に向ける。

―――この子達はいつから、どのくらい閉じ込められていたんだろう・・・。あと何人くらいの子が、こうして世界に生きているんだろうか・・・。もし、普通の子達のように過ごせていたら、今頃学校に通って、勉強に悩みながら、友達もつくっている年頃だろう・・・

 ふと気が付くと、二人の少女はすっかり眠り込んでいた。その手はサイキのズボンの裾を掴んでいる。

「後は頼みます」

 サイキがそう言うと、黒スーツの男性達が少女二人を抱きかかえて檻から出て行く。すると、少女の一人が目を覚まして、男性の腕の中で暴れ始めた。

「あー! ああー!」

 そして必死にサイキの方へ手を伸ばして首を横に振り続けている。

「心配いらない。この人たちは君に酷いことはしないから」

 そう言い、彼女の頭を撫でた。泣き出しそうな表情の少女に、サイキは小指を伸ばし、少女の小指と繋ぐ。

「約束だよ。必ずまた会いに行く。や、く、そ、く」

「ヤ・・・、ク・・・、ソ・・・、ク・・・」

 少女が口から発すると、スーツの男は驚いた表情を見せる。だがサイキは微笑んだまま「約束」とだけ言った。彼女は少し安心したような表情を見せると、男に抱えられながらホールから出て行った。

 少女達を見送ると、サイキは目つきが鋭くなり、拳銃の置かれた台座に向かう。

―――僕がやるんだ・・・! じゃないとあの子達は・・・!

 拳銃を握りしめると、拘束された男の方へと歩いていく。

《サイキ。貴方の安全を考慮し、念のため、檻の外からお願いします》

「分かった」

 檻の外といっても、男とサイキの距離は1メートルも離れていない。

 サイキはゆっくりと檻の中にいる男へ銃口を向けた。そして親指で撃鉄を下ろす。

―――あとは引金を引くだけ・・・。それで終わりだ・・・

 だが中々人差し指で引金を引くことが出来ない。サイキにはその引金がとても堅いように感じた。

―――何だよこれ⁉ 銃の引金ってこんなに堅いのか⁉

 気が付くと、サイキの手は汗でびっしょりと湿り、上手く拳銃が握れなくなってきていた。

―――クソッ! あとはこれで終わる! 終わるんだ!

 目の前の男が目隠しをされながら荒い呼吸を繰り返している。

―――もし、僕がこの引金を・・・、人差し指を引いたら・・・、この人・・・、死ぬんだよな・・・? 呼吸が止まって、もう・・・、動かなくなる・・・

 額か汗が垂れ流れ、目元に伝う。

―――僕が・・・、引金を・・・、引金を引いたら・・・

 次第に手も震えてきた。

―――こんなに人って・・・、簡単に死ぬのか・・・? こんなもので・・・

《どうしましたか?》

「うるさい!」

 サイキはZEROに対して怒鳴ると、彼の息遣いも荒くなり始める。

―――違う! こいつは! こいつを生かしたら、また犠牲になる子が出る! 僕はそれを防ぐんだ! あの子達を守るために!

 唇を噛み、鉄の味が口の中を広がる。だが、視界もほとんど霞み、音もまともに聞こえず、何も肌に感じなくなっていた彼は、必死に味覚にすがるように、唇を強く噛み締めた。

―――撃て! 引け! 撃て! 引け! ・・・引け!

 瞼を力いっぱい閉じ、全身に力を込めると、彼の人差し指は容易に引金を引いた。それは今までの堅さが嘘のようだった。

 響く銃声を耳で微かに聞きながら、視界が真っ白になったサイキは、突然の緊張から解放され、不快なほどの浮遊感に耐えられなかった。

 そしてそのまま、彼の意識は白い視界から暗い闇へと落ちていく。

『サイキの傍にいてくれる人を大切にね』

 どこからか、そんな声が聞こえた。

―――母さん・・・?

 そのままサイキは気を失った。


《素晴らしい。やはり間違いではなかった。私は貴方の正義のために》

第三話『正義の選択』完

ここまで読んでいただきありがとうございます。


第4話「歓迎の対立」は来週の日曜日12:00に投稿予定となります。


誤字脱字についてはご連絡・ご報告いただけると幸いです。


よろしくお願いします。

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