記憶の救出
目の前に誰かが立っていた。
何故だかその姿が歪んで見えた。
すると、サイキの手にポトリと水が落ちる。
どうやら姿が歪んでいたのは、自分の涙のせいらしい。
しかし、どうして自分が泣いているのかは分からなかった。
彼は涙を拭い、目の前にいる人の顔を見ようとする。
そしてあることに気が付く。
床が濡れていた。
それは妙に温かく、柔らかい物体も落ちている。
サイキは自分の手のひら見ると、その手は真っ赤に染まっていた。
「何で⁉」
サイキは思わず飛び起きた。
―――なんだ、夢か・・・
先程の光景が夢であることに安堵した彼は、深い溜息をついた。
「ここ何処だ?」
辺りを見渡すと、サイキは白い部屋のベッドに寝かされていた。部屋の中の明かりは全てライトによるもので、窓は一つも無かった。
「とりあえず、この部屋から出るか」
ベッドから立ち上がり、部屋のドアを開けようとするが、どんなに押しても引いても開かなかった。
「おいちょっとこれ、どうなってんだよ・・・」
一番サイキが恐れたのは、ドアには、ドアノブの他に鍵穴が見当たらないことだった。内側から空ける仕様ではないということは、外側から鍵を掛けられて閉じ込められたことになる。
―――冗談だろ・・・?
慌ててポケットに手を入れるがスマートフォンがない。それどころか、自分の荷物が部屋には無かった。
―――くそっ! 何が目的なんだよ! 誘拐の次は拉致かよ!
不安が募り始めたころに、部屋のドアがゆっくりと開いた。
倉庫で縄を解いてくれたミモリという女の子がヒョイと顔を覗かせる。
「あっ! 起きた?」
「えっ・・・? あー、うん・・・」
不安そうなサイキに対して、彼女はニッコリと笑いかける。
「ごめんね。こんな場所に連れてきちゃって」
「ここ何処なの?」
「ここは私達の基地・・・みたいな?」
―――基地? 誰かの家とか病院とかじゃないのか?
「ミモリ・・・さんだよね? いろいろ訊きたいことがあるんだけど」
「もちろん! あと私はミモリ! 『さん』付けはナシで!」
「え、じゃあ・・・ミモリ。えっと、ここは何の建物なの?」
「建物っていうか、地下にあるの。私達は、大半がここに住んでるの」
「地下⁉ ここは地下なのか⁉」
「そう。一応私達って、秘密組織みたいな?」
「え⁉ 秘密組織⁉ 君たちが⁉」
―――何だ? 揶揄っているのか? それとも何かの遊びなのか? いや、でもこの施設が遊びなんかで・・・
サイキは困惑して再びベッドに腰かけてしまう。
「無理ないと思う。誰だって最初はそんな感じだもの」
「・・・君たちは、何の組織なんだ?」
「私達は『ユースティア』。そしてここは『自分の正義を示す場所』」
「正義を示す場所・・・?」
「まあ詳しいことは、あとで話があるから!」
「じゃあ、普段はどんなことをしているんだ?」
「犯罪行為を未然に防いだりとか、事件解決の協力とか、かな。ほら、今回の誘拐とかもその一つだしね。とにかく色々やっているよ」
「まるで警察みたいだ」
「まあ治安を守ることって正義に繋がりやすいからね」
サイキは大体の話を理解したような表情をつくるが、頭の中では到底理解出来るものではなかった。
―――とにかく一刻も早くここから出た方が良さそうだな。これ以上関わらない方がいい気がする・・・
サイキは急いでベッドから立ち上がり、ミモリの開けたドアへ向かおうとした。
「どこへ行くの?」
ミモリは自分の横を通り過ぎるサイキを目で追いながら尋ねた。
「どこって、帰るんだけど?」
「ドアは開かないよ?」
突然のミモリの衝撃な言葉にサイキは固まる。
「は⁉ さっき君、普通に入って来たじゃん!」
「この部屋の扉は、内側からだと開かないから」
―――マジか?
サイキはドアノブを握り、動かそうとした。
しかし、ドアがビクともしないどころか、ドアノブを捻ることすら出来ない。
その様子を見て、ミモリは『ね?』といったように首を傾けた。
「なら何で君は入って来たの⁉ このまま君も出られないじゃん!」
「私はここに住んでいるんだし、別に困ることはないからさ」
「いやいやいや! この部屋から出られなかったら流石に困るでしょ!」
「大丈夫だって。 ちょっと君のことについて、皆で話し合っているだけだから。事が済んだら出してくれるよ」
「皆って誰だよ⁉ てか僕は何でここに閉じ込められたの⁉」
「君の手当てのためだよ」
「ならもう大丈夫だから出してくれよ!」
「でもノゾミちゃんが、君のこと『新入り』って言ってたし」
「いや、あれは僕も知らないんだよ! それに僕は、別に入りたいわけじゃないんだよ!」
―――こんな訳の分からない組織とやらに入ったら、確実に僕の日常が壊れる!
そうミモリに言うと、彼女は少し困った表情をした。
「あ、そうなんだ。でも、それだとちょっと困ったな~」
―――なんぞ?
「もし君が『新入り』としてここに来たんじゃなかったら・・・」
「なに?」
「記憶を消される」
「なんでや!」
突然の記憶末梢宣言に、サイキは叫び声をあげてしまった。
「記憶を消される⁉ そんなの理不尽過ぎるよ!」
「ごめん・・・」
「そもそも記憶を消すってどうやって⁉ 僕に何しようってんだ⁉」
「ちょっと薬を飲んでもらって―」
「もう勘弁してくれよ!」
「だからユースティアのメンバーになろうよ! ね?」
「正義の味方が人を脅してもいいのかよ⁉」
―――これじゃ悪徳勧誘じゃないか
暫く沈黙が続いたが、ミモリがゆっくりと口を開く。
「ねえ、サイキって、ま―」
その瞬間に扉が開き、アクドという青年が入ってきた。
「やーやー! 元気? ってミモリじゃん。何してんの?」
「いや、別に・・・」
何故かさっきまでの明るい雰囲気は、彼女からすっかり消えてしまっていた。
「なにか用? アクドはどうしてここに?」
「いや、話し合いの結果を伝えにと思ってさ」
「で? どうだったの?」
「反対しているのはタツヒロだけだね。ノゾミを含めて後は賛成か、中立ってとこかな」
―――反対一人しかいねえのかよ!
それを聞いたサイキは心の中で叫んだ。
「アクドは賛成なの?」
「もちろん! 新人なんて楽しみでしかないよ!」
「何だか適当ね」
「いやいやいや! ちょっと待ってくれ二人とも!」
サイキが二人の会話に割り込んだ。
「僕はこの組織のメンバーに入るつもりはないんだって!」
「知ってるよ」
アクドは顔に笑みを貼り付けたまま答えた。
「だから・・・! えっ?」
「ノゾミが言ってたからな。『あの人は多分、このまま入ってはくれないだろう』って」
「なら―」
「でも君は、このままだと記憶を消される」
「うっ・・・、それは勘弁してほしい・・・」
「でしょー? で、そこで俺に考えがあってね」
サイキはアクドの口から出る言葉にゴクリと唾を飲み込む。
「ここの施設の一番偉い人に会ってきてもらおうかなってね」
「一番偉い人・・・?」
「そ」
「その人に会ったら、何とかなるのか・・・?」
「分からない。けど、記憶は消されないかもしれない」
―――こんなの選択とは言わない!
アクドがサイキの肩をポンっと叩きながら言う。
「まあ薬を飲んでも、もしかしたら他の記憶には問題ないかもしれないけどね。さ、どうする?」
「・・・分かったよ。その一番偉い人とやらに合わせてくれ。記憶が消されるのは御免だ」
アクドはそれを聞くと、手を叩いて喜んだ。
「よーし! そうこなくっちゃ! いやーよかったよ。そっちの方が話は早いからさ」
ミモリが心配そうにサイキに尋ねる。
「ごめんね。いろいろと巻き込んじゃって・・・。本当に大丈夫?」
「まあここまで来たら、腹をくくるよ」
そうサイキはミモリに言った。
そしてアクドはポケットから端末を取り出すと、一言「出していいよ」とだけ呟いた。
直後に、扉から開錠の音がする。
「この部屋を出て、左側の突き当りに扉がある。その扉の奥に大きなホールがあるから、そこでスーツの男が待ってるよ。後のことはZEROに任せてあるから」
「ZERO?」
サイキが尋ねると、アクドは一言だけ言う。
「ここの偉い人。会えば分かるよ」
サイキは不思議そうな顔をしながら、扉を開けて部屋を出て行った。
サイキが去った後、部屋にアクドとミモリだけが残っていた。
「ねえ、本当に彼はメンバーに入ってくれるのかな?」
ミモリがアクドに訊くと、彼の口元だけが怪しく笑いながら言う。
「彼は入るさ。嫌でもね」
第2話「記憶の救出」完
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
次話の投稿は日曜日を予定しております。
それ以降は説明させていただいた週一のペースとします。
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