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未来正義  作者: タケフジ ノブシ
1/3

倉庫のおまじない

 とある場所の倉庫の中。

 一人の青年と一人の少女が、手と足を縛られた状態で隅の方に座っていた。

 突然、四人の男達に捕まり、車に乗せられてここまで連れて来られていた。つまり「誘拐」。

「何でこんなことに・・・」

 高坂サイキはそう言って今の状況を悲観していた。

 その出来事は、数時間前に起こった。



―――少し寒くなってきたな

 大学から駅までの道のりを歩くサイキは、勉強で長時間座り続けてクタクタになっていた。

 辺りは少し薄暗く、自習のために図書館に残っていたサイキ以外の生徒達は、既に帰宅しており、同じ道を歩く人影は見られなかった。

―――春って過ごしやすそうな季節だと思ったけど、暖かくなったり、寒くなったりと、結構過ごし難い季節だなぁ・・・

 ふと神社へ続くはずの道のりから、一人の少女が走って出てきた。

 少女は相当走っていたようで、膝に手をついて荒い呼吸をしている。その両手には、怪我人のごとく包帯が巻かれていた。

 どうやらこちらの存在に気が付いたようで、顔を向けるが、サイキからは影っていて少女の顔がよく見えない。

―――何だ?

 サイキは一瞬立ち止まるが、気にせず少女を通り過ぎて駅への道を歩き始めた。

 少し心が痛むような気もしたが、最近のこういうものには関わらないほうがいいと彼は考えていた。事案にされてはたまったものではない。しかし、足音が後ろから聞こえてくる。それも走っているような感じだ。

 サイキが振り返ろうとすると、先ほどの少女が走ってサイキを追い抜かしていく姿が映った。

 だが後ろからの足音はそれだけで終わらない。三人の男達が少女を追いかけて行った。

 そしてサイキの視界から誰も居なくなるが、彼の頭の中は、嫌な予感が巡っていた。

 居ても立っても居られず、サイキは少女と男達の去って行った方向へと向かう。

―――あれは!

 サイキが見たのは、少女が男達に無理やり車へと押し込まれる様子だった。

「何やってんだ!」

 叫び声を上げたサイキの頭の中は真っ白になり、男の一人に体当たりをする。男が倒れ込むが、他の男達がサイキに襲い掛かった。

 一人の男の拳がサイキ目掛けて飛んでくる。紙一重で拳を躱し、教科書の詰まった重いカバンで男の顔を殴りつけた。しかし別の男に背後へ回り込まれ、振り向いたときは既に遅かった。

「手間かけやがって! 馬鹿が!」

 重い衝撃がサイキを襲い、やがてゆっくりと意識が薄れていった。




 そして今に至る。

「いってぇ・・・」

 頭に再び痛みが走る。

―――クソッ! あいつら、思い切り殴りやがって・・・

 痛む頭を摩ろうと手を動かそうにも、両手両足縛られていて、動くことさえ出来なかった。

もがいていると隣の少女の肩にぶつかる。

「あ、ごめん・・・」

「・・・」

―――やっぱりこの子も捕まったのか・・・

「少し訊きたいことがあるんだけどいいかな?」

「・・・」

 少女は何も答えない。こちらの声が聞こえているのかも怪しいほど、微動だにしなかった。

「どうして君はあいつらに狙われていたの?」

「・・・」

「あいつらのこと知っているの?」

「・・・」

「てか、ここどこなの?」

「・・・」

「あのー、助けにきたんだけどさ、助けてくれない?」

「・・・」

 やはり少女は何も答えない。もはや口が利けるのかも怪しくなってきた。

「これからどうすっかなぁ・・・」

「・・・どうしてわたしを助けたの?」

 少女は小さくそう答えた。

「何だ、ちゃんと口あるじゃん。ていうか、どうしてって言われてもなぁ」

「理由もないのに私を助けたの?」

「助ける前に一々理由なんか考えてられるか。助けた後に考えればいいんだよ」

 暗くてあまり顔は見えないが、少女がクスッと笑ったような声が聞こえた。

「それにまだ、理由を考えるには早過ぎる」

「そうだね」

―――なんかこの子、余裕そうに見えるのは気のせいか?

 少女が少し楽しそうな声で言う。

「さっき助けてほしいって言ったよね?」

「え、うん」

「お兄さんを助けてあげるよ」

―――は?

「そ、そりゃ助けてほしいって言ったけどさ・・・」

「わたしの名前はノゾミ。お兄さんの名前は何て言うの? 苗字じゃなくて、名前を教えて」

「僕? 僕はサイキ」

「サイキ。わたしがあなたを助けたら、今度はわたしがあなたを助けた理由を聞いてくれる?」

―――へ?

 ノゾミという少女は、縄をいつの間にか解いていて、どこからか携帯を取り出す。それを少し操作した後、「よし」と一言呟いた。

「何をしたんだ?」

 サイキが訊くと、ノゾミは一言だけ言う。

「おまじない」


 直後、倉庫の扉が荒々しく開く。倉庫の中に入って来たのは、サイキとノゾミを誘拐した男達の一人だった。

 男が二人に近づくと、その場にしゃがみ込む。

「全く、お前は依頼の対象外だっていうのに、どうしてくれんだよ。処理に困るじゃねえか」

 男はサイキにそう言うとタバコに火をつける。

「依頼って誰からなんだ?」

 サイキは男にそう訊くと、男は鼻で笑った。

「知ってどうするんだ? 折角生きて帰れるかもしれないのに、わざわざ藪から蛇を出すこともないだろ」

 『生きて帰れる』という言葉に、サイキは無意識にも、心が少し落ち着いたように感じた。しかし、すぐさま罪悪感がサイキの中に渦巻いた。

―――いや、違うだろ! 僕は何のためにこの子を助けようとしたんだ! ここまで来たらこの子も無事じゃないと意味がない!

「この子はどうなる?」

 そう声に出てしまっていた。男がギロッとサイキを睨み付ける。

「あ? お前、このガキの知り合いか?」

「違う」

「じゃあ別にいいじゃねえか! このガキがどうなろうがお前には関係ねえだろ? お前は生かして帰してやるからよ。大人しくそこでジッとしてろ」

 サイキは俯いたまま言う。

「質問に答えろ! この子はどうなるって聞いてんだ!」

 ピクっと男の動きが一瞬止まった。

「そんなに死にてえのか」

 男はサイキの腹を蹴り飛ばす。

「うぐっ・・・」

 サイキはうずくまり、痛みと強烈な吐き気を感じるが、何とか嘔吐せずに我慢する。だが直後、こみ上がってきた内容物が気管の付近で渦巻き、咳き込んだ。

 そんなサイキの胸倉を掴んで、男は顔を数発殴りつけた。

「調子に乗るんじゃねえ! 生きて帰れるって聞いてテンション上がっちまったか? 別に今ここでお前を殺しても構わねえんだよ!」

 殴られ続け、意識が朦朧としているサイキを無理やり起こして男は続けた。

「そんなに知りたきゃ教えてやるよ。こういう依頼ってのはな、依頼主がとんでもない下衆野郎で、売られたガキは死ぬか壊れるまで遊ばれるに決まってんだろ! だが俺たちには関係ねえんだよ! 大金さえ手に入ればな!」

 サイキは黙って聞くしかなかったが、その目は男を鋭く睨み付けていた。

「何だよ? まだ何か言いたいことでもあんのか? ほら、言ってみろよ!」

 男の足や拳がサイキの体へ目掛けて飛んでくる。

 暫く殴打され、サイキは呻き声すら上げられなかった。


 突然、倉庫の外から大きな物音がした。倉庫の中の三人はそれに気が付き、倉庫の扉へと目をやった。

「依頼人か?」

 男が倉庫の扉へ向かおうとすると、突然扉が乱暴に開けられる。

 そこには、もう一人の誘拐犯の男が立っていた。だが様子がおかしい。千鳥足のように、フラフラとこちらに歩いて来るが、すぐに力尽きたように倒れてしまった。

「おい! どうした! 何があった!」

 男は倒れた仲間に駆け寄るが、既に気絶してしまっていた。

「クソッ! 何なんだよ! うぐっ・・・」

 そう言った男も、何か衝撃を受けたかのように倒れ込む。


「よお。まさかお前が攫われるとはな。ノゾミ」

「オレのこの拳で、必ず助け出してやります!」

「というかもう終わりでしょ」

「手間をかけさせるな」

「大丈夫? ノゾミちゃん」

「た、助けに、き、きたよ」


 そこには六人の人影が立っていた。

 その中の一人がノゾミに近づいて来る。

「あれ? この人誰?」

 サイキが声の方に目を向けると、髪は白く、肌の色は黒い青年が目の前に立っている。

 青年はニッと笑いながらノゾミにそう尋ねると、彼女は何の躊躇いもなく言った。

「私達の新入りさん」


―――え?


「っぷ!」

 青年は腹を抱えて笑い出す。

 すると、後ろの方からもう一人、眼鏡をかけた青年が近づいてきた。

「何してる! さっさと引き上げるぞ! アクド!」

 彼はイラついたようにそう怒鳴った。

「ちょっと待てよ! 聞いたかタツヒロ! この人、新入りだってさ!」

「またアクドはそうやって人を揶揄おうとする!」

「違うって・・・ププッ! 本当だって!」

「どういうことだ!」

「分かんないけど、こんな新人との出会い方は初めてだよ! あー可笑しい!」

「ノゾミ! 何を言っているか分かっているのか!」

 そんな三人が揉めているうちに、サイキの縄を一人の女の子が解いてくれた。

「あ、ありがとう」

「どういたしまして。ねえ。君、新入りって本当なの?」

「いや、僕にも何がなんだか・・・」

「そっか。でもノゾミちゃんが言うんだから、何かあるのかもね」

 彼女は濡れたハンカチで、サイキの腫れた顔を冷やしてくれた。

「ありがとね。私達の仲間を助けてくれて。私はミモリって言うの」

「あ、僕はサイキ」

「サイキ・・・ね。いい名前だね!」

「え? ああ、ありがとう」

「君は勇気があるんだね」

「い、いや、僕は何も出来なくて・・・」

「私には分かるよ。だって君だけ傷ついているのに、ノゾミちゃんには傷がないもん。それって君が彼女を守ってくれたからだよね」

 こんな綺麗な子に見つめられて、サイキは思わず目を少し逸らしてしまった。すると、視線を逸らした方向であることに気が付く。

 ミモリの背後で誘拐犯の男が立ち上がっていた。

「て、てめえ・・・」

 気絶したと思い込んでいた男はいつの間にか立ち上がり、彼の手にはナイフが握られていた。その先端は明らかにミモリの方へ向けられている。

―――ヤバい! 危ない!

 サイキが体を動かそうとするが、痛みが動きに枷をかけている。

 ミモリが振り向くと同時に、男はナイフを彼女へと突き立てた。

 一瞬、時が止まったような感覚に陥る。

 そして倒れるミモリをサイキが下敷きとなって受け止める。

 彼の頭は真っ白になっていた。

「ミモリ⁉ ミモリ!」

―――刺された⁉ 僕の目の前で⁉ 僕がもう少し早ければ・・・!

 目の前が歪んでいくような気がする。自分の目の前で起きた悲劇に、サイキは何かが崩れていくような気がした。


「大丈夫?」


 ふとそんな声が聞こえた。それは間違いなくミモリの声だった。

「え?」

 倒れていたサイキを先ほど刺されたはずのミモリが支えている。

「ごめんね。下敷きにしちゃって」

「え? あれ? 君、さっき・・・」

 傷がない。どこにも。

「お、お前! 何だよ⁉ 何なんだよ⁉ 何でナイフが折れてんだよ⁉」

 後ろで男が喚いている。彼が手にしていたナイフは、ポッキリと折れてしまっていた。

 人を刺したナイフが折れるなんて想像できない。いや、防弾チョッキでも着ていれば納得もいくだろうが、ミモリの破けた服の下には、紛れもない人の肌だけが見えていた。

―――な、何で⁉ 何でこの子は無事なんだ⁉ 何でナイフが⁉

 サイキも言葉を失うが、それ以上に男は座り込んで戦意を喪失していた。

「はいはーい。取りあえず、一件落着」

 アクドがパンパンと手を叩くと、時間の止まったような空間が、一気に動き出したような感覚になる。

「はい撤収ー。ノゾミも普通に元気だから歩けるだろ? さっさと帰ろうぜー」

 ノゾミはコクリと頷き、倉庫の外へと向かう。

 同じように、他の青年達も倉庫の外へと歩き出した。

―――なんだか分からないけど、僕も帰るか・・・

 サイキは立ち上がるが、男達に痛めつけられた体が悲鳴を上げてふらついてしまう。それを一人の青年が支えてくれた。

「大丈夫? 肩貸すから、ほら摑まって」

「あ、ありがとう」

「どういたしまして。君も一応手当のために、安全な所へ運ぶから。訊きたいこともあるしね」

―――それはこっちの台詞だ・・・

 サイキは歩きだそうとするが、目の前がクラクラする。

 肩を貸してくれている青年がサイキに尋ねる。

「そうだ。君名前は?」

「サイ・・・キ・・・・・」

 その言葉を最後に、サイキの意識はフッと沈んでいった。




第1話「倉庫のおまじない」完

ここまで読んでいただいてありがとうございました。

この小説は予め書いたものをそのまま投稿しております。

そのため、ある程度まで、この作品は話が書き終わっております。

投稿は1週間に一回(水曜日か日曜日)に行ってまいりますので、もしあなた様の興味の引かれるものでしたら、またよろしくお願いいたします。

誤字脱字についてはご連絡・ご報告いただけると幸いです。

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