第99話 三毛犬(みけいぬ)、家に帰る
その後、俺はクラウディアを含む、新しい子達の健康診断を済ませ、全員を五階に運んだ。
「すまん。検査結果が出るまでは家に連れて帰れない。二三日だから我慢してくれ」
「(わかったわ。蒼汰、私の名前、変えなくていいのかしら?)」
「変えられるわけ無いだろ。お前が飼い主さんから貰った大切な名前だ。そんな事言うな」
「(わかった、ありがとう……)」
「おう」
そして楓を五階に呼ぶと、クラウディアの前で一通りの話をした。
「……じゃ、クラウディアちゃんは……小鉄時代の蒼汰と同じって事?」
「ああ。それで、もう勝手に決めてしまったんだが……こいつを飼ってやりたい……いいか?」
「うん、大賛成。小鉄ほどの頭のいい子が蒼汰と出会えたなんて……良かったね、クラウディアちゃん」
「(ありがとう、楓。私のことはクラウディアと呼んで良いわ)」
「クラウディアと呼んでくれとさ」
「そうなの?」
楓はクラウディアを見た。
「オゥ(ええ)」
クラウディアは小さく鳴いた。
「へぇ……人が嫌がらない様にこんなに小さな声で鳴いた犬、初めて見たよ……。本当に頭がいいんだね……」
「それでな、まだ連れて帰れないが、こいつを連れて帰ったら美月と一緒に俺達の昔話を聞かせてやりたいんだが、どうだ?」
「いいね! 小鉄談話だね!?」
「ああ、そういう事だ。じゃ、あとは血液検査の結果が出たら、車で連れて帰ろう」
「うん。これから宜しくね、クラウディア」
楓はそう言うと、クラウディアに顔を近づけた。
「オゥ(ええ)」
「クラウディア、Yesはうなずく、Noは横に振る。それだけで喋らなくても伝わるぞ」
「(なるほど。わかったわ)」
クラウディアはうなずいた。
「小鉄式だね」
「ああ、俺が歩んだ道だ」
「じゃ、五十音表も作らないとね」
「だな」
──
三日後。
クラウディアの血液検査の結果が出て、俺達は無事、クラウディアを家に連れて帰った。
「ただいまー! お母さん、連れてきたよー! おぉぉみんなー、ただいまただいまー」
楓は家の玄関の扉を開けると、そう言って美月を呼び、玄関に出迎えに来ていた犬猫を撫でた。
「よっこら、せと……ただいまー。おう、お前ら。こいつは今日からうちの家族になるクラウディアだ。後でちゃんと紹介するな」
「(こんばんわ……。この子達、あの施設の子かしら?)」
「うーん、そうなんだが……もううちの子と言ってもいい。譲渡するつもりもないし、譲渡できない。だからここで余生を過ごしてもらってる」
「(それって、老人ホーム……?)」
「ま、そう言うな……でもまぁそんな感じだ。こいつらと一通り挨拶が済んだら出してやるからな。ちょっと待ってろ」
俺が立ち上がって他の子を呼びに行くと、すれ違いで美月がやってきた。
「まっ……本当に三毛犬! かわいいわねぇ……」
美月は玄関に出て、ケージの中のクラウディアを見ると、しゃがみ込んで顔を寄せた。
「でしょ? でも、特別扱いしちゃダメだよ? 他の子が妬くからさ」
「ええ、まかせて。そこは心得てるわ……名前は?」
「クラウディア」
「……楓にしちゃ珍しく長い、しかも英語ね……」
「私が付けたんじゃないの。元の飼い主さんが付けた名前」
「元の……そうなの、良いお名前ね。クラウディアちゃん」
「楓ー、全員をクラウディアに挨拶させる。手伝ってくれー」
「はーい」
俺と楓で一緒に暮らしている全部の動物を玄関のケージの前に連れてきた。
「よし、みんなよく聞け。この子は今日からうちの家族になる。名前はクラウディア。宜しくな! ……って言っても、誰もこいつには敵いそうにないな……」
「だね……」
「ほら、一通り匂いを嗅ぐなり、挨拶してくれ。匂いを覚えたら出すぞ」
俺がそう言うと、老犬と老猫たちは、代わる代わるケージの前に来て、クラウディアの匂いを嗅いだ。
「(覚えたぞー)」
「(覚えたわー)」
「(うん、覚えたー)」
と覚えた宣言が八回続き……。
「じゃ、出すぞ……良いか?」
「(いいよー)」
「(だしてー)」
「よし、来い」
俺がクラウディアのケージの扉を開けると、ゆっくりとクラウディアが出てきた。
「うわぁぁ、大きいのねぇ……」
美月が小さく声を上げると、クラウディアは真っ先に美月の匂いを嗅いだ。
「(うん、覚えた。この人、楓のご家族かしら? 同じ匂いがするわ)」
「ああ。美月は楓の母親だ」
「(……あなた、お義母さんにもタメ口なのね……)」
「そう言うな、その理由もこれからちゃんと話してやる」
「(……一回騙された……)」
「今度はちゃんと話す……。ってか、三人で話してやる。それなら嘘にならんだろ?」
「(そうね、あなた以外の人は嘘をつかなそうだわ)」
「え……。俺、すっかり嘘つきキャラ!?」
「(ふふ……冗談よ。入っていい?)」
「ああ。この家はキッチン以外はどこに行ってもいいぞ。ここは今日からおまえの家だ」
「(私の家……)」
「遠慮は要らん。隅から隅まで探索するといい」
俺はクラウディアを連れてきたケージをたたんだ。
クラウディアは少しずつ、少しずつ匂いを嗅ぎながら居間に入った。
「クラウディア、一通り探索したら、散歩に行くぞ?」
「(わかったわ。じゃぁ、探索は後でいい)」
「そうか? じゃ、楓、先に行こう!」
「わかった。わんこ達、お散歩!」
楓がそう言うと、一旦クラウディアの匂いをかぎ終わり、家の中に散り散りになっていた老犬たちが一斉に玄関に集まった。
「(へぇ……ちゃんとしつけられているのね)」
「いや、これは飯と同じ。自分たちが行きたいからその単語を覚えてしまっただけのことだ。しつけじゃない」
「(そう? でも、ここの子たち、とてもお行儀がいいわよ?)」
「そうかもな……でもそれは楓のしつけだ。俺がやった訳じゃ無い」
俺はクラウディアに買ってきたばかりのリードを取り付けた。
「(楓も、そういう事が出来るのね)」
「ああ。むしろ俺より色々知ってて、上手い」
「(好きこそ物の上手なれ、ってことかしら?)」
「そういう事だ。楓は俺なんかよりずっと長いからな……」
「それは私が歳を取っていると言いたいのかな?」
俺が他の犬のリードを取り付けている横で、楓は他の犬にリードを付けていた。
「そんな訳あるか。お前は俺よりも動物が好きだと思う、故に俺より上手い。当然のことだ」
「ありがと……よし出来た!」
「こっちも出来た。いってきまーす!」
「いってきまーす!」
──
「そうだろうとは思ってたけどさ……やっぱりクラウディア、引っ張らないね」
「ああ。完全に俺の横についている……。お前、そういうしつけでもされたのか?」
「(ええ、しつけ教室には良く通ったわ。嫌だったら言ってね?)」
「嫌なわけないだろ……ってか完璧だ。俺が教えることなど何もなさそうだ……」
「あ、そう言えば。フリスビーの練習、どうするの?」
楓は俺を見た。
「そうだな……。そろそろ始めないとな」
後二ヶ月ちょっとしか無い。
「でも、クラウディアに決まってから、全く焦ってないよね」
「分かるか? こいつには何も教える必要がない。それこそルールを教えたらそれで終わりだ」
「だよね」
楓は笑った。
「あ、でもさ、最初の一回は早いほうがいいよ? 何が問題になるかわからないもん」
「あぁ……それは言えてるな……。うぅん……ちょっと考える」
「うん」
──
その後、家に戻って全員に餌を与え終えると、俺達が飯を食いながら、俺の小鉄時代の話に花を咲かせた。それは俺とこの二人、楓と美月との出会いから別れまで、前世の生まれてから死ぬまでを、ダイジェストでクラウディアに教えてやるためだ。
俺がしてきた苦労を、似たような別人がする必要などどこにも無い。




