第92話 元会長
数日後。
「こんばんわー」
「おじゃましまーす」
藤崎と田辺が楓の家にやってきた。
俺達は楓の家に集まることにしたのだ。
「いらっしゃい! あがってあがって!」
楓は玄関で二人を迎え入れると、居間に入った。
「よ、久しぶり。って、藤崎はそうでもないな……」
俺は居間に恵美と一緒に並んで座っていた。
「そうだね」
「おう、元気そうだな。これ、約束の肉だ」
藤崎が笑い、田辺が右手をあげて今日の夕食会の食材をテーブルに置いた。
「サンキュー。悪いな」
「いや、そういう約束だろ。ってかこうさせてもらえないと、夕食を頂く理由がない……むしろ助かる」
「そっか」
「あ、こちらがその妹さん?」
藤崎は恵美を見た。
「ああ。恵美」
俺が恵美にそう言うと、恵美は立ち上がった。
「初めまして、櫻井恵美です。お忙しいところ、すみません」
恵美は二人に頭を下げた。
「いいえ。恵美ちゃんのお陰で久しぶりに集まることが出来たよ。ありがとう」
藤崎は会釈すると、恵美にそう言った。
「美月、肉が来たぞ」
俺は台所で準備をしてくれている美月のところへ田辺の肉を持っていった。
「あ、ありがと。じゃ、ちゃちゃっと準備しちゃうから、そっちで話してていいわ」
「すまないな……」
「ううん。こうしてお友達が集まってくれるなんて、嬉しい」
美月は笑った。
「お兄ちゃん……どうして楓さんのお母さんにタメ口なの?」
「だよね……」
「だな……」
振り返ると、恵美と藤崎と田辺が不思議そうな顔で見ていた。
「え……あ……えーっと、これは……」
俺は言葉に詰まり、美月を見た。
「良いのよ。私がそうして欲しいって、お願いしたの」
「そう……なんですか?」
恵美は美月を見た。
「ええ。だから、失礼でもなんでもないわ」
美月はそう言うと台所へ向き戻り、料理を始めた。
「なんだか……櫻井くんと美月さんが夫婦みたいに見える……」
「うん……」
「だな……」
藤崎がそう言うと、恵美と田辺がうなずいた。
「あらあら!」
美月は嬉しそうに笑った。
「見えないよ! どうして蒼汰とお母さんなの!? ぜんぜん違うでしょ!? 親子にしか見えないよね!? って言うか、親子にすら見えないよね!? むしろ孫!」
楓は全力で否定した。
「あら、私は構わないわよ」
美月は楓を見た。
「ちょっと、お母さん!」
楓は美月を見た。
「ふふふ……冗談よ。それより話し、始めちゃって」
美月は笑ってそう言うと、料理を続けた。
「んもう……」
楓はそう言うと、俺の隣に座った。
「えっとー……恵美ちゃん。って呼んで良い?」
藤崎は恵美を見た。
「はい。構いません」
「うん。じゃ、恵美ちゃんは、今のアニサポの会長に推されているんだよね?」
「はい」
「で、決め兼ねていると」
「……はい」
「なるほど……。やっぱり、やりたくない?」
「……できれば。藤崎さんは、嫌じゃなかったんですか?」
「うーん……私は……嫌だったのかな……どうだろ?」
藤崎は俺を見た。
「嫌がってはいなかったな。だが、藤崎は俺を推したよな」
「ああ、そうだよね……。そう言う意味では嫌だったのかな……?」
藤崎は首を傾げて考えた。
「でも、彩は二つ返事だったぞ?」
田辺は藤崎を見た。
「そっか。あの時は櫻井くんが関係者だから会長になるとマズいって言って、それに納得したんだ」
「だな。それに、アニサポを始めようと言い出したのは藤崎だしな。そう言う意味では適任だと思った」
俺は藤崎を見た。
「そうだね、言い出しっぺだもんね」
藤崎は笑った。
「あ、藤崎さんが言い出した事なんですか?」
恵美は藤崎を見た。
「うん。私が言い出して、二人が賛同してくれた。そこからアニマルサポーターは始まったの……。なんだか懐かしいね!」
藤崎は恵美にそう答えると、俺達を見た。
「まだ二年しか経ってないのにな」
「だよな……。でも、もう懐かしいって感じるよな」
俺と田辺が答えた。
「それで、会長さんって、何をするんですか?」
恵美は藤崎を見た。
「うーん、特に何もしてない……かなぁ……」
藤崎は宙を見た。
「何も?」
「ああ。多分、立ち上げるほうが忙しくて、それ以外の記憶があまりないんだ」
俺は恵美を見た。
「ああ、そうかもね……色々やったねぇ……。あ、全体会議ははっきりと覚えてるよ!」
藤崎は宙を見ながらそう言うと、俺を見た。
「だろうな。あれはとし子さんが大活躍してくれた会議だ」
とし子さんの輝かしい功績を、藤崎が忘れられる筈がない。
「うん。まぁ、強いて言えば……。毎月全国から送られてくるメールを整理して、その中から全体で相談すべきことを問題提起したり、それをまとめたり……。で、解決できなくて、全体会議をやったり。そんな感じ」
藤崎は恵美を見た。
「まとめ役……ですか?」
「うん。それでもこの二人が居てくれたから、不安はなかったし……あ。恵美ちゃんの学校のアニサポのメンバーって、何人居るの?」
「まだ五人です」
「そっか……。その中でも特に仲がいい、恵美ちゃんが会長になったら助けてくれそうな人は?」
「二人……かな?」
「二人いればなんとかなるよ」
「そうなんですか?」
「うん。私はこの二人が居たから会長を続けることが出来た。むしろ、この二人のおかげだから」
「それって……お兄ちゃんと田辺さんレベルの人が一緒じゃないと、難しいと?」
「うん、そうだと思う。後は信念だけ」
「信念……ですか」
「うん。自分を信じて、周囲を信じて、ただ突き進むだけ。その為には何度か自分の中の信念みたいなものが試されるの……。少なくとも私はそうだった……。そして、それに迷った時、この二人が助けてくれた。だから自分の信念と……でも、もっとも重要なのは仲間なのかも」
藤崎は俺を見た。
「信念と仲間かぁ……良くわからないなぁ……」
恵美はうつむいた。
「うおっ!」
俺の膝に、楓の家に住む黒い長毛の老猫が乗っかった。
「あれ、人懐っこい子だね」
藤崎は俺を見た。
「ああ。こいつは特にな」
いつも楓の家に来ると、こいつが擦り寄ってくる。
「ねぇ、恵美ちゃん」
楓は恵美を見た。
「はい」
恵美は楓を見た。
「この子を見て、どう思う?」
「どう? ……かわいいなって……」
「それでいいんだよ」
「……それで?」
「うん。かわいいな、触りたいな。そんなところから始まって、この子達を助けてあげたいなって思って、そうしてみた。理由なんて、それでいいんだよ」
「……あ、信念ですか?」
「うん、私はそうだった。ただ、小鉄に……動物たちに恩返しがしたかった……。ただ、それだけなの」
「それが、楓さんの……信念?」
「うん。信念って言われると……ちょっと気がひけるけど。理由なんてなんでも良い。信念なんて大仰なものじゃなくて良いんだよ。ただ、自分がどうしたいのか。なぜそうしたいのか。……その理由、切っ掛けは本当に小さなものなの。それがね、人の心を動かして、和が広がって、徐々に大きくなっていく……。それが嬉しくて、楽しいんだよ」
「あ、わかります! 私もそうでした!」
藤崎は楓を見た。
「こう、どんどん広がっていく、仲間が増えて、全員で何かをしよう。何かを成し遂げようっていう、その感じが嬉しくて……楽しかった……」
「うん。それってさ、会長さんだから感じられたんじゃない?」
楓は藤崎を見た。
「ああ、そうなのかも知れませんね……。櫻井くんと伊織も感じていたと思いますけど、私はそれ以上に楽しませてもらったのかもしれません」
藤崎は楓を見て笑った。
「なんか……私に会長になって欲しい感が……」
恵美は藤崎を見た。
「うん。私はなって欲しい。こんなに楽しい思い出ばかりが残ってる……そんな会長に、恵美ちゃんもなってみて欲しい」
「私も同じ気持ち」
「俺もだ」
藤崎が言い、楓と田辺が同意した。
「そして、俺もだ」
俺は恵美を見た。
「私……まさかのアウェー!?」
「アウェーじゃないよ。全員恵美ちゃんのことを思うと、そうなっちゃうんだよ」
藤崎が言った。
「…………なった方が良いですか?」
「私はそう思う。ある意味チャンスなんじゃないかな? でもさ、本当に嫌だったら断っていい。それはいけない事じゃないよ」
「……うーん……」
恵美は腕を組んだ。
その後、全員で一緒に食事をし、昔話に花を咲かせた。
今日、ここで食事会をしたのはこの昔話を恵美に聞いてほしかったからだ。
あの頃の、楽しかったこと、辛かったこと、面倒だったこと。様々な俺達の過去の思い出を聞き、恵美の役に立てればと、そう思っていた。何しろ俺達がしてやれることなど、この位しか無いのだから。
──
その後、恵美はアニサポの会長に就任した。
それこそ「兄妹揃ってアニサポとAS会の会長ってどうよ?」なんて話が持ち上がったが、すぐに立ち消えた。理由は簡単……。
「じゃ、お前がやれよ」
と言われて言い返せる人など、一人も居なかったのだ。
こうして恵美が会長を務める事になると、アニマルサポーター本部は恵美の高校に籍を移した。そして恵美は一年間の会長職を務め上げ、高校を卒業した。
──
そしてその後、俺達は結婚し、現在に至る。




