第84話 ドイツへ
「小玉ちゃんがトレーナーにね……」
「ああ、知ってたか?」
俺と楓は自宅に戻ると、犬たちを連れて深夜の散歩に出かけた。
「ううん、全然。そんな話、したこと無いしね……。でもさ、それって今度からは小玉ちゃんに頼めることがわかった、蒼汰の代わりが出来たって、事なんじゃない?」
「ああ、それは俺も思った。本当に助かる」
「だね。でもさ、蒼汰が認めるって、よっぽどだよね?」
「まぁな……。何しろ、あのチャイちゃんを手なづけたんだ……まだ信じられない位だ……」
ドッグトレーナーライセンスが云々ではない。多分それは小玉さんの人柄。小玉さんが持っているであろう何かしらがチャイちゃんに影響したのだろうと、そう思っていた。
「アリシア、あの時、チャイちゃんはどう思ってたんだ?」
俺はアリシアを見た。
「うーん、蒼汰の思っている通りだと思いますよ」
「そうなのか?」
「ええ。最初は怖がっていて、おやつに釣られて歩き出したんですけど、すぐに心を許したというか、慣れちゃっていましたね」
「そうなのか……。やっぱり小玉さんは普通じゃないのかもな……」
「ええ、私もそう思います。なんか楓みたいな……なにか特殊なものを持った人……って感じがします」
「え? 私は別に特殊じゃないよ?」
楓はアリシアを見た。
「いや、お前は特殊だ」
俺は楓を見た。
「どうして?」
楓は俺を見た。
「小鉄、俺の飼い主になった。それは特殊なことじゃないのか?」
「あぁ……そうなのかな……。特殊というか、特別だよね。神様がくれた、特別に幸せなこと……」
「かもな」
「ですね」
俺とアリシアは顔を見合わせて笑った。
「あ。小玉ちゃんは、動物と話せたりしないんだよね?」
「しないだろ……普通」
「まぁ、そうだけど……。あ、蒼汰が話せるってことは言ったの?」
「ああ、言った。そしたら、その下地があったからなんだろうって……俺が正しく伝えたからなんだろうって言ってた」
「そっか……。じゃ、やっぱり蒼汰が一番なんだね」
楓は笑った。
「いや、一番ってのは……どうなんだろうな……」
「ドイツに行ったら、もっとすごい人に会えるかもね」
「かもな」
俺と楓は顔を見合わせて笑った。
こうして俺と楓の代わりを務めてくれる人が決まると、出発する日が決まり、順に段取りを詰めていった。
──
一ヶ月後。
俺と楓は、現地時間の十八時、ドイツのベルリンにあるテーゲル空港へ降り立った。
「長かったー……」
「長かったな……」
俺と楓は初めての飛行機なのに海外旅行。ずっと椅子に座り続けるという事に慣れていない。しかも、羽田から名古屋、名古屋からフィンランドのヘルシンキ、ヘルシンキから、ドイツのベルリンという、トータル十七時間に及ぶ、とんでもない長旅を経験していた。
「あ、そろそろアリシアちゃんを呼んだら?」
「ああ、そうだな」
俺はスマホを取り出した。
なぜアリシアを『呼ぶ』のかというと……。
──
十七時間前。羽田空港。
「蒼汰、飛行機は疲れるので、空港に降りる度に電話してください」
アリシアは俺を見た。
「は……? 疲れる?」
「ええ。飛行機の速度に付いていくのは大変なので」
「……どういう意味だ?」
「あれ……? 言ってませんでしたっけ?」
「何が?」
「私、電車とか車に乗っている時って、自分で移動しているんですよ」
「……え? あれってお前も移動しているのか!?」
「はい。乗れないので」
「乗れない……。あ、すり抜けるのか!?」
「はい。なので、飛行機の速度に何時間も付いていくのは大変なんです……と言うか、無理です」
「え……アリシアは来られないのか?」
「え! アリシアちゃん、来ないの!?」
「いえいえ、ちゃんと行きますよ。ただ、移動についていくのは大変なので、空港につく度に電話をください。そしたら瞬間移動しますから」
「電話? 瞬間移動? ……どうやって?」
「まぁまぁ、今やってみせますから。先ずはこの電話番号を蒼汰のスマホに登録してください」
アリシアは自分のスマホに電話番号を表示させ、俺に見せた。
「え……。天界スマホって、普通に電話番号あるの!?」
「いえ、普通はありません。今回の移動に合わせて、特別に作ってもらいました」
「作ってもらった……?」
「あとでちゃんと説明しますから……ほら、これを登録してください」
「あ、ああ」
俺はアリシアのスマホに表示されている電話番号を、自分のスマホに登録した。
「じゃ、ちょっと離れますから、電話かけてください」
「お、おう……」
アリシアは広い空港内の遠くへ飛んでいくと止まって振り返った。
そして俺が今登録したアリシアの番号へ電話をかけると、遠くに小さく見えるアリシアがスマホを取り出して耳に当てた。
「もしもし?」
『じゃ、これからそっちにいきますね……えい』
アリシアがそう言って、耳からスマホを離し、何か操作をすると……。
シュン……。と音がして、目の前にアリシアが現れた。
「うおっ!」
「うわっ!」
俺と楓は驚いた。
「な、何だこれ!?」
「こう出来るようになったんですよ」
「いつ?」
「昨日です」
「昨日!?」
「はい。二人が海外へ行くと聞いて、ル……色々相談した所、この方法が一番いいだろうということになりまして」
「あぁ……相談したのか」
「はい。なので、飛行機での移動中はご一緒できませんが、空港に着く度に電話してください。そしたらそこへ瞬間移動できますので」
「……距離は?」
「は?」
「瞬間移動できる距離って、制限はないのか?」
「んー、多分無いでしょう」
「なんでだ?」
「天界スマホですから」
「あっ、そ……」
「はい」
──
こんなやり取りがあり、俺達は乗り換えの空港に到着する度に、アリシアを呼んでいた。
「お待たせしましたー! おお、ここがドイツですか……って、フィンランドと変わりませんね……」
アリシアがシュンと現れるとそう言った。
「空港内はどこも同じだ」
「なるほど……でもほぼ地球の反対側なんですよね……何だか変な感じです。にわかには信じられません……」
「俺もだ……」
「私もだよ……」
俺達はドイツのベルリンにあるテーゲル空港の到着ロビーで、広々とした空港内を見渡していた。
「でも、アリシアが来てくれて助かった」
「え? 何かあったんですか?」
「ん……まぁな……」
「なんだか浮かない表情ですね」
「話していいか?」
俺は楓を見た。
「あ、うん……。この先どうするかを考えないといけないし……いいよ……」
俺は楓の許可を得て、さっき起きた出来事をアリシアに語って聞かせた。
──
ここから俺の回想……。
二時間前。
フィンランドのヘルシンキ空港に降り立った時、「あ、外国だ」と感じた。
理由は簡単。日本語がどこにも書かれていない上に、日本人がどこにも居ないからだ。
ヘルシンキに降り立った時、日本から飛んだヘルシンキ行きの飛行機の搭乗者の半分くらいは日本人だった。だが、飛行機を降り、トランジットルートを進むに連れて、日本人は三人になり、ドイツのテーゲル空港行きの飛行機に乗った時、日本人は俺と楓の二人きりになっていた。
「こ、これは……結構厳しいね……」
「お、おう……」
ヘルシンキ空港でテーゲル空港行きの飛行機を待っていた時、楓は俺にそう言った。
俺達はご多分に漏れず、俺達は英語が得意ではない日本人だ。
「ぜ、絶対に私から離れないでね!? 一人にしたら怒るからね!?」
「お、おう……」




