第81話 見られる
「ねぇ、アリシアちゃんって、着替えないの?」
「はい。これが制服みたいなものです」
「買ってあげようか?」
「は……?」
「いや、アリシアちゃんの服を買ってあげようか? って言ったの。女の子なんだから、色んな服を着てみたいでしょ?」
「えっと……考えたことがありません……」
「そうなの? 一度も?」
「はい、一度も……」
「……それって、蒼汰が悪いんじゃないの?」
楓は俺を見た。
「なんでそうなる?」
「だって、アリシアちゃんって、蒼汰と同い年なんでしょ? 蒼汰の年齢プラス三歳」
「ああ、そうなるな」
「だとしたら、今……二十四歳。女ざかりだよ? まぁ、見た目は高校生なんだけど……」
「いやだから、何が言いたい?」
「ファッションに興味がないなんて、おかしいって!」
「いや、それは個人の趣味なんじゃ……」
「それは蒼汰の育て方が間違っているんじゃないの?」
「俺の育て方!?」
「うん。違うの?」
ふと、楓はアリシアの服装に疑問を持ち始めた。何が切っ掛けでそうなったのか……全く見当がつかず、俺は楓の言いたいように言われていた。
「いや……そうなのか?」
俺はアリシアを見た。
「いえ、蒼汰が私を育てたというのではなく、むしろル……もとい。最初から得ていた基礎知識によるものなんです」
アリシアは楓を見た。
「基礎知識……?」
楓は首を傾げた。
「……これって、言ってもいいものでしょうか?」
アリシアは俺を見た。
「良いんじゃないか? ってかもう言ったし……」
「うーん……じゃ、お任せしましょうか……」
「そうだな」
「なになに? 言っちゃいけないことなの? お任せって、誰に?」
楓は俺を見た。
「俺達はな、最初に基礎知識を受け取るんだ。だから俺が猫だった頃にも人間の基本的な知識があった」
しかもそれはルシアから受け取った、膨大な知識だ。
「あ……。それで小鉄は人みたいだったの?」
あ、上手くごまかせた……。
「ああ、そういう事だ。そのおかげで人の言葉を理解し、話すことが出来た」
「ふーん……じゃ、どうして小鉄だけが基礎知識をもらえたの?」
「んー……そこはノーコメントで……」
「そっか……やっぱり小鉄、ううん。蒼汰は特別なんだね」
「……別に特別なんじゃないぞ、特殊なだけだ」
「なるほど……。でもさ、それならアリシアちゃんは服に興味を持っていないとおかしくない?」
「そうなのか……?」
俺はアリシアを見た。
「うーん……。どう言えば良いんですかね……。私は元々楽しむとか、そういう概念に欠けているんです」
「楽しむ……概念?」
楓はアリシアを見た。
「うーんと……。私は蒼汰を補助する目的でここに居ます。その為に生まれたと言っても過言ではありません。つまり、それ以外に興味がない、といいますか……考えたことがないと言いますか……」
「……それって、楽しいの?」
「……そういう概念がないのです」
「あ、そっか……。でもさ、アリシアちゃんは私達を助けて、楽しませようとしてくれているよね?」
「そうなのでしょうか……。楽しませようとしてやっている訳ではないので……」
「……喜ばせようとしている?」
「あ、それが一番しっくり来ますね」
「じゃ、自分は喜ばなくていいの?」
「自分が……ですか。でも、最初の目的が違いますから……」
「……でも、アリシアちゃんってさ」
「はい」
「私達が喜ぶと、一緒に喜ぶよね?」
「はい」
「それって、楽しいとは違うの?」
「んー……」
アリシアは右手を顎に当てて考えた。
「真面目すぎるのかもな……」
「……あ、そうかもね」
俺がつぶやくと、楓は俺を見た。
「そうですか?」
「見た目はちゃらんぽらんなのにな」
俺はアリシアを見た。
「ちゃ……ちゃらんぽらんってどういう意味ですか!?」
「あはは……。蒼汰が言っているのは、美しくてキラキラしているって意味だよ」
「でも、ちゃらんぽらんって言ったら……」
「蒼汰は恥ずかしがり屋だから、そう言ってごまかしているだけ」
「そうなのですか?」
アリシアは俺を見た。
「……かも知れん」
俺は目をそらした。
「ほらね?」
「……蒼汰、昔からそうやって私を怒らせようとするのは、私が好きだからなんですか?」
「昔からなの?」
「はい……。よくからかわれて、私が怒ってます……」
「じゃ、そうだね。っていうか、ずっと一緒に暮らしている、兄妹みたいなものなんでしょ? それなら尚更だよ」
「……兄妹……。確かに、そうなのかも知れませんね」
「ああ……かもな」
「兄妹ですか……。じゃ、蒼汰は私に『お兄ちゃん』と呼んで欲しかったりするのですか?」
「いや、リアル妹がいるから、そういうのは止めてくれ」
「そうですか……残念」
アリシアは悪い顔で笑った。
「楽しそう」
楓は笑った。
「はい?」
アリシアは楓を見た。
「今、アリシアちゃん、楽しそうだった」
「ああ……。蒼汰をいじめている時は楽しいかもしれません……」
「俺をいじめて楽しむとか、趣味悪すぎんだろ!」
「いえ、私が一方的にいじめるのではなく、あなたが私をいじめてその仕返しにいじめているだけなので、フェアトレードだと思いますけど……。と言うか、むしろ私が損をしていると思いますが……」
「……まぁな」
「あ、話が逸れちゃったけど。今度買いに行かない? アリシアちゃんの服」
「あ、それには及びません」
「要らないの?」
「この服は私が作っているので、いつでも変えられるんです」
「作ってる……? どういう事?」
「ちょっとお待ちを……えい」
ピッ。アリシアはスマホを取り出すと、ボタンを押した。
「うわっ!」
アリシアの服がパッと消えて下着姿になると、楓が驚いた。
「じゃー……アレにしますか……えい」
ピッ。スマホのボタンを押すと、アリシアはポンッとグレーの長袖Tシャツと茶色いスカートとサスペンダー姿になった。
興味がない、考えたこともないと言っていた割には、普通に可愛い服装、自分にあっている服装というのを心得ている……。これってやっぱり……。
「おー! かーわいいーっ! それにさ、スカートと同じ色のベレー帽にしてみて」
「え、これと同じ色のですか? うーん、えい」
ピッ。アリシアがスマホのボタンを押すと、茶色いベレー帽が加わった。
「うん! 凄く可愛いよ! 今日はその姿でいて」
「はぁ、構いませんが……。そこまで喜ばれるとは……」
「ん……? そう言えば、アリシアちゃんさ……」
「はい」
「鏡、見たことある?」
「鏡……ですか?」
「うん、鏡。もしかして……自分の姿、見たこと無いんじゃないの?」
「ええ。見たことは……ありませんかね。まぁ、スーパー可愛いというのは知っていますが……」
ちょっと待て! 自分の姿を見たことがないのに、スーパー可愛いとか、スーパーメイド天使だとか、どの口が言う!?
「だからだよ……」
「だから……ですか?」
「うん。自分の可愛さを知らないから、服に興味が無いんじゃないかな?」
──
「おー! これも良いですね!」
「良いね! 次はこれ!」
「どれどれ……えい。あ、こっちは微妙ですかね……」
「ありゃ、お気に召さなかったか……じゃ、こっちは?」
その後、自宅へ帰ると楓はパソコンで様々な女子高生から女子大生辺りの洋服の写真をアリシアに見せ、アリシアはそれを色々と試しながら、姿見でチェックした。これも良い、これは違う、これとこれを組み合わせたらどうだろう? と、そんな感じで楓とアリシアの着せ替え大会は夜中まで続いた。途中、楓が夕食で離れても、アリシアは一人でパソコンの画像をチェックし、試し続けていた。
そんな事があって、その後、アリシアは毎日服を替えるようになった。
誰に見せるわけでもない。むしろ今までは俺しか見ることの無かったアリシアの服は、楓と美月が見る事で、大きな変化をもたらしていた。
そんなアリシアの変化は、見ていて楽しそうで、嬉しそうで……。それだけでも、二人にアリシアを紹介して正解だったと、少し……俺も嬉しくなった。




