第77話 やってみる
「理由……なんだ?」
『私達の想像しなかった、新しい、良いものが生まれる可能性を見極めてから取り消すためです』
「なるほど……」
天界は自分たちのルールだけで動いていないと……。例え違反行動が行われたとして、その結果がわかるまでは罰則を適用しないと……そういう事か……。
『その通りです』
「あ、あの……。その罰則が適用されなくても、違反行動を取った場合……。その次の一生に関わる事は……」
アリシアが聞いた。
『あります』
「やっぱり……」
アリシアはうなだれた。
『ですが、それは一生の中で何を成し、どんな悪事を働いたかによって、総合的に評価されると言うことです。ですから、一般的な悪人が悪く評価されないこともあるのです』
「一般的な悪人……? あ、義賊とかそういう事か?」
一般的な悪人という言葉が良くわからない……。
『その限りではありません。人間の法律、倫理観のみならず、天界での総合評価が行われるということです』
「なるほどな……。まぁ、それはよっぽどの事じゃないと、そうはならないんだろうけどな……」
『はい』
「じゃ、何でもやってみろと……そういう事なのか?」
『言い方が乱暴ですが、そういう事です。すべての個体は、自らの道を切り開き、新しい道を模索して始めて、幸福を得ることが出来るのです。ですが、それは流れに身を任せるという方法がいけないという事ではありません。その方法でしか得られない幸福も存在します』
「つまり、もがき苦しめと……」
『……その言い方はいかがなものかと思いますが……。しかしそうやって模索し、切り開く。それこそが、我々の予定していなかった新しいものを発見し、作り出していくという、生物に許された行為なのです』
「……それって、運命……って事か?」
『…………』
あ、黙った。
『言葉では言い表せません』
上手くごまかした……。
『ごまかしていません』
「いや、別に揚げ足を取りたんじゃないからな……」
『分かっています。そしてあなた達の言う、より幸福になるために違反と思われる行為を試すと言うのは、評価に値します』
「そうなのか?」
『はい。重要なのは目的です。しかもそれが私利私欲のためではなく、他の誰かの幸福のためなのであれば尚更です』
こうして俺達は結構長く話し込んでいた。
アリシアが「ルシア様はお忙しいのですから」と止めるのも聞かず、俺達はそのまま他愛もない話を続けた。
「よし。決心がついた」
『なんでしょう?』
「もう、天罰は要らない」
『わかりました』
ルシアが笑ったような気がした。もちろん実体などはなく、ただ声が聞こえるだけの、電話のようなものなのに……そんな気がした。
「え……? 持っていても困らないものなのに、返しちゃうんですか?」
アリシアは俺を見た。
「ああ。もう必要ない」
そもそもアリシアに対してしか効果を発揮しない天罰なのだから、もう必要がない。
『アリシア、良かったですね』
「あ……はい。って……良かったんでしょうか?」
「なんだ? まだ持ってたほうが良いのか?」
「いえいえ、そりゃ持ってない方が良いですけど……何でしょう? なんかこう……。スッキリしません……」
『彼はあなたに対する武器を放棄したのです』
「武器……ですか?」
『はい。あなたは彼から信頼を得たのです』
「信頼……」
『彼が私を呼び出したかった理由……それは』
「言うな! 言わんでいい」
『いけないのですか? 正しく伝えた方がアリシアが喜ぶと』
「良いんだ! 知らなくて良いことだってある……何でもかんでも伝えようとするな……」
『……わかりました。あなたにお任せしましょう……。それでは、要件は以上ですね?』
「ああ、長々とすまなかった……」
『いいえ。あなたの思いに答えたまでです……それでは……』
アリシアは俺を見ていた。
「あの……楓に私のことを伝えて良いかって……その為に呼び出そうって……」
「はぁ……ルシアめ……余計なことを……」
『すみません』
「まだ居たんかい!? ……もういい、話してやれ。こいつ、このままじゃモヤモヤしたままだ……」
『わかりました。アリシア、心して聞きなさい』
「はい……」
『彼は自らの結婚の前に、あなたを開放しようと思い、私を呼び出しました』
やっぱり全部わかってやがる……。
『そう言わないでください。私はそういう立場なのです』
「わかってる……続けてくれ」
『はい』
「開放……ですか?」
『はい。彼はあなたを幸せにしたい。あなたにも幸せになって欲しい。そう考えました。その流れの中で、あなたを開放する必要があると、そう言う考えに至ったのです。ですから、彼の言った「私に質問したいから呼び出す」という説明は間違っていません。ですが、その真意にはあなたの開放という目的が隠されていました』
あぁ……本当に全部言っちまいやがった……。
『いけませんか?』
「もういい……隠す必要がなくなった……」
『はい』
「……蒼汰……そんな事を……」
アリシアは俺を見た。目から涙がこぼれていた。
ほら……こうなるから言いたくなかったんだ……。
──
次の日。
「アリシア……ちゃん、で良いのかな?」
楓は俺を見た。
「ああ、女の子だ。見た目は十六歳くらい」
俺達は昨日のルシアの話を受け、早速楓にアリシアを紹介した。
初めは場所に悩んだ。何しろ最重要機密と言ってもいいくらいの話をするのだから、他の誰にも聞かれたり、見られたりしたくない。そこで、俺は楓を自宅に呼んだ。そのまま家族で食事をし、俺の部屋に入るとアリシアを紹介した。
「もしかして……美人さん?」
「んー……自称美少女だ」
「なんですか、その自称って……!? あなた、私の事可愛いって」
「分かった! 分かったから……。すんげー可愛いです……」
俺はアリシアに返事をすると、楓を見てそういった。
「す、すんげー!? ……あれ? 小鉄時代からずっと一緒なんだよね?」
「ああ、一度だけ会ったんだよな?」
「うん……あの時も確か十六歳くらいだったような……。もしかして……年を取らないのかな?」
「ああ。俺が小鉄の頃から見た目は変わってない」
「え……」
「永遠の十六歳!?」
「まぁ、そういう事になるな」
「…………私とどっちが可愛いの?」
楓はジト目で俺を見た。
「は……? そんなの決まってるだろ」
「じゃぁちゃんと言って」
「うぅん……じゃ、正直に言うぞ?」
「うん」
「楓はもちろん可愛いけど、どちらかと言うと美人なんだ。こう、頭が良くて、美しい。スマートっていう言葉がぴったり来る感じ。俺はそういう楓が好きなんだ」
「……そ、そうなんだ……えへへ」
「ああ」
「なるほど……それで?」
「やっぱ言うのか?」
「うん」
「アリシアはな……こう……絵に描いたような美少女だ」
「……それで?」
「終わりだ」
「……それってなんか絵に描いた餅みたいに聞こえるよ?」
「あながち間違ってはいない」
今のアリシアの姿だって一時的なものなんだろうからな。
「いやいや、それだとアリシアちゃんを褒めてないからね」
「いや、褒めるつもりはない。ましてや楓の前でアリシアを褒めるってのも……」
「……何? やっぱりアリシアちゃんにも気があるの?」
「いや無い!」
……と思う。
俺はアリシアを見た。アリシアはこれまで通り、黙って俺達のやり取りを見ていた。
「なぁ……お前、実体化してみないか?」
「は?」




