表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【1万PV達成!】天は二物を与えず(仮)  作者: Kuu
第3章 『何も望まなかった中の上』
66/110

第66話 ゲンちゃん



 そして二日後。


「バウバウバウバウ!(どこだここは! 早くここから出せ!)」

 レンコントに問題児の鳴き声が響きわたった。


 飼い主が柴犬とトイプーを連れてやってきた。俺と楓は詳細な話を聞き、そのまま一週間預かると伝えると、飼い主は深々と頭を下げ、トイプーだけを連れて帰った。その姿から、真剣さが伺えた。それもその筈、この飼い主と柴犬にはもう後がないのだから。


「キャウキャン、キャンキャイアイアイアイ!(何をする! 来るな! 触るな! お前は誰だ!)」

 俺が五階へ連れてきて、備え付けのケージに入れようとして手をのばすと、柴犬は恐れ、叫びまくっていた。

「おー……お前、普通じゃない吠え方をするな……」

「何を言ってるのか分かる?」

「ああ……でも、なんだろなこれ……。ほれ、こっちに入れ」

 俺は抱くのを諦め、備え付けのケージの前に柴犬の入ったケージを置き、扉を開けた。

 柴犬は動かない。ケージを覗くと隅でガクガクと震えていた。

「(殺される……)」

「いや、殺さない。ってか、俺はお前を助けたい」

「(…………)」

「お前、今、自分が置かれている状況、わかってるか?」

「(殺されるんでしょ?)」

「いや、だから殺さないし、痛いこともしない。まぁ、お前次第だけどな」

「(ここ、私達を殺すところでしょ?)」

「あ、ここをセンターだと思ってるのか……。なぁ、その施設からこいつに引き取られてきて、暫くここで一緒に暮らしていたの、覚えてないか?」

 俺は楓を指差した。

「(……嘘)」

「んー……こっちは覚えてないのか……」

 センターがよほど怖かったのだろう。

「どう?」

 楓は俺を見た。

「なぁ、この子、楓がセンターから引き取ってきて、その後この子を慣らしたのって楓なんだよな?」

「うん。この子はそう……いい子だったんだけどな……」

「そっか……楓、服を脱げ」

「は……?」

「お前の匂いを嗅がせたい。だが、手を出すと危ない。だから、身につけているものを一枚くれ」

「あ、ああ! ……そういう事か……んしょ。はい」

 楓は着ていたシャツを脱ぐと、俺に渡した。

「おお、サンキ……は!?」

「どうしたの?」

「なんでお前、下着姿になってんだ!?」

 楓は上半身裸で、ブラだけになっていた。

「え? 蒼汰が脱げって言ったんじゃない」

「いや、普通、これしか着てないんなら『これを脱いだら下着になっちゃうから』とか言うだろ!?」

「別に、蒼汰に見られるんなら……いい」

「いや……じゃ、じゃぁ……これを着ろ」

 俺は自分の着ていたトレーナーを脱ぎ、楓に渡した。ちなみに俺はTシャツ姿だ。

「うん……あ……」

 楓は俺のトレーナーを着ると、袖の匂いをかいでそう言った。

「どうした? 臭いか?」

「ううん。蒼汰の匂いがする」

 楓はトレーナーの袖を指先まで伸ばし、両手で鼻を覆って俺のトレーナーの匂いをかぎながら、嬉しそうに笑った。

「……お前は、犬か」

「わん!」

「いや、そういうのは良い……」

 俺はくっつけていたケージを離し、入り口をこちらに向けた。

「この匂いを嗅いでみろ」

 俺が楓のシャツをケージの中に入れると、柴犬はシャツの匂いを嗅いだ。

「こいつの名前は?」

「ゲンちゃん」

 楓はまだ俺のトレーナーの匂いを嗅いでいた。

「オスか?」

「メス」

「なんか凄くオスっぽい名前なんだが……」

「うん。私が最初オスだと勘違いしててそう名付けたの。でもメスだと分かった時にはもう懐いてたから、混乱しないようにそのままにしたの」

「……なるほど。って、今の飼い主さんも名前を変えてないのか?」

「うん。優しい人でね、この子の為になることをしたいって言って、変えなかったの」

「そっか……」

「(……嗅いだことがある匂い……嫌じゃない……)」

 ゲンちゃんはしきりに楓のシャツの匂いを嗅いだ。

「何か思い出さないか?」

 俺はゲンちゃんを見た。

「(……私を……助けてくれた人?)」

「お。思い出したか?」

「え、私のことが分かるの?」

「今、自分を助けてくれた人だと言った」

「…………」

「じゃ、ここがどこだか分かるか?」

「(ここは……お母さんと出会った場所?)」

「ああ。お前を楓が救い出し、今の飼い主さんに会わせてくれた場所だ」

「(……私は、お母さんに嫌われて……殺されるんじゃないの?)」

「だ・か・ら。殺さないし、痛いこともしない……。どうだ、落ち着いたか……? 俺達を噛まないって約束してくれるんなら、そこから出してやる」

「(……本当に?)」

「お前が約束してくれるんなら出す。そのかわり、一度でも人を噛んだらもうお母さんには会えなくなるかも知れん……」

「(……自信がない……)」

「怖いのか?」

「(……よくわからない……)」

 ゲンちゃんは困った顔をしていた……恐れ、困惑していた。

「良いだろ。じゃ、噛んでしまったらちゃんと謝れ。それならどうだ?」

「(……わかった)」

「よし。じゃ、出てこい」

 俺はケージの扉を開け放った。

「楓、離れてろ」

「なんで?」

 ゲンちゃんはゆっくりとケージから鼻を突き出し、部屋の匂いを嗅いだ。

「こいつ、噛まないでいられる自信がないと言った」

「じゃ、どうして出したの?」

「噛んだら謝ると約束をした。それだけだ……だから離れてろ」

 俺がそういった、その時……。

 ゲンちゃんは楓を見ると、勢い良く飛びかかった。

「キャッ!」

「楓!」

 ゲンちゃんに押し倒されるように楓が尻餅をつき、そのままゲンちゃんは楓の胸元に乗った。俺は急いでゲンちゃんを抱き上げた。


「ブワキャキャン!(許してないぞ! 私に触るな!)」

 ゲンちゃんは体をよじらせ、俺の右手に噛み付いた。


「痛っ! ……ほら落ち着け。大丈夫だ。俺だから、落ち着け」

「(ハッ! ……ごめんなさい)」

 ゲンちゃんは正気に戻り、今噛んだ、俺の右手の傷口を舐めた。一生懸命に舐めていた。

「蒼汰! あ、お……オキシドール……」

 楓は俺が噛まれたのを見ると叫び、そのまま部屋の薬箱へ行こうと立ち上がろうとしていた。

「出来たじゃないか……」

「(ごめんなさい、ごめんなさい)」

「ああ。許す」

「(私……お母さんに会えなくならない?)」

「ああ。その気持を忘れるな」

「あ、あれ……」

 楓は床でジタバタしていた。

「どうした? 噛まれてないだろ?」

「う、うん……あれ? 蒼汰……立てなくなった……」

 楓は困った顔で俺を見た。

「もしかして……腰が抜けたか?」

「……かも」


 その後、俺が自分で消毒をしていたら、楓は一人で立ち上がった。

「大丈夫か?」

「うん、私は大丈夫。あ、手に穴あいちゃったね……一応、空に見せて」

「ああ。ゲンちゃん」

「(……なに)」

 ゲンちゃんは心配そうに俺を見ていた。

「心配するな。この程度は慣れっこだ。それより、落ち着いたなら健康診断をさせて欲しいんだが、病院は嫌いか?」

「(……病院?)」


 俺はゲンちゃんにリードを付け、抱きかかえると、楓と一緒に二階へ行った。


「お……誰もいない。チャンス」

「あれ、今日は誰も居ないね」

 俺達はそのまま診察室へ入った。

「ん? どうした?」

「空さん、この子の健康診断をしてほしいんですけど」

「その子は?」

「今、俺のしつけ教室で預かっている子で、噛み癖があるんです。それで……」

「え……噛み癖?」

 空さんは少し引いた。

「ええ、なので、ここ数年は健康診断を受けていないようでして、できればと……空さん?」

「え……あ、ああ。わかった……って、この子、大丈夫なの?」

「あ、口輪しますか?」

「頼めるかな?」

「ゲンちゃん、口輪するけど我慢しろ。お前のためだ」

「(……わかった)」

 俺はゲンちゃんに口輪をした。

「よし……じゃ、診てみようか」

 空さんは触診を始めた。

「(……なんかこの人、怖い……)」

「え、そうなのか……?」

 俺は空さんを見た。空さんはテキパキとゲンちゃんの体に触れ、触診をして、聴診器を耳につけた。

 あれ……? 手が震えている?

「空さん」

「ひゃ、ひゃい!」

 空さんは飛び跳ねた。

「もしかして……怖いですか?」

「う……うん。恥ずかしながら……。いや、犬が嫌いとかじゃないよ……職業柄、多くの犬にも接してるし、何度も噛まれてるし……ただ、怖いのは怖い。それは認める……。もしかして、この子にうつっちゃった?」

「ええ……」

 空さんの恐怖心が、ゲンちゃんを不安にさせていた。

「よし、私がこうしていてあげよう」

 楓は空さんの後ろに回り込むと、後ろから空さんの腰を抱きしめた。

「楓? 何を……!」

「どう? 落ち着くでしょ」

 空さんは後ろから楓に腰を抱かれ、上半身を背中にベッタリと付けられていた。

 なんという羨ましい……。

「う、うん……」

 空さんはゲンさんに聴診器を当てた。

「……うん。大丈夫そうだね」

 そのまま目を見て、耳を見た。

「よし、口の中を見るから、口輪を外して」

「はい」

 俺は口輪を外した。

 あれ? ゲンさんの表情が落ち着いている。

「あ、本当に落ち着いたんですね」

 俺は空さんを見た。

「え? ああ。この子は不思議な子でね」

 空さんはチラリと後ろの楓に目をやった。

「え? 私、変かな?」

「変だよ」

「そう?」

 楓は俺を見た。

「いや、そうかも知れんが、それも魅力の一つだろ」

「あはは……」

 楓は笑った。

「うん。口の中も大丈夫そうだな……。それにしても、蒼汰くんは楓に優しいよね」

「そうでしょうか?」

「ああ。優しすぎると言ってもいい。甘やかしすぎるのもどうかと思うけど」

「いいの! 蒼汰は私を甘やかしてくれる、唯一の人なんだから、そういうことを言わない!」

「はいはい。よし、良いよ。あとは血液検査だけど、やる?」

「ゲンちゃん、注射するけど良いか?」

「(口輪をして……自信がない)」

「おう、つけるぞ?」

「(うん)」

「何? じぶんからしろって言ったの?」

 空さんは俺を見た。

「はい。自信がないからつけてくれと」

「へぇ……あれ? 蒼汰くん、右手に穴が開いてるよ?」

「ええ、さっきこいつに噛まれたんです」

「消毒は?」

「しました。絆創膏だけいただけますか?」

「うん。はい」

 空さんは俺に絆創膏をくれた。

「ありがとうございます」

 俺は絆創膏を右手の穴に貼った。

「さっき噛まれたのに、怖くないの?」

「はい。ちゃんと会話しているので。それにこの子、ちゃんと自信がないって言ってくれるので楽です」

「そう……やっぱり君は獣医師に」

「空!」

「ぐはっ!」

 空さんの後ろから抱きついていた楓は、両手で空さんの腹部を締め上げた。

「わ、わかった……言わないから、緩めて……苦しい」

「よし」

 楓は手を緩めた。

「……もう、楓は蒼汰くんのことになると見境ないな……」

「当然です!」

「あ、そうだ。空さん」

「なに?」

「俺の遺伝子には、俺の能力の情報は書き込まれていないそうです」

「は……? どうして分かるんだい?」

「え……? あ……」

 あぁ……そうなるか。

「なんと……なく?」

「……君も楓に負けず劣らず、変な子だね……。じゃ、針を刺すよ?」

「あ、はい。ゲンちゃん、チクッとするけど大丈夫だからな。力を抜け」

「(……うん)」

「どうぞ」

 俺が言うと、空さんはゲンちゃんの腕に注射針を刺した。

「キャウン!(痛い!)」

 同時にゲンちゃんは声を上げ、体を揺らしたが、それ以上の抵抗はしなかった。

「この子、本当に噛み癖があるの?」

「ええ、この通り」

 俺は右手の絆創膏を見せた。

「ああ、そうか。……でも、そうは見えないな」

「それが、蒼汰の力だよ」

 楓はまだ空さんに抱きついていた。

「全く……羨ましい限りだ……」

「本当にそう思うの?」

「いや……そうでもない……。楓の言ったとおり、話すことが出来たら今まで以上に辛い……むしろ、普通の精神では居られなくなるだろう」

 空さんは採血をして注射針を抜くと、包帯を巻き始めた。

「だよね……」

「うん……よし、終わり」

「ありがとうございました。ゲンちゃん、終わったぞ」

「(もう痛くない?)」

「ああ。もう痛くしない」

「(うん)」

 ゲンちゃんは尻尾を振った。

「何……? 本当に普通の子に見えるんだけど……ほんとに噛み癖がある子なの?」

 空さんは目を丸くして俺を見た。

「ええ。この通り」

 俺は再び右手を見せた。

「あ、そうか……。蒼汰くんのおかげなのか……。しかし楓の周りには、変な奴ばかりが集まるな……」

「空もその一人だけどね」

 楓は笑った。

「まぁね。……そろそろ離してくれる?」

「ああ、もういいのか……」

 楓は空さんから離れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ