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【1万PV達成!】天は二物を与えず(仮)  作者: Kuu
第3章 『何も望まなかった中の上』
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第48話 センター




 その後、俺は毎日レンコントへ行き、動物の世話を続けた。


 相変わらずメインの仕事は、入ってきたばかりの動物を人間に慣らすことだった。もちろん、それが誰よりも適任で、俺の動物と話せるという能力を使い、すぐに動物たちが俺に慣れてしまうからこそ続いていたし、続けられた。ギリギリ役に立っていたと言う事だ。

 そしてそんな日々を繰り返していたら、サロンに来た犬のシャンプーを教えてもらったり、動物病院で空さんの手伝いをしたり、譲渡会でスタッフとして立たせてもらえるようになっていった。緩やかにではあるが、少しずつ信頼を得て、ステップアップしていったのだ。


「資格?」

「うん。動物を扱うお仕事って、色々と資格があるの。この先、蒼汰には色々覚えてほしいんだけど、そうなってくると、資格が無いとできないことも多いんだよ」

「ああ、空さんみたいな医師免許ってことか?」

「うん。それもそうだけど、それ以外にもたくさんあってね……これみて」

 楓は俺に動物の資格が書かれたホームページを見せた。

「うお……結構色々あるんだな……」

「うん。私はトリマーの資格と、動物看護士の資格を持ってる。蒼汰は動物とお話ができるから、最初は……CDTと、ペットトレーナーと、家庭犬のしつけ訓練士と、あ、その前に愛玩動物飼養管理士か。これらを取っちゃうといいんじゃないかな?」

「CDT?」

「うん、コンパニオン・ドッグ・トレーナー。略してCDT。家庭犬に対して人間と一緒に暮らす上でのルールなどを教えるトレーナーのこと」

「それって、家庭犬のしつけ訓練士と違うのか?」

「うん。CDTは犬に対して。家庭犬のしつけ訓練士は犬と飼い主に対して指導を行う人のこと」

「なるほど。じゃ、ペットトレーナーは?」

「こっちはペットをしつけるだけじゃなくて、トレーナーというお仕事をする際に必要な資格、言わば免許のようなものなの」

「ふーん、じゃ、なんでそこに愛玩動物飼養管理士なんてものが混ざるんだ?」

「これを持ってないと、ペットトレーナーにはなれないの」

「おお、上級職か」

「まぁ、そんなところ」

 楓は苦笑いした。

「ペットトレーナーはね、それ以外にも受験資格があるんだけど、この愛玩動物飼養管理士を取っちゃうのが、最も近道なの」

「ほぉ、戦士と僧侶を経てから勇者になるよりも、賢者から勇者になったほうが早いと」

「……蒼汰、ゲーム好きなの?」

「あ、特別好きってわけじゃない。単に知識として持ってるだけだ」

「そうなんだ……」

「あれ? 俺の評価、下がった!?」

「ううん、違うの! 私はゲームとか得意じゃないから……覚えたほうが良いのかなって……」

「あ、それは必要ないぞ。俺もゲームは持ってないしな」

「そう?」

「ああ」

「わかった」

「じゃぁ、先に取れるのは愛玩動物飼養管理士か?」

「うん、この愛玩動物飼養管理士を……あれ?」

「どうした?」

「ごめん……資格が十八歳以上になってた……」

「え?」

「蒼汰、まだ受けられないや……ごめんね」

「そっか、わかった。じゃ、他のやつは?」

「うーん、ちょっと待って……えっと……あ、CDTと家庭犬のしつけ訓練士は取れるね」

「他に取れそうなものはないか?」

「え、もっと取りたいの?」

「この先、何かを始めようとすると、色々必要になるんだろ? なら、取れるものは全部とっておきたい」

「うーん……これは大卒……これは……あ、これ、筆記だけだね。やってみる?」

「ん? ドッグライフカウンセラー?」

「うん、内容は基本的な知識を身につけることなんだけど、全てにおいても基本だし、勉強の一環としては良いかもよ?」

「一万円かぁ……なぁ、他の試験っていくらかかるんだ?」

 俺は値段を見ていた。

「え? 試験費用は私が出すよ」

「は?」

「試験にかかるお金とか、勉強にかかるお金は私が出す。それくらいはさせてほしいな」

「……いいのか? 結構掛かりそうだが」

「うん。私がそうしたいの。だって蒼汰にはボラさんとしてやってもらっている訳だし……少し心苦しいんだよ」

「そうか……? じゃあ……宜しくお願いします」

 俺は楓に頭を下げた。

「うん。任せて! 蒼汰は私が養うっ!」

 いや、養うって……。なんか前世と同じような状況になりつつある様な……そんな気がしていた。


 その後俺は、毎日家に帰ると猛勉強した。高校入試だってこんなに勉強していない。なにしろ入れそうなところに入ったのだから。これまでの人生で一番勉強したんじゃないだろうか……? それ程に猛勉強した。楓に出してもらう費用を無駄にはできなかった。



 そんなある日。


「蒼汰、センターに行くから一緒に来て」

 楓は五階で動物の世話をしていた俺に言った。

「センター?」

「うん、動物愛護センター」


 俺は楓と一緒に大きめのワンボックス車に乗り、センターへ向かった。

 車の後部座席は全て倒され、広々とした空間にはいくつもの空のケージが載せられていた。


「楓、動物愛護センターって、何だ?」

「ああ、知らない? 各都道府県に設けられている、動物保護や動物愛護を行う施設だよ」

「ふーん、初めて聞いた。で、何しに行くんだ? こんなに沢山ケージを積んで」

「引き取りに行くの」

「引き取り……? ああ、動物の引き取りか」

「うん、期限になっちゃった子たちの引取」

「期限?」

「うん。センターのお仕事って言うのはね……」


 楓は動物愛護センターについて教えてくれた。


 昔、日本で狂犬病が流行ったことがあった。それに伴い、各都道府県の保健センターは人を守るための部署を作った。それが現在の動物愛護センターの前身だ。ここでは狂犬病対策として、人に対する保護と動物に対する保護を行っていた。人に対する対策はワクチンの管理と配布、接種など。そして、動物に対する保護も同様にワクチンの管理と摂取、そして、野犬の管理だ。管理という名で呼ぶと少し語弊がある。事実上、世に知られているのは「野犬狩り」であり、それら野犬を捕まえてきては七日間保護し、七日をすぎると殺処分するという方法だった。そしてこれが最も世に知られ、いや、むしろこればかりが知れ渡り、この施設は動物を殺す悪い施設として名をせた。しかし楓は「実際には悪い施設ではない」と言う。そういう背景もあるが、現在は違ってきているのだそうだ。


 そして時は流れ、狂犬病がおさまると「人の動物に対する思い」が変化していった。それまでの「犬は番犬、猫はねずみ捕り」という考え方そのものが変化したのだそうだ。動物たちは「ペット」と呼ばれるようになり、実用的な動物から、愛玩動物へと変化していった。もちろん、それは動物が変わったのではなく、人が変わったのだ。それに伴い、1973年、動物愛護法こと「動物の愛護及び管理に関する法律」が制定される。これは動物の虐待の防止を目的としたもので、その後数回に渡り改正された。飼い主やペット業者の責任や義務が強化され、実物を見せないまま販売することが禁止されたり、飼い主にはペットが死ぬまで飼い続ける責務があるなどの事項が盛り込まれた。


 そしてこの動物愛護法の制定、改正により、現在の動物愛護センターは活動しているのだそうだ。大きく分けて、センターの活動は三つ。

 一つ目は「動物保護」。家庭で買えなくなった動物や、捨てられた動物の引き取りを行い、これらの動物が捨てられることによる人間への被害を減らす。

 二つ目は「動物愛護の普及」。人と動物のふれあいを目的としたイベントなどを行い、動物の正しい取り扱い方などを教え、普及させる。つまり、考え方の普及だ。

 三つ目は「動物取扱対策」。特定動物の飼育者を対象に指導を行ったり、その動物たちを管理している環境、施設、状況などを監視し指導を行う。これは具体的に言うと、虐待がないか、衛生面は適正かなどの適正な飼育がされているかという監視だ。


 そしてこれらの活動の中で、もっとも多く取り上げられ、矢面に立たされるのが「動物保護」。


「引き取られた動物たちは、七日間保護されて、その後殺処分される。それ自体は変わらない、まぁ、少しずつ変わっては来てるけどね。……私はずっとセンターが許せなかった……。そんな悪い施設、無くなっちゃえばいいのにって……ずっと思ってた……何も知らずに……」

「過去形だな?」

「うん。行ったら分かるよ」

「……そっか」


 車は三十分ほど走ると「動物愛護相談センター」と書かれた看板がついた、コンクリート製の門を通り、駐車場に停止した。


「ここか?」

「うん。ついて来て」

「ああ」

 車を降り、建物の中へ入ると、楓は事務所の扉を開けた。

「こんにちはー」

「あ、片桐さん。いらっしゃい!」

 三十代くらいの男性が立ち上がって、楓にそう言うと、こちらへやってきた。

「おや? 初めてお会いするような気が……新しい方ですか?」

「うん、私の未来のだんな様!」

「へー……片桐さんにもそんな方が……って、お若そうですけど……」

「うん。高校一年生だから」

「え……。お願いですから、法を侵さないでくださいね」

「侵さないよ! って、どうしてそうなるかな……なんか空に言われているみたい……」

「あはは、冗談ですよ、冗談」

「もう……。蒼汰、こちらはセンターの瀬野さん。瀬野さん、こっちは櫻井蒼汰。うちの新人で、私の未来のだんな様」

「初めまして。櫻井蒼汰と申します。宜しくお願いします」

 俺は瀬野さんに頭を下げた。

「あ、ご丁寧にどうも。私はこのセンターの職員の一人、瀬野(せの)(あきら)です。こちらこそ、宜しくお願いします」

 瀬野さんは俺に頭を下げた。

「片桐さん、さっきから何度も『未来の旦那様』って言ってますけど、婚約されているってことですか?」

「うーん、婚約はまだ……。でも、両親公認」

「あ、そう言う……」


 俺達は挨拶を済ませると、事務所の建物を出て、外を歩いた。


「あれ? この子、先週も……」

 楓は途中につながれていた犬を見た。その犬は明らかに年を取っていて、体の下、胸のあたりに大きなコブのようなものがついていた。

「ええ。デコちゃん、広場に離すと元気に走り回ってくれて、機嫌がいいんです」

 瀬野さんはデコちゃんを見て笑った。

「え、どうするの? この子……え、デコちゃん……? 名前つけてるの!?」

「ええ、デコッパチなのでデコちゃんです」

 瀬野さんは笑った。なるほど……言われてみればデコッパチ。なかなか良いネーミングセンスだ。

「え、でもさ……どうするの?」

「その内レンコンさんの老犬枠が空くじゃないですか」

 瀬野さんは楓を見た。

「あぁ……老犬枠かぁ……でも、いつ空くかなんて、わかんないよ?」

「良いですよ、それまではここで飼っておきますから。いつでも良いので来てください」

「……うん、わかった」


 その後、三匹の犬と、二匹の猫を引き取って戻った。


 ──


 五日後。


 レンコントで飼っていた、一匹の老犬が死んだ。

 まるで何かを悟っていたかの様に。


 楓はその日のうちにセンターへ向かった。


「瀬野さーん、デコちゃん貰いに来たよー」

 楓は事務所の扉を開けると、遠くからそう言った。

「あ、空きましたか!? 良かったぁ……」

 瀬野さんは楓の言葉を聞くと、胸をなでおろして立ち上がった。

「何かあったの?」

「いえ、何も。どうぞこちらへ」


 瀬野さんはそう言うと、犬舎の中のデコちゃんの部屋へ案内してくれた。

 デコちゃんは相変わらず胸から大きな腫瘍を垂らし、楓を見て嬉しそうにぐるぐる回った。


「もう、すっかり懐いちゃいましたね」

「うん。おいでー」

 楓はデコちゃんの檻の中に入った。デコちゃんはくるくると回りながら、楓に寄り添った。楓はデコちゃんをなでながら「そっかー、待ってたのー? お待たせお待たせー」などと会話をしていた。その会話の内容は、不思議とデコちゃんの質問と合致していた。

「あの……」

 俺は瀬野さんに話しかけた。

「はい」

 瀬野さんは俺を見た。

「つかぬことを伺いますが、デコちゃん、どのくらい飼い続けるつもりだったんですか?」

「あぁ……。三ヶ月位は飼い続けるつもりでした」

 瀬野さんはデコちゃんを見た。

「え……それって、規則違反なんじゃ……」


「はい。でも、私達の目的は救うことであって、殺すことではありませんから」


「…………」

 俺はその言葉に、言葉の重さに、何も言えなかった。

「でもそれは、片桐さんに教えて頂いたことなのかも……」

「楓に?」

「はい。前に、今にも死にそうな子を、何匹も引き取って頂いたことがあるんです……」

 瀬野さんは俺を見ると、楓を見た。

 

 二年くらい前、楓が保護施設を初めて間もない頃、センターには数匹の老犬が居た。その子達は飼い主が亡くなったり、通報を受けて保護したりした子たちだそうだ。センターでは通常、引き取り手の有りそうな子たちを一般家庭に譲渡している。だが、老犬は貰い手が少なく、センターでも収容数が多くなるほどに老犬は優先して殺処分される。そんな時、レンコントに連絡が入る。

 センターから「助けてくれ」と連絡が入るのだ。

 センターは都道府県の施設。なので、情に流されるような管理が許されない。しかし、センターの人たちも人間。ましてやこの仕事につく人間が、動物が好きじゃない訳がない。つまり……。


 この人達は、普通の人以上に動物を愛し、どうにもできず、止む無く殺しているのだ。

 動物を愛し、殺さなくてはならない状況とは、一体どんなものなんだろう……? 何という不条理、何という理不尽なのだろう……。

 それに気づいた時、俺は息が詰まった……。


 そしてその連絡を入れた時、瀬野さんは一匹の老犬を引き取ってくれと頼んだそうだ。楓が来ると、その子をケージに入れて車に載せると「他に死にそうな子は居ないの?」と聞いた。瀬野さんは耳を疑った。そのまま楓に「死にそうな子を引き取ってどうするんですか?」と聞いた。すると楓は……。


「ここの檻の中で死なせるくらいなら、うちで死なせる」


 と言ったのだそうだ。ここで死んだ子達の数字を増やしたくない。ここで死ぬくらいなら、最後は人の手の中で、そうしてあげられなかったとしても、檻の外で安心して死なせてあげたい。と、そう言った。


「私はその言葉を聞いて、あ、この人達は自分と同じ人種なんだと思いました」

「同じ人種……」

「はい……。実は、お恥ずかしい話なのですが、その頃はまだ『この小娘は何を生意気なことを言っているんだ? 自分たちに出来ないことが、お前達に出来る筈がないじゃないか』位に思っていたので、自分が恥ずかしくなりました……。でも、同時に同じなんだと、そう思ったんです。それからはレンコンさんにお電話することが苦にならなくなりました」

「嫌……だったんですか?」

「ええ……今思えば嫌だったんだと思います。……どんなふうに扱われているのか、どんな思いでそういうことをされているのか分からなかったので……譲渡するのが不安だった、と言う方が正しいのかもしれません」

「そうなんですか……」


「よーし帰ろうねー。蒼汰、これ車に積んで新しいケージ持ってきて」

「おう」

「瀬野さん、他の子は?」

「はい。こちらです」

 楓はデコちゃんのケージを俺に渡し、瀬野さんについていった。


 俺が新しいケージを二つ持って戻ると、楓は別の老犬一匹と、老猫一匹を引き取り、レンコントへ戻った。


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