第4話 猫、始めました
「私はアリシア。今回の一生からあなたの補助を任された、天界人です」
アリシアは両手を膝に置き、俺に顔を近づけながらそう言った。
「天界人? 補助?」
「はい」
「……あ! ルシアさんが言っていた補助って、お前なのか!?」
「はい。って……『お前』とかちょっと失礼ですよ。小鉄……」
「……おい、アリシア……」
「なんですか? 小鉄」
「お前……俺の事、猫として扱ってないか?」
「え……違うんですか?」
「いや、俺は猫になったが、その……自分より格下として扱ってないか?」
「え、違うんですか?」
「え……。もしかして、違わないんですか!?」
「んー……少なくとも私はあなたよりは上位ですね……。何と言っても天界人ですから!」
アリシアはドヤ顔でそう言った。
「え……えっと……。アリシアさんは……その、長いんですか?」
「は?」
「いえ、天界人のお仕事を始められてから、もう長いんですか?」
「いえ、初めてです」
「は……?」
俺は固まった。
いやいや、ちょっと待て。天界人が初めてという意味ではなく、俺に付くのは初めて……とか、そう言う意味か?
「あ、じゃぁ、このお仕事を始められてから、もう何年目でいらっしゃるんですか?」
「だから、一日目ですよ。あ、『何年目?』だから一年目か……あはは」
アリシアは笑った。
「……じゃ、その前は?」
「犬でした」
「え…………」
俺はその答えを聞いて、固まった。
「……おまっ! 俺と大して変わらねぇーじゃねぇか!」
「あはは。まぁ、そうなっちゃいますかね……。よし、じゃ、特別に許しましょう! 小鉄、私のことは『アリリン♪』って呼んで良いですよ!」
「呼ばねぇよ!」
「どうしてですか?」
「俺はお前をアリシアと呼ぶ」
「いえ、ですから『アリリン』と呼んでいいと」
「いや、俺はお前をアリシアと呼ぶ」
「…………あ、あぁー……。いえ、そんな……照れなくても良いんですよ。こんな美少女を前に、照れるのはわかりますけど……。さすがに猫相手に照れられても……ねぇ……」
アリシアは俺を見た。
「ねぇ、じゃねえ!」
たしかにアリシアは美少女だ。金髪のストレートロングを後ろで束ね、美しく整った目鼻立ち、特に大きな青い目が美しい。天使のような、と形容してもいいほどの美少女だった。ただ、残念なのは衣装……。ん?
「あれ? お前、天使なの?」
「え……? いや、そんな手のひら返したように褒められると、流石に……照れますよ……」
アリシアは体をくねらせた。
そこは引くところじゃないんかい!
「いや、褒めてないから!」
「いえ、いくら私が美少女だからって照れ隠しに怒ってみたりして……そんな子供じゃないんですから……って子供か、あはは。と言うか、猫に褒められても……ねぇ……」
アリシアは鼻で笑いながらそう言った。しかも自分のことを美少女だと二回言った……。こいつ……やっぱり見下してやがる……。
「ルシアさーん、この天界人、他人を見下してますよー」
チュン! その瞬間、部屋全体が光り、アリシアの真横に雷が落ちた。
「ひゃっ! ……ちょ……ちょっと……。あなた、何してくれちゃってるんですか!?」
「いや、ちょっとルシアさんにチクっただけだ」
ルシアさんは俺の味方なのか……こりゃ面白い。
「え……何でそんなことが出来るんですか!? それって、チートじゃないですか!」
「いや、俺にもよく分からんが、出来るらしい」
タイミングと言い、アリシアの隣に雷が落ちたことといい、そうとしか考えられない。
「え……いや……えっ……あれ……? あ、あのー……」
立場が逆転し、アリシアは対応に困って混乱していた。
「ちゃ、ちゃんと謝りますから! 私に出来る事なら何でもしますから! お願いですから許してください……! 何度も天罰を食らったら、本当に死にますからっ!」
アリシアはそう言いながら後ろに下がり、正座のままで頭を下げてひれ伏した。リアル土下座だった。
「わかった……。じゃ、対等ってことでいいか?」
「も、もちろんです! 天界人は差別とかしませんから!」
アリシアは頭を上げてそう言うと、右手を顔の前でブンブンと振った。
いや、今してた……。まぁ、いい。許してやるか。
「よし。じゃぁ、続きを説明してくれ」
「許しましたか……? 本当に? 本当に許しましたか?」
アリシアは何度も天井と俺を見た。
「ああ、もう許した」
「ふぅ……危ない危ない……。小鉄、恐ろしい子……」
アリシアは胸をなでおろすと、少し薄目で俺を見た。
「悪かった。こうなるとは思ってなかった。すまん」
「初日で死ぬかと思いました……。で、どこまで話しましたっけ?」
「俺が猫になった理由だ」
「あぁ、そうでした。そもそも今回、私のような天界人が補助につく、ということ自体が特例なんです。それで……」
アリシアは俺が猫にされた理由を説明しはじめた。
まとめるとこうだ。
・俺の前世での功績が認められ、今回から俺には補助がつく。それがアリシア。
・この補助は今回だけではなく、この後十回続く。その中の功績が認められた場合、さらに十回が追加され、さらなる躍進が可能になる。
・天界について、天界人については一切知られてはならない。
・補助がついた場合の最初の一生は秘密を守るという観点から、動物から始まる事が多い。
「じゃ、俺が猫になったのは、その動物始まりのルールでそうなったって事か?」
「いいえ。小鉄の場合は、ランクダウンしたからですよ」
「は……?」
「小鉄。あなた、あろうことか全部のパラメーターを運に突っ込んだんですよね?」
「ああ」
運さえあれば、全てを賄える。そう思って、俺はすべてのパラメーターを運につぎ込んだ。
「つまり、運だけ。運しか無い猫、なんですよね?」
「……そうなるな」
「だから、ランクダウンしたんですよ」
「……どういう意味だ?」
「いえ、だからその『運さえアレばどうとでもなる』って言う欲深さが、ルシア様の怒りに触れたんですよ。どぉーせ、ルシア様の前で『○○王に、俺はなる!』とか何とか言っちゃったんじゃないんですか?」
「え……あの時点で、そういうものも評価対象になってんの?」
「ならない訳ないじゃないですか。神の御前ですよ?」
「え……ルシアさんって、神なの?」
「うぅーん……そこは説明が難しいところなんですよねぇ……。一応『そうじゃない』とだけ言わせていただきます。それに小鉄だって、ランクダウンするって分かっててそうしたんですよね?」
「そっか……って、え……? 分かってて……?」
「ええ。運にフルチャージすると、ランクダウンするよって……。聞いてますよね?」
「いや、聞いてない。運に全部突っ込むと、その他がマイナスになるとは聞いてるけどな」
「ランクダウンは?」
「聞いてない」
「…………いやいやいや、あり得ないでしょ! それこそ、ルシア様が言い忘れるとか、あり得ないから! 絶対、小鉄のミスですって!」
「いや、そう言われても。聞いてないものは聞いてない」
「わかりました。そこまでいうなら、確認しましょう。ちょっと抱っこしますけど良いですか?」
アリシアは両手を俺に差し出した。
「良いけど、なにするんだ?」
「小鉄の記憶を拝見します。よいしょっと」
アリシアはそう言うと俺を抱き上げ、自分のおでこに俺のおでこをくっつけた。
その瞬間、視界がギューっとアリシアの中に引きずり込まれた。どうやらアリシアが見ているものがそのまま俺に見えている様だ。アリシアは俺がルシアさんの前に呼び出されたところから見始め、俺が猫として生まれるまでを見ていた。
「…………言ってないですね」
アリシアはゆっくりと俺を床に下ろした。
「だろ?」
「これ、どうなるんだろ……」
「さぁ……」
「じゃぁ小鉄。ルシア様のために一度死んでください」
アリシアはそう言って笑うと、パッと俺の首を両手で掴んだ。
「ちょ、まて! なんでそうなる!?」
俺はアリシアの両手に手をかけ、足をジタバタさせて逃れようとしたが、思いの外アリシアの力が強く、逃れることができなかった。
「大丈夫ですよー……苦しいのは一瞬だけ……また転生すれば良いんですから」
アリシアは笑顔のままでさらに俺の首を締め上げる。
あ、息が……息ができない……まずい……。
「た、助けて……ル……シア……」
チュドーン! と大きな音がした。
その瞬間、目の前が真っ白になり、アリシアに天罰が下った。
「ギャッ!」
アリシアは天罰を食らって短く悲鳴を上げると俺を離し、そのままバッタリと倒れた。少し小麦色に焼け、煙が立ち上っていた。
うーん……さっきの天罰とは全く違う格別の威力だ……。まぁ、生命を殺めようとしたんだから、当然こうなるわな……。
『小鉄。その件でお話があります』
「ルシアさん?」
俺は天井を見上げた。別にルシアさんがそこに見えるわけじゃない。ただ、声が上から聞こえた気がした。
『はい。それは私の落ち度です。ですが、あなたの一生を現時点で終わらせることは出来ません。そこであなたに特典を追加します』
「特典?」
『はい。あなたには、いつでも私を呼び出せる権利を与えます。そして特例として、アリシアがついている間、あなたの記憶は保持されます』
「あ、さっきから俺が叫ぶと天罰が下ったりしたのは……」
『はい、この特典のおかげです。今回の一生に限り、あなたにはいつでも私を呼び出すことを許可します。有効にお使いなさい』
「はい、わかりました。あの……一つお願いが……」
『なんでしょうか?』
「アリシアを、元に戻してあげてもらえますか? アリシアは悪くない……気がして」
『……わかりました』
ルシアがそう言うと、天井の上から一本の糸のような細くて強い光の筋が現れ、アリシアの体を包み込むように広がると、アリシアの体がふわっと浮いた。そのまま光が強くなり、アリシアの体は光りに包まれて見えなくなった。
そのままアリシアが天に召されるんじゃないかと思った……。
少しすると、光はゆっくりと細くなり始め、アリシアのきれいな体が見え始めた。光はそのまま細くなり、やがて天へと消えた。
「あ、あれ……私は、何を……」
アリシアが起き上がると、俺はルシアの追加特典の話を聞かせた。
「何ですかそれ!? 超スーパー特典じゃないですか!」
いや、それだと超が二回連続してるぞ。
「そうなのか?」
「いやいや、そうなのかって! よく落ち着いていられますね!? それって私と同等の権利を持ってる、しかも知能が人間並みの猫、って事ですよ!? 望みのままじゃないですか!」
「いや、それはそれで望みすぎれば逆効果……って事だろ?」
今の俺がそうだ。
「うぅん……まぁ、そうなんですけど、基本的に正当な望みは叶うってことですよ。だとしたら、小鉄のチート、『運だけ満点』というのは、あながち悪くない方向に働いたってことなんじゃないんですか?」
「あぁ、そういう事?」
「はい」
こうして俺は、生まれる前からの記憶を得て、思考は人間な猫として、新たな一生を送り始めた。正に「猫、始めました」と言う、猫を飼い始めた人にありがちなブログ名のリアル版になっていた……。
じゃ、折角だから言っておきますか。
『吾輩は猫である。名前は片桐小鉄』
俺は香箱座りのまま、カメラ目線でそう言った。