第3話 怖い、美少女
「小鉄くーん、一人ですかー?」
部屋の隅に置かれていた俺専用のベッドの上で気持ちよく惰眠を貪っていた俺に、声をかける奴が居た。
(楓か……? 今日は早いな……)
俺は眠い目を少し開いて声の主を見ると、ギョッとして身動きが取れなくなった。
見たこともない……少女だった。
「小鉄君……? 聞こえてる? ……見えてはいるみたいだなぁ……」
少女は俺にそのまま顔を寄せた。俺はそのまま立ち上がり、後ずさったが後ろは壁。そのまま壁にベッタリと背をつけて威嚇した。
少女は普通じゃなかった。見た目がどうこうではなく、こう……。
空中に浮いていた。
「あっ、大丈夫そうですね……。こー・てー・つ!」
少女はそう言うと徐々に俺に近づいて両手を前に出し、ガバッと俺を捕まえようとした。
「ニャッ!(うおっ!)」
俺は斜め前方へ飛び上がると少女の頭を踏み台にしてそのまま背中を駆け抜け、一目散に隣の部屋へ走って自分の家、ケージの中に飛び込んだ。
「痛っ! 私を踏み台にした……!? ちょっと小鉄、ひどーい!」
少女は両手で頭を抑えて振り返ると床の上に立ち、そのまま隣の部屋に入ってきた。
「小鉄……私にそういう事をして良いとでも思っているんですか……?」
「フシャーッ!(こっち来んな!)」
少女はそう言いながら悪い顔で、ケージの中で体を丸めて全力で威嚇する俺に向かって両手を広げ、のっしのっしと歩み寄った。
「ふっふっふー。もう逃げ場はありませんよー……どうしますかぁー……?」
少女は俺の入っているケージの中へ両手を伸ばした。
「ウニャァァァァーッ!(助けてぇぇぇぇっ!)」
と、俺が叫んだその時。
ドシャーン! と大きな音がして、目の前がピカッと明るくなった。
「ギャッ…………!」
少女はその雷に打たれ、短く叫び声を上げるとそのままバッタリと横に倒れてピクピクと痙攣した。
……これ、生きてんのか……?
俺は何が起きたのかを理解できず、そのまま少女を呆然と見つめ、時々チョイチョイと触ってみたりした。
おい……生きてるかー?
少女は五分ほど、そのまま痙攣していた。
「う……うぅん……」
少女の意識が戻ったらしく、小さくうなり始めた。
『アリシア……アリシア……』
どこからともなく声がした。なぜか聞いたことがある声だった。
「はっ……! ルシア様!? って……ここはどこ? ……私は……あぁ、そうか!」
少女はその声を聞いて飛び起きるとあたりを見渡し、自分の両手を見て頷き俺を見た。
「もう、小鉄っ! どうしてそんな意地悪するんですか!?」
「フシァァァァッ!(お前、誰だ!)」
「え、私はアリシアですよ……あれ、まだ自己紹介してませんか?」
(…………)
俺はそのまま威嚇した。
「……あ、私……。あぁ、そうでした! いやいやこれは失敬。私はアリシア。あなたの専属メイドですよ!」
少女は少し考えてから何かを理解し、俺に軽く謝るとすぐに人差し指を立て、キメ顔でそう言った。
(……なにそれ?)
「いえ、なにそれって言われても……メイドはメイドですよ」
(って、お前……俺と話ができるのか?)
「ええ、もちろん」
『アリシア、正しく説明しなさい』
「んもう、ルシア様は相変わらず頭が硬いですねぇ……。あ、いや! やめて! もう落とさないで!」
アリシアはそう言って少しふてくされた直後、天井を見上げ、両手で頭を抱えて座り込んだ。
『正しく説明しなさい』
「わ、わかりました! わかりましたから、その手、やめてください! ……ふぅ……危なかった……一日に二発はさすがに……さて」
アリシアは天井に向かって両手を差し出し、何かを防ぐような動作をするとようやく両手を下ろして俺を見た。
「えっと……正しくですか。それだと……」
アリシアは首を傾げた。
「あ、その前に少しだけ記憶をお返ししないと。小鉄、痛くないですから動かないでくださいね」
アリシアはそう言いながら、俺の鼻先に人差し指を近づけた。
俺はそのままアリシアの人差し指の匂いを嗅いだ。
「えいっ」
アリシアはそのまま俺の額に指を付けた。俺は目の前が真っ白になり、様々な映像が早送りで再生され、頭の中の変な場所が少し痛んだ。
(痛っ……)
「あ、少しだけ脳に負荷がかかるので痛むかもしれませんが、心配しないでください。大丈夫ですよ」
「…………」
頭の中の映像が流れ終わり、俺は混乱し、放心していた。
「記憶は戻りましたか?」
「…………」
「小鉄? ルシア様のことは覚えていますか?」
「ルシア……? ……あ、あぁ、あの白い部屋の?」
「あ、覚えているなら成功ですね」
「成功……って、どういう意味だ?」
「それでは。まずはこちらをご覧下さーい!」
アリシアは背中に手を回すと、後ろから三十センチくらいの鏡を取り出し、俺の前に立てかけた。
鏡の中には白と黒の毛が入り混じった、どちらかと言えば白い毛のほうが多い、左右の目の色が違う、耳の大きな、まるで俺の母親のような風貌の猫がちょこんと座っていた。
「なんで猫が……? てか、この鏡は何なんだ? まさか『ラーの鏡です』とか言わないよな?」
「あはは、そんな物が実在するとでも思ってるんですかぁー? 小鉄はオタクなんですねぇ……。いいえ、これは普通の鏡ですよ」
「いや、普通の鏡って、ここに猫、が……ん?」
俺は鏡を指差した。鏡の中の猫が俺を指差している……。
母親のような……猫? 俺の母親は……猫……?
俺が右手を右に動かすと、鏡の中の猫が左手を左に動かす。俺が伏せると、鏡の中の猫が伏せる。
「ちょ、ちょっと待て! なんで俺が猫になってんだ!?」
「やっと気づきましたか、片桐小鉄くん」
「小鉄……。あ! 小鉄って、あの猫の名前か!?」
昔の漫画の中に、黒と白の小鉄という名前の猫が居た。人の言葉を話し、人の言葉を理解して、額に三ヶ月傷のある、なんとも愛くるしい……だが、可愛くはない猫だった。俺はあの猫になぞらえられているのか……。
「やっと話が進められますね。じゃ、あなたが猫になった理由をお話しましょう」
「俺が猫になった、理由……ってか、やっぱり俺は猫なのか?」
「どこにそれを疑う余地があるんですか……? どっからどう見ても猫じゃないですか……。あ、その前に自己紹介をしなくては……そろそろ出てきませんか?」
アリシアは俺の前に立てた鏡を持ち上げると背中にしまった。
なにその背中。四次元ポケットとかついてんの?
俺は恐る恐るケージの外へ出た。
「怖がらなくてもいいじゃないですか。私はあなたの味方ですよ?」
「いや、お前さっき思いっきり俺を襲っただろ!」
「あ! そ、そう言う言い方はやめてください! あ、あれは……そう! スキンシップ! お近づきになりたいあまり、行動が先走っただけですよぉー、もう、やだなーっ」
アリシアはそう言って苦笑いしながら、何度も天井を見上げた。
全然信用できない……。
「ほーら、ちゃんとご挨拶しますから、ここに座ってください」
アリシアはススッと後ろへ下がると正座して、自分の前の床をポンポンと叩いた。
俺はゆっくりとケージから出て、アリシアの前に座った。
「では、改めまして……ん、んん」
アリシアは正座をしたまま姿勢を正し、咳払いを一つした。