第104話 ズルか否か
それから俺達は、何度も何度も夜のグラウンドで練習を繰り返し、さらに精度を上げていった。俺の投げる精度もそうなのだが、それにあわせて俺たちのチームワークの精度もだ。
そしてそんな中……。
「(これ、声じゃなくて、私が知る方法はないのかしら?)」
「知る? 何をだ?」
「(フリスビーが曲がった角度。ほら、会場って結構うるさかったじゃない?)」
「ああ、そうだな……」
動画で見た大会会場では大きな音で音楽が流れ、さらにMCがマイクで色々と喋っていた。だとすれば、俺の声はクラウディアに届かないかもしれない。
「それって、お前が振り返らずにわかる方法って意味だよな?」
「(ええ、その方がキャッチ率が上がると思うわ)」
「なるほどな……見ないでか……」
確かにそうだな……。
俺は腕を組んだ。
「なになに、どうしたの?」
俺たちが動かなくなったので、恵美と楓が俺達のところへ駆け寄って来た。
「なぁ……振り返らないでフリスビーが曲がった角度を知る方法ってあるか?」
「あるよ」
恵美はサラッと答えた。
「あるのか!? それってどんなだ?」
「簡単だよ……」
「お兄ちゃんがまっすぐ投げればいい」
「……いや、それが出来ないから悩んでるんだが……」
そもそもそれが出来るのであれば、最初から苦労はしない。
「(あなたの妹って、現実主義ね……)」
「まぁな……」
俺はクラウディアを見た。
「あれ……? もしかして私、クラウディアに呆れられた!?」
「(いいえ、呆れてはいないわ。ただ……あなた本当は、もう案があるんじゃないのかしら?)」
「え、案がある? そうなのか!?」
俺は恵美を見た。
「え……犬にバレてる!? ちゃんと落としてから言おうと思ったのに……って、この子本当に犬なの?」
「見ての通りだ。ただとても頭が良い……普通の犬。俺の犬だ」
「(あら、ありがと。あなたにそう言われるのはとても嬉しい)」
クラウディアは俺を見て笑った……様に見えた。
「お、おう……」
俺は飼い犬の言葉に照れていた……。
「蒼汰? どうして照れてるの?」
楓が聞いた。
「いや、照れてない」
「……どうして隠すの?」
「…………」
「どうして……黙るの……? ハッ! ま、まさか……飼い犬とのラブラブフラグ発動!?」
「え? 犬とラブラブって、良いことじゃないの?」
恵美は楓を見た。
「……普通はね」
「お兄ちゃんとクラウディアは普通じゃないの?」
「……普通です」
「楓さん! 今のフリ方は何かあるフリだよ!?」
「あ、それで恵美。そのアイディアって?」
恵美が楓に詰め寄り、楓の旗色が悪くなり始めると俺は助け舟を出した。
「え……? ああ、うん。私があっちに立って、教えたら良いんじゃないの?」
「いや、会場は結構うるさいんだ」
「いや、声でとは言ってないよ」
「は? 声じゃ無いって、どうやって教えるんだ?」
「簡単だよ、この子なら」
恵美はクラウディアを見た。
「簡単……?」
恵美は何やらクラウディアに耳打ちすると、グラウンドの端まで行って振り返った。丁度フリスビーを投げる俺と対面する感じで一番遠い場所だ。
「じゃ行くぞ!」
「いいよー!」
恵美は両手をあげた。
「それっ!」
俺がフリスビーを投げるとクラウディアは走り出した。が、フリスビーは大きく左に逸れ始めた。
「あ、ひだ……」
俺は言いかけて口をふさいだ。恵美から言うなと言われたのだ。
恵美は両手を上に挙げて右手を少し開いた。すると、クラウディアはフリスビーの逸れた角度に合わせて方向を変えた。
「え……?」
そのままクラウディアの頭上を超えたフリスビーをクラウディアがくわえて戻ってくる。
「……何だ今の?」
「あ、アレだね!」
楓は何かを思いついたらしく、人差し指を立てた。
「何だ? 何かわかったのか?」
「ほら、あの……飛行場でさ、飛行機を誘導する人がいるじゃない?」
「……管制塔?」
「じゃなくて、飛行機が搭乗口に止まる時、地上から指示を出す人のこと」
「……ああ! あれか!」
恵美は手の角度で曲がり具合を指示していたのだ。
「何この子、私の言葉が理解できるなんて……」
恵美は俺達のところへ戻ってきた。
「お前、良く思いついたな……」
「え? ああ、うん。この子なら出来ると思って……。って言うかこの子、私の言葉を理解したんだけど……」
「ああ。頭がいいって言っただろ」
「……頭がいいのはわかってるけど……まさか本当に理解するとは思わなかったよ……。凄いね、クラウディアー!」
恵美はクラウディアを撫でた。
「(あなたのおかげよ)」
「じゃ、曲がった時の指示はこのやり方でいいな」
「そうでもないよ」
恵美が否定した。
「……え? どういう意味だ?」
「試合の時は、あの場所に人が立てないでしょ?」
「ん……? あ、立てないか……」
「だよね?」
「じゃ、その対策も考えてあるのか?」
「ううん。考えてない」
「…………」
「何、その机上の空論を言いやがって……みたいな目は……」
「いや、そのままだろ……」
「むむむ……。ま、そうだけどね」
恵美はペロッと舌を出した。
くっそ……。ぬか喜びをしてしまった……。
「いえ、そうでもありませんよ?」
「(……どういう意味だ?)」
俺はアリシアを見た。
「さっき恵美がやったことを、私かサマンサがやれば良いんです」
「あ、そうか!」
「え? なにが?」
恵美が俺を見た。
「え……あ、いや、なんでもない」
「ねぇ……蒼汰」
楓はポツリと言った。
「ん? どうした?」
「それ、止めない?」
「……どういう意味だ?」
「あのさ……こう言う言い方はどうかと思うんだけど……」
「できれば……ちゃんと勝ちたいな……」
「ちゃんと……?」
「うん。他の人の力を借りてどうこうするんじゃなくて、こう……。蒼汰とクラウディアの力だけで勝ちたい……。ダメかな?」
「……それって、ズルせずに勝ちたい……って意味か?」
「うん……。どうかな?」
「あ、それ。私も賛成。……って、自分から言い出しておいて何だけど……」
恵美が同意した。
「そうだな。そうするか」
「うん! ありがと」
楓は笑った。
その後家に帰ると、クラウディアは楓の居ない所で疑問を口にした。
「(ねぇ、私達の特殊能力は良いのかしら?)」
「あぁ……。それ、俺も気になってたんだよな……」
敢えて言わなかった。
「(楓の言うズルって、私達の能力は含まれないのかしら?)」
「だよな……」
「良いんじゃないですか?」
アリシアが言った。
「良いのか?」
「良いと思いますよ。だって、ルールブックには載ってないし」
「いや、それは誰にもできないから載ってないってだけで、ズルじゃないかと言われたら……」
「お二人の力は確かに他の人には真似出来ないことですけど、二人だけの力ってことは、二人の生き様と言うか生き方というか……。言わばルシア様の采配によって得られたもの。だったら、二人の特徴みたいなものですよ」
「特徴ねぇ……」
「ええ。癖とか好みとか。そう言うものです」
「そうかぁ〜?」
納得できない……。
そこで急遽、その話を楓にすると……。
「うん、私もそう思うよ。アリシアちゃんの言うとおりだと思う」
「ですよねー?」
「……そうなのか?」
「うん。それは個人が持つ能力、体力だとか知力みたいなものだと思う。それにさ、小鉄がやったことも同じじゃない?」
「……まぁな……。じゃ、楓はズルじゃないと思うのか?」
「うん、ズルじゃない。それは蒼汰とクラウディアに与えられた天からの授かりもので、得意なことと同じ。だからさ、他の人より英語が得意だとか、勉強ができるとか、そういうものだよ」
「(あ、そうかも知れないわね)」
「それって、人より動物と喋れる……とか、そういう事か?」
「そう。蒼汰じゃなくたって、動物と意思疎通が出来る人が居て……私は知らないけど……。そういう人と比べると秀でているって、そういう事。それにさ、それって少し特殊なだけなんじゃないかな? 第一、ディスクドッグに於いてはその能力はほぼ利用されていない。蒼汰のフリスビーを投げる能力と、クラウディアの走ってフリスビーをキャッチする能力だけだもん。悪いことはしてないよ」
「訓練が他の人より楽だぞ?」
「それは個人差だよ。それこそ個人の能力。それにさ、私たちは努力せずに勝とうとは思っていない。違う?」
「いや、違わないが……」
「……あれ、まだ納得出来ないの? 私、変なこと言っちゃったかな……?」
楓は少し眉をひそめた。
「……あ。私はさ、蒼汰の能力に惚れたんじゃなくて、努力する所に惚れたんだよ」
「え……?」
「あ、それはいいですね!」
アリシアはポンと両手を叩いた。
「……何がだ?」
「楓は……まぁ、元小鉄って言うのも少なからず理由の一つだとは思いますけど……。それは置いといて。楓はあなたの努力する所に惚れた。ならばそれは、あなたの特徴だと言えませんか?」
「俺の、特徴?」
「ええ。言い換えれば、蒼汰の良いところですよ」
「うん、そういう事。流石はアリシアちゃん」
「恐れ入ります。でも、肝心の蒼汰は分かっていないみたいですね……」
「そうみたいだねぇ……」
「…………」
「ねぇ蒼汰。それってさ、それ以外は……。ううん、それ意外にもたくさん蒼汰の良いところはあるよ? でもね、それが一番、私が蒼汰に惹かれた所。それ以外は、他の人にもある所」
「他の人にも?」
「うん。もちろん蒼汰の特殊な能力は、他の人にはないよ? でもさ……」
「そこが一番、好きな所。だからそれ以外の所は、私から見たら特別じゃないってことだよ」
「……いや、特別だと思うが……」
「(あなた、結構頭が硬いのね……。今のところ、あなたが感動して楓に抱きつくところよ?)」
「え……? そうなのか?」
「(はぁ……。楓、あなたの苦労、察するわ……)」
クラウディアは楓を見た。
「ん? クラウディア、何か言った?」
「クラウディアが、楓の苦労を察すると……」
「あぁ……。ね……」
楓がクラウディアに聞くとアリシアが呆れ顔で翻訳し、楓はクラウディアを見て小さく首を傾げた。それに応えるようにクラウディアは小さく頷き、二人揃って俺を見た。
「え……どういう意味だ……?」
その後、夜遅くまで俺への説得は続き、俺はなんとなく納得に至った。
と言うか、楓が良いと言うのだから考えないことにした。元々クラウディアという保護犬が素晴らしい記録を出して世間にそれを知ってもらうことが目的なのだから、そこまでの過程はどうでもいいと……そう考えることにした。
うぅぅん……でも微妙に納得いかん……。




