第102話 三毛犬(みけいぬ)の力 その2
「(人とは仲良くしなさい)」
クラウディアはジャーマンシェパードに言った。
「(人と? それは誰にでもということか?)」
「(あなたが本当に怪しいと思う人、それこそ泥棒とか明らかにこの家に危害を加えそうな人以外、すべての人と仲良くしなさい。家族が一番大切、それはそれでいい。でもね、その家族は、大切なあなたが他の人達とも仲良くなって欲しいと望んでいる)」
「(俺が、大切?)」
「(当たり前じゃない! あなたを大切に思ってくれているのは、亡くなったご主人様だけじゃないのよ! そこにいる奥様を始め、家族全員があなたを大切に思っている。その思いに答えられなくて、何がジャーマンシェパードよ! 聞いて呆れるわ!)」
クラウディアは立ち上がり、シェパードを睨みつけた。
「(俺を、大切に……。俺は……勘違いをしていたのか……?)」
シェパードはクラウディアの前に伏せた。
「(わかった? ちゃんと改心した? あなた、このまま吠え続けたら家族に見放されて私と同じ運命になるわよ?)」
「(同じ……どういう意味だ?)」
「(私は前の飼い主さんが亡くなってすぐ、施設に引き取られた……。そこに七日間居るとね、殺されるのよ)」
「(殺される!?)」
「(ええ。私は運良くこの人に救ってもらうことが出来た。でもね、人間の手に負えなくなった動物は、もう何処にも行くことが出来ない。それは、もう生きる資格が無いということ)」
「(そ、そんな事が……)」
「(ええ、少し前の話し。でもあなたはそうならずにここに居る。それは奥様を始めとする、あなたの家族がまだ見放していないから。今ならやり直せる。ううん、むしろ今しかやり直せない。あなたが死にたいのなら、思う存分吠えなさい。でもね……亡くなったご主人様を大切に想うのなら、きちんと改心して人間と楽しく暮らしなさい。それが出来なければ、あなたに残された道は一つしか無いわ……。お願いだから、その道を選ばないで。ご主人様の思いに沿うように楽しく生きて……ね?)」
「(わかった……)」
「もう良いか……?」
俺が声をかけると、クラウディアは振り返った。
「(いいわ。この子を撫でてあげて)」
俺はシェパードに近づいた。
「触るぞ?」
俺はシェパードを見た。
「(ああ、許す)」
「(ちょっと! 私のご主人様になんて態度を取るの!? あなた、この人を噛んだりしたら、本当に殺すわよ!?)」
クラウディアはシェパードを睨みつけ、唸った。
「(す、すまん……すまなかった。撫でてくれ、頼む)」
シェパードは伏せたまま、耳を倒して困った顔をしていた。
「おう」
俺は柵の中に手を入れ、シェパードを撫でた。
「あ……」
俺がシェパードを撫でると、奥さんはそんな声をあげた。
「よし、いい子だ。じゃ、もう他の人に触らせても良いのか?」
「(ああ、頼む……俺の家族と、仲直りがしたい……)」
「わかった……。あの、すみません! この子、もう大丈夫なんで、撫でてやってもらえませんか?」
俺はシェパードにそう答えると、奥さんを見た。
「は……?」
一緒に見ていた奥さんは固まった。
「今、この子が説得……いや、説明したので、撫でてやってもらえませんか?」
「説明……ですか?」
「はい、こちらの旦那さんが亡くなって、旦那さんはこの建物と敷地を守れと言ったのではなく、残された家族を大切にしてくれって言ったのだと説明したんです。だからもう吠えないし、噛みません」
「は、はぁ……」
「それでこの子、ご家族と仲直りがしたいと言っているので……撫でてやってもらえませんか?」
「……本当に……大丈夫なんですか?」
「はい、この通り。楓」
「うん」
俺が楓を呼ぶと、楓は柵のところへ来てシェパードを撫でた。
「ほら、もう大丈夫ですよ」
楓はシェパードを撫でながら奥さんを見た。
「怖い気持ちはお察しします。ですが、もうこの子は大丈夫。きちんと理解して、あなた達を守ってくれます。だからもう一度、信じてやってはもらえませんか?」
俺は奥さんを見た。
「わ……わかりました……」
奥さんはそう言うと、少しずつ少しずつ柵へ歩み寄った。俺と楓とクラウディアは、それを見てシェパードの前を空けた。
「動くなよ……舐めるのもなしだ……今はそのままじっとしてろ……」
「(わかった)」
俺が小さな声でそう言うと、シェパードは答えた。
奥さんは恐る恐る柵の前に座り、手を伸ばした……。うろたえ、怯え、恐れおののきながら、震える手をシェパードの頭の上にに伸ばした。後から思えば、この時の奥さんにとってこの時間はどれ程長かったのだろうと……そう、思えた。
「あ、さわれた!」
その奥さんのうれしそう声は、今でも耳に残っている。奥さんは久しぶりにシェパードの頭をなでた。触れる事が出来たのだ。
「(あぁ……なんて優しい手だ……もう忘れていた……)」
「(そうよ……。ってあなた、毎日エサを貰っておきながら、良くそんなことが言えるわね……)」
「そう言うな、こいつにはこいつの思いがあったんだ……」
俺はクラウディアを見た。
バン。と俺は車のドアを閉めた。
「本当にありがとうございました。これでやっと、夫の大切な子と仲良く暮らすことができそうです……。本当に、本当にありがとうございました」
奥さんは車の中の俺に頭を下げた。
「いえ、今回はこいつがやったことで、私はほとんど何もしていません」
俺は後ろのケージの中のクラウディアを指差して笑った。
「それでは後日、請求書をお送りしますので、宜しくお願い致します」
「承知しました。ありがとうございました」
俺達はおじぎをすると、車をレンコントへ走らせた。
──
と、そんな事があってから、俺は何処に行くにもクラウディアを連れて歩くようになっていた。だから楓の言う通り、楓の用事と俺の用事が重なった場合、車が足りなくて困ることになる。
「それって社用車か?」
俺は楓を見た。
「どっちでもいいと思うよ。と言うか、社用車として登録するけどね」
「じゃ、楓と同じ車がいい」
「え? どうせならもっと格好いいのとか、欲しい車を買えば?」
「いや、同じが良い。その方がどちらを運転しても差がないし、お前も乗るんだろ? それに俺は、お前が選んだ動物用が良いんだ」
「あはは……見抜かれてたか……。うん、わかった」
こうして俺達はもう一台、楓と同じ車を買った。
普段、俺の車はレンコントに置いたままで、通勤には楓の車を使うことにした。それこそ楓が一人でお届けに行ってそのまま帰る時に、俺とクラウディアは一緒に俺の車で帰る。後は大量の引取がある場合、俺と二台で向かう。正直そのくらいしか使い道はないのだが、それでも一台しか無かった頃に比べると、格段に便利になっていた。




