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「スチュワートの記録『9人の自身の霊たちと生命工場での出来事』」

「スチュワートの記録『9人の自身の霊たちと生命工場での出来事』」

 

 

 俺は昔から利口な男だった。

 何度も綴るが、32歳という若さで9回死んでしまった間抜けものではないと。俺がそう認めてしまえば、チョッパー乗りだったバルデスや、シガーチューブを5種類愛用したナフレの、死を愚弄することになるではないか。

 人間男性の平均寿命が、放射波やアルキナス光線の影響を最小限にとどめ、勿論、チョッパーで山道を走ったり、1日60タールのチューブを吸い続けるなどのヤンチャをしなかった場合だが。

 64.4歳だと知った、8歳のスチュワート・フェルナンデスは、こう計算した。7年に1度死んでもお釣りが出るくらいだと。ならば8歳の俺は1度死ねる計算になると。

 

 初めての死は飛び降りだ。

 当時、俺をクラスで執拗に叱るジョーンズ先生の愛車。何だったか、TOYOTAの最新モデルだったかな、趣味の悪いワインレッドのボンネット目掛けて8歳の俺は身を投げた。痛みは未だに鮮明に覚えている、それを味わいたいからやったのだから、そうでなくては困るが。

 "ウォッチ"の生命残数が10から9に減るのを視認して、俺は砕ける肉体の感覚に酔い苦しんだ。

 意識を取り戻すと、真っ青な顔で、壊れた愛車と俺を見るジョーンズに腹を抱えて笑ったのをよく覚えている。

 慎重に生きていれば、20歳になるまでに消費される生命残数は平均すると1.4とTimes紙で読んだことがあるが、

 俺の行動に触発されたのか、クラスメイトの8歳児が10人くらい残数を減らした事に責任を取らされ、ジョーンズは今だ放射波が濃く残る地域の学校に飛ばされたらしい。

 

 『そうだよ、スチュワート。僕はジョーンズ以上に指導者だったんだよ!』

 

 深く眠るアンジェリーナの腹の上に8歳のスチュワートが現れた。両手両足を逆側に曲げ折れ、片目が潰れた姿に、最初は驚いたが、慣れてしまえば懐かしく、薄気味悪いものだ。

 

 「そこをどけ。」

 

 『アンジェリーナはみんなのアンジェリーナだろう? スチュワート。』


 「ガキの自分で何を言いやがる。」

 

 シガーチューブをポケットから取り出し。仕舞う。

 黒い鞄に収める紙巻きタバコを吸うことにしよう。

 今さら健康に気を使うのもバカらしい。

 苦い煙をアンジェリーナの腹の上に立つ8歳の俺に浴びせると、煙に巻かれて子供の頃の俺は消え去った。子供は寝ていろ。

 そう思えば、15歳の俺が現れるのも、知っている。

 

 『俺もその煙が嫌いなんだよ。』

 

 そうだろうな、スチュワート。ナフレの父さんの紙巻きタバコの不始末で焼け死んだお前には、苦い味だろうな。

 焼けただれ剥き出しになった歯で笑い、流行りだったアムステルダムカットを半分焦がし落としたのに、お前はそうやって髪型を気にするのは何でだろうな? 大人の自分には寒いぜ。

 

 「お前はついてくるのかい?」

 

 『・・・一応。』

 

 焦げた櫛で焦げ落ちた髪を鋤きながら、ボソボソと剥き出しの舌で答える。

 

 「全員来るんだろ?」

 

 よう呼び掛けてやると、ガキのスチュワート以外が姿を見せる。

 

 『最期だしな。』

 

 18の俺が、薄皮1枚で身体とを繋ぎ止めた頭を支えながら答える。

 

 『俺はエリザベスに会いたい。』

 

 19。もう死んだよ。アルキナスどもに殺されてな。

 

 『これ、抜いてくれよ。』

 

 21。俺には抜けない決まりだろ?

 

 『後悔しないか?』

 

 26。ああ、しないさ。

 

 『本当に?』

 

 しつこいぞ、29。

 

 『泣くだろうな。』

 

 勿論だ、一月前の俺。アンジェリーナは泣いてくれるさ。

 煙を嫌がるように身じろぐアンジェリーナに気を使い紙巻きタバコの火を消す。

  

 ああ、愛しい俺のアンジェリーナ。

 きっと夢の中で俺と腹の子と三人で、とろけたリコリスチーズのたっぷりかかったトーストと、カチカチのスクランブルエッグに、バナナ味のスムージードリンク。そんな朝食をとる親子の風景を夢見てるのだろうか。

 金紗の髪を鋤いてやると、その手に頬を擦り寄せる。

 決意が揺れたのは、この時が最後だった。

 

 29で出会ったころの俺は、計算違いで七回も死んだことに自暴自棄になっていたから。産まれながらに与えられた1つの生命残数で25年間生きてきたアンジェリーナ、お前のことだけに興味津々だった。いまも変わらない。

 お前はどうして生きてこれたのか、今でも不思議に思う。

 お前の綺麗な顔は、好色政治家どもの剥製にされそうになったこともあっただろう。

 お前の綺麗な足は、アルキナスどもの飛行船の燃料にピッタリの質感だろう。

 お前の綺麗な瞳は、どんな人眼商も喉から手が出るほどに欲しがっただろう。

 お前は母親が否国民であることを1度も恨んだことはないと言っていたな。たった1つ、母がくれた生命残数だからこそ私は生きてこれたと言っていたな。

 俺にはわからないよ。俺の7つの死がお前の生命に遠く及ばないということも。だから、俺の残り3つの死をお前に捧げたいと思うんだ。お前は許してくれないだろうが。

 俺のアンジェリーナ。

 俺の手にいれる生命を犠牲にして、どうか俺の子を産んでおくれ。

 助手の女にヒョウ柄のタイツを履かせる薄気味悪いノスタリン臭のドクターに俺の子を取らせておくれ。 

 

 『俺たちの。』

 

 そう、俺たちのアンジェリーナ。俺たちの子供。

 4日前に死んだスチュワートの言う通りだ。

 そろそろ行こうか、俺たちは。

 最後に眠るアンジェリーナの頬に唇をおとして。

 俺は、生命工場へと車を走らせる。


 

 ここからは自動記述へと代えさせてもらう。

 薄汚い死にかけの俺の記録は、1000年たってもアンネ・フランクの足元にも及ばないと思うが、

 もし、スルタリン臭のドクターが言うように。17%の確率を得て産まれてくる俺とアンジェリーナの子に見せてやりたい。

 

 『今日は上手くいくのかい?』

 

 「一月前とは違うさスチュワート。へクターの話では今日の警備はこの間の3分の1だそうだ。」

 

 『そう教えられて、4日前に死んだじゃないか。』

 

 「・・・。」

 

 『黙るなよスチュワート。俺もわかってるよ、今回は違うってことが。』

 

 「ならば、なぜ?」

 

 『いや・・・。』

 

 歯切れ悪いぞ一月前のスチュワート。歯も撃ち抜かれたか?

 

 『本当に死ぬ気なのか?』

 

 「そのつもりでお前は死んだじゃないか。」

 

 『あのときは、まだ残数に余裕があったから。』

 

 そうだな、スチュワート。

 今日が最後のチャンスなのはわかっている。

 

 『死ぬかもしれない。』

 

 だから今日は上手くいくんだ。

 車を4日前と同じ、工場裏の林の中に停める。

 トランクから、スタンライフルと、ワイヤーカッター、暗視ゴーグル、そして。生命残数を貯める為に作らせた"ウォッチ"を。

 

 『1つでいいのか?』

 

 1つでいい。アンジェリーナに必要なのは1つだけでいい。

 慣れた道のりと手つきで、工場のフェンスを切り中へと入る。

 一月前に切ったフェンスは、簡単な補修しかされておらず、簡単に切ることができた。

 一応、工場内の地図をもう一度確認する。

 曲がった先に警備が二人、いや今日は一人のハズだ。必要のない情報ばかり、吹っ掛けるへクターが言うには。アジア人の富豪が息子たちに大量の生命を発注したため、工場は夜通しフル稼働。ここ3日間は厳重警備で人員を増やしていたそうだ。

 そのぶん、今夜は大半の警備員に休暇を取らせているとか。

 

 『アンジェリーナ。』

 

 そろそろ、黙ってくれないかなスチュワート。

 曲がり角を曲がると、初老の警備員が壁に背もたれチューブをふかしていた。俺の姿に驚くのも一瞬、スタンライフルを胸に撃ち込み、短い悲鳴と共に倒れる。

 

 『なあ、スチュワート。本当にいいのか?』

 

 『スチュワート、俺はエリザベスに会いたい。』

 

 『スチュワート、アンジェリーナはお前が居ればいいと言っていたな。』

 

 『紙巻きを吸おうよ、スチュワート。』

 

 ザワザワと、俺の荒れる動悸に合わせるように、スチュワートたちが騒ぎ立てる。

 構うものか。

 真っ直ぐ、生命保管庫を目指して走る。何人かの警備員が4日前に殺した俺を見つけ、騒ぎ。本物のライフルを構えるが、撃てないことはわかっているさ。お前たちは生命を減らせても、生命を奪えない決まりだからな。

 スタンライフルと取り替えに行く時間、それだけあれば。

 

 十分だ。

 生命保管庫の扉を開けて入り、鍵を閉める。

 

 圧巻だ。

 俺とアンジェリーナの住む家よりも広い部屋の壁。その一面にビッシリと数字と英語の書かれたボックスが埋め込まれている。

 アジア人、アフリカン、北欧、イギリス、フランス・・・。男、女、子供、20代から80代まで。まさにバーゲンセール! これ1つ何百万ドルすることか、あんなヤブ医者じゃなくて、国営の病院にアンジェリーナを通わせることも、ボロボロの郊外にある我が家のローンも。

 いや、無理だ。"ウォッチ"は1つしかない。20代メキシコ系アメリカ人女性専用の生命保管としての役割しか持っていないのだ。

 見るな、スチュワート。考えるなスチュワート。今のところ上手くいってる。アンジェリーナの生命を持ち去り、眠る彼女の"ウォッチ"へ移して、俺は一人、その足でメキシコ国境へと車を走らせる。夜半にメキシコ国境に行けば確実に俺は、脱国者として"処理"される。それでいい。それで始末がつくはずだ。汚職弁護士のベローナが上手くやってくれるはずだ。

 動いた。良かった。

 "ウォッチ"の生命残数が0から1に変わる。ちゃんと動いた、良かった。良かった、良かった。

 20代メキシコ系アメリカ人のボックスを開け、教えられた手順で持ってきた"ウォッチ"に生命をうつした。こんな簡単に、こんな早く。

 保管庫の外からは、まだ警備員の足音が聞こえないではないか。

 30秒あれば、1分あれば30代のロシア系アメリカ人の生命も増やせるのではないか?

 いや、ダメだそれじゃあ意味がない。工場から持ち出すのは1つだけ。俺と共に無くなるのはそれだけじゃなきゃダメなんだ。

 頭を冷やせ、スチュワート。欲張るなスチュワート。扉へと、扉へと、アンジェリーナのためだけの生命を容れた"ウォッチ"を強く握り足を進める。幸いにもスチュワートたちの声が聞こえない。良かった、もし何か言われていたら揺らいでいたかもしれない。それほどに、目の前に広がる無限にも思える数の生命と、アンジェリーナの夢の風景が魅力的に感じたからだ。

 無理だ、無理だ。俺は生きてはならない。始末がつかない、アンジェリーナのためにならない。

 だいいち、俺に値する生命保管ボックスを見つけるだけで時間を費やしてしまうではないか。

 出る、出るぞ。扉だけを見て、歩く。

 それだけしか、見えていない。あの無機質な白い扉だけしか。俺は見てはいけないんだよ。

 

 扉の横、正確には扉から右に5つ隣の壁に埋め込まれたボックスの文字が、目に入ってしまった。

 

 American.30s.pure


 そんな、見間違いだ。見間違いだ、見間違いに違いないではないか!

 走る、扉に耳を当てても、まだ外から何も聞こえない。

 やめろ。

 右へ1歩。

 やめろ。

 右へもう1歩。

 

 目の前にそのボックス、手に取る。

 

 30秒あれば。

 

 俺は自分の"ウォッチ"を、ボックスに接続する。

 簡単だ、簡単だ、そして早い!

 

 1つでいい。いや、2つ欲しい!

 接続したプラグが、ボックスから生命を吸いだし、俺の"ウォッチ"へと生命をうつ・・・

 

 『『『『『『『『『違う!!!!!!!!』』』』』』』』』

 

 "ウォッチ"から電流が走る。俺の全身を貫く痛みとなり、"ウォッチ"が煙をあげた。

 

 なん・・・・・・で?

 

 なんで? なんで?

 

 警報が鳴り響く。

 保管庫の外からバタバタと数人の足音が聞こえてくる。

 

 やっちまった。

 ああ、やっちまった。

 

 なんでかな? 何かを間違えたのかな?

 

 ・・・。

 紙巻きタバコを1本取り出し、加え、火をつける。

 

 ごめん、アンジェリーナ。俺はお前に何も残せなかった。

 せめて、君の生命だけでも増やせたなら。それだけで良かったのに。

 

 「ごめんよ、アンジェリーナ。ごめんよ、スチュワート。」

 

 扉を叩く音がする。

 

 『さよならスチュワート。』

 

 8歳の俺が、俺を離れて空へと飛んでいく。

 いいな、お前、俺には出来ないよ。

 

 『・・・じゃあな。』

 

 15歳の俺が、燃えていく。

 悪いな、スチュワート。この火と煙を好きになっちまって。

 

 ゴトン。

 

 18歳の俺が、薄皮1枚で身体とを繋ぎ止めた頭を落として生き絶えた。

 おやすみ、スチュワート。もう寝返りをうつ必要もないさ。

 

 『これでエリザベスに会えるな。』

 

 19歳の俺は、アルキナス波で溶けていく。

 お前は一途だったな。

 

 『やっと、抜け・・・。』

 

 21歳の俺は、頭を貫通した鉄柱を引き抜いて赤い噴水をあげる。ライスシャワーを浴びせてやりたかったな、アンジェリーナに。

 

 『何もしないほうが良かったな。』

 

 26歳の俺、それは違うさ。

 

 『本当に?』

 

 29歳の俺と、一緒に地面へと沈んでいく26歳の俺。

 

 『俺にもくれよ、スチュワート。』

 

 一月前の俺、勿論だ。

 俺の差し出した紙巻きタバコを、掴む素振りをして、紙巻きタバコを吸い出す。

 

 『アンジェリーナ、愛してる。』

 

 俺もだ、4日前のスチュワート。

 俺も、もう俺だけがアンジェリーナを愛している。

 

 扉が壊れる音がした。

 紙巻きタバコがチリチリと燃え尽きる熱を口許に感じる。

 

 どうか、健やかにアンジェリーナ。

 どうか、健やかに俺たちの子供。

 

 吐き出した煙は、ゆらゆらと空へ上っていく。


 記録終了。

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