「リリンの庭で」
「リリンの庭で」
地獄の底に、白百合の花畑があるのはご存じだろうか?
そこは、地獄の王・サタンの娘、リリンの庭。
リリンはソコで待っている。ココを朱色に染める王子様が堕ちてくるのを。
リリンは愛を知らない。
愛を知らぬ彼女の心は、白百合のごとく真っ白で
白百合を踏み躙り、連れ去られるのを待っている。
流転輪廻の鐘が鳴る。
ここは私の創った地獄。
私を染める人間だけが堕ちる地獄。
醜悪な鬼や悪魔、まがい天使を婿になどしたくない。父が急かすも、母が急かさど、
愛に死んだ紅色の人間が、純白の毒花が咲き乱れる私の地獄に男が、また堕ちてくる。
100人の処女を奪った男が堕ちてきた。
ひどい口の匂いに鼻を曲げ、口開く前に舌を引き抜き衆合の鬼に引き渡した。
愛の詩を吟う男が堕ちてきた。
美声と言語に酔う男の脳を、三つに刻み。叫喚の鍋の出汁にする。
天使を孕ませた男が堕ちてきた。
白々しい瞳を潰すと心地よい悲鳴をあげ、子守唄にし、黒縄へと送り出す。
眠る私の薫りに誘われ、堕ち人が群がり、狂い。毒花の刺に刺されて溶ける。
まだ暖かい人間の体液のベットで今日も眠る。
零れる白涙は誰にも拭かれることもなく。
明日も、明後日も、釈迦如来が死に、冥王の奥歯が抜け落ちても、三顔獣の首が1つになって、言葉の塔がゼウスに崩され、人間の処理に困った父が、七首の竜を玄海に放ち。
機械の巨人に擂り潰された脳髄のシャワーも、私の白を染め変えぬ。
蜘蛛に願う人間が増えすぎて、現世の蜘蛛は絶滅した。
猿と烏賊が人間を襲い、甲虫の羽ばたきに、ペットの姦蛇が腹を立て、
恒河沙の刻は続く・・・。
私はゲロイドの体温に包まれ眠る。
たれか、来ぬ。
浸しておくれ、漠漠と。
焼かれて、焦がれて。細む白翼に。
ソナタの延髄を添えておくれ。
たれか、来ぬ。
たれも、来ぬ。
審判の天秤が壊れた。
私の目の前に紅髪の女が堕ちてきた。
ソナタの罪は?
いや語るべくなき。
私の目の前にいることが罪なのだ。罰なのだ。
私の布団になっておくれ。
乳房を枕に、ソナタの白皮を掛けさせておくれ。
紅髪は炎風に揺れど、紅色の瞳は私の爪を揺るがず見蕩める。
爪が女の腹の皮を裂く。
女は悲鳴をあげない。
喉が元から切れていた。
現世で、男に切られてた。
魅惑な声なのだろう、聴かせておくれ。
ソナタのソナタを聴かせておくれ。
揺れぬ紅が快楽に揺らぐ。
巻き付けた喉の白薔薇の刺が食い込み、突き刺し。
そうか、男を知らぬのか。刺された悦を知らぬのか。
何故、堕ちたのか純憐な女よ。
壊れた天秤を呪うのか。
壊れた声を呪うのか。
「五月蝿い。」
私の舌に喉仏に。鼻腔を抜けて鼻汁を流させ、眼底を押し退け涙を零され、顔の筋筋が内側から熱を帯びる。女の声が響き渡る。
女の声が私の口内から直接、脳へと届く。
女の熱い息が私の口内から直接、脳へと届く。
女の熱い唇が、私の白い唇に食らいつき。舌が舌を絡めとる。
熱い、熱い。
胸が焼ける。
脳が紅く染まる。白い爪先の爪先までも、女の紅色の瞳のように、私の肉体を紅に染める。
離さない、もっとおくれ。
女の細い腰を強く抱きとめ、私に溶け込ませようと、
那由多の刻を刻むごとく。
女の紅い血液が私の口内から直接、五臓六腑に染み渡り。
女は事切れた。
紅い血液が眼底を砕き、視神経を犯し、眼球から朱色の涙を溢させる。
溶けないで、溶けないで!
女の身体を保とうと、私は必死に願いをこめる。
願いは届かぬ地の底で。
私はゼウスに願いを送り、
怒れる父に潰された。
女と共に潰された。
私と女の肉塊が、白百合の庭を朱に染める。
白百合の毒は失われ、醜悪な餓鬼に潰される運命を辿るだろう・・・一匹の蛇に掬われた。
ありがとう、
姦蛇。
娘を殺したその夜、地獄の扉は悲しみに暮れるサタンにより空き放たれた。
現世に鬼が雪崩れ込み。
地獄に生者が雪崩れ込み。
阿鼻叫喚の門を、一匹の蛇が現世へと出ていった。
そして、蛇は現世の果ての果てに一輪の紅百合を植えコト切れた。
紅百合の回りには、美しい草花が生い茂り、
紅百合は終焉まで生き延びる。
名も知られぬ声なき女とリリンの恋花。
紅百合は、今も咲き誇る。