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「陰○と平和」

「陰○と平和」

 

 

 

 

 


 俺がバンコクの病院で手術を終えると、仲間がウイルスを世界中に、ばら蒔く。

 そういう手筈になっている。

 

 ウイルスの成果を目の前で確認する。俺から切り取られた男根が破裂し、俺を手術した医者たちが股を押さえて悶死したのを見て、全て上手くいったのだと確信した。

 

 "俺たちの"いない世界、争いのない平和な世界へようこそ。

 破裂した男根たちから、そう聞こえてきたようであった。

 

 男はみな死んだ。

 突然にこの世界から大量の人の生が奪われた。

 混乱が起きるであろう、国の代表者たちは軒並み男である。警察官も、軍人も。彼らが居なくなることが、平和な世界の為だということを理解できない人達は大勢いるだろう。

 夫を亡くした者もいるだろう、息子を亡くした、恋人を亡くした者もいるだろうか。

 私たちが導こう。

 私たちがしたことだ。責任をもって使命をもって。 

 新政府の中心として私も働こうではないか。

 

 ああ、心が澄んでいる。

 やはり、男性という性は元々必要なかったのだ。

 1つの生命体なのに、二種類の、すなわち性別、性区別は必要ない。

 破壊と停滞しか産まぬ性はいらない、

 繁殖のために必要だと、命乞いをした馬鹿どもも、

 その元となる根もろとも全て爆ぜ失せた。

 必要ない。現在の技術にでは、女性どおしでも子が成せるのだ。それは隠された技術であったが、我々が暴露した。

 

 男性は女性よりも劣った遺伝子配列をもつ。

 男性が創った文明はすべて滅んでいる。

 我々、女性が創った文明は滅びない。

 我々は産み出す性だ。

 

 それに異を唱える声は聴こえない。

 すべて上手くいく筈だった。

 

 この少年が見つかるまでは・・・。

 

 勃起不全の12歳のアジア系アメリカ人の少年。

 その少年は我々の組織により保護されている。

 

 私は彼を施設の奥の小さな部屋で初めて見つけたとき、驚愕した。

 誰が、見つけたのか。どこで見つかったのか。

 何故、彼は生きているのか。誰がここに連れてきたのか。

 仲間たちに尋ねても、みな閉口する。

 私以外の者は、誰も彼について触れようとしなかった。

 そうか。男が消滅して半年が経つ。男を知る女性たちには、彼という存在は刺激が強すぎるのだ。

 

 「マザー。彼は何者ですか?」

 

 私のボスに尋ねてみた。

 

 「彼?」

 

 「Y 0523に隔離されている少年です。」

 

 「・・・見えるのか?」

 

 「見えるとは?」

 

 「・・・彼は存在しない、彼は存在してはならないんだ。わかるかい、ルーク?

 彼のことは君に任せる。君なら、いや君しか彼を消滅させられない。

 いいかい、ルーク。彼のことは君に任せる。」

 

 私の使命。

 元男であった私にしかできない。

 私を仲間として受け入れてくれたボス・マザー、組織の仲間たちのために。

 少年を殺す。

 

 部屋に入ると、少年は椅子に座っていた。

 誰も知らない少年。

 何処にもデータのない少年。

 そうだ、彼は存在してはならない。

 

 「お前の名前は?」


 「名前?」

 

 「自分の名前もわからないのか?」

 

 「わかりません。」

 

 「お前は男で間違いないか。」

 

 「はい、僕は男です。」

 

 真っ白なブカブカの実験服に身を包んだ少年は、虚ろな瞳で質問に答える。

 

 「どうして、ここにいる?」

 

 「連れてこられました。」

 

 「誰に?」

 

 「女の人です。」

 

 「顔は覚えているか?」

 

 「女の人でした。」


 「顔にホクロはあったか?」

 

 「わかりません。」

 

 「身長は私より高いか? 低いか?」

 

 「覚えてないです。」

 

 進まぬ問答に、私は痺れを切らす。

 ダメだ、この少年は死んでいる。

 勃起不全により、奇跡的にウイルスには耐えれたのかもしれないが、

 心は死んでいる。

 

 「好きな曲は?」

 

 「Si tu vois ma mere」

 

 「え?」

 

 確かな返事で返ってきた。

 

 「映画は好き?」

 

 「好きです。」

 

 「ウディ・アレンの映画を観たことある?」

 

 「あります。」

 

 私は何の質問をしているんだ。

 そもそも何故質問をしているんだ。

 

 ただ、殺せばいい。

 この銃で頭を撃てばいいだけなのに。

 

 「また明日来るわ。」

 

 「さようなら。」

 

 今日は止めよう。

 まだ幼い少年じゃないか。

 そうだ明日は映画をみせてやろう。

 最後に映画をみせてあげようではないか。

 

 「面白かった?」

 

 「はい。」

 

 「そう。他にみたい映画はある?」

 

 最後に、最後に、最後に。

 

 「また明日来るわ。」

 

 「さようなら。」

 

 気づけば毎日、少年の部屋を訪ねては一緒に映画をみる日々を過ごした。

 

 「ルーク、大丈夫ですか?」

 

 仲間のタリムがそんな私に声をかけてきた。

 

 「大丈夫。」

 

 「最近、デスクで見ないから心配してたよ。」

 

 「ちょっと別の案件で。」

 

 言ってはいけない。

 彼女に教えてはいけない。

 少年のことは知られてはならない。

 

 「大丈夫、明後日には終わるから。」

 

 「そう?」

 

 「うん、ありがとう。また明日。」

 

 明日には終わらせよう。

 

 「何か食べたいものはない?」

 

 明日には。

 

 「外、見てみたくない。」

 

 明日には。

 

 「逃げたいと思わない?」

 

 明日には。

 

 「逃げよう。」

 

 私と二人で。

 ここから、ここではない何処かへ。

 そこで二人で暮らそう。

 私たちを知るこの施設を爆破して。

 逃げよう。

 

 二人っきりで。海が好きだと言っていたよね。

 私も好きなんだ。

 昔、まだ男だった頃。

 付き合っていた彼女と二人で夜の海を見に行ったの。

 満点の星が、真っ黒な海に吸い込まれるようで。

 幻想的で、神秘的で。

 どこか恐ろしくて、だけどとても綺麗なの。

 

 少年は私の言葉に、虚ろな瞳で、首をたてに振ってくれた。

 

 そうだよ。

 殺すなんてダメだ。

 間違っている。

 

 「そう、貴方は間違っている。」

 

 パンッ!

 肩口を撃たれた。

 鮮血が私と少年を朱に染める。

 

 仲間たちが部屋に入ってきた。

 

 私と少年を取り囲むように。

  

 「切り取ったところで何も変わらぬ、元男のお前はやはり、男のままであったな。」

 

 ああ、モニカ。

 止めてくれ。

 せめて、せめて少年だけは生かしておくれ。

 彼はまだ何も知らないの。

 お願い。

 お願い・・・。

 

 「残念だよ、ルーク。」

 

 残念だよ。

 

 私は仲間たちに拘束され引きずられていく。

 少年は、仲間たちに囲まれて、姿が見えなくなってしまった。

 ごめんね。

 ごめんね・・・。

 

 

 

 

 何も変わらない。

 少年に殺そうとした私も。

 少年を滅ぼせなかった私も。

 少年のため仲間たちを殺そうとした私も。

 私を殺す女たちも。

 人間というものは元から破壊を好む生き物だったのだ。

 

 そう記録して、私の生涯を終えたいと思う。

 

 そして1つの発見を。

 私は処刑されるとなるいま。

 自分のことなどどうでもいい。

 あの少年を憐れんでいる。

 

 機械に繋がれ、存在を消され。永遠に精を搾り取られるだけの部品となるのだろうか、時には起たぬ陰茎を女たちの欲のハゲ口にされるのだろうか。

 

 どうか、安らかに。

 名も無き少年が、安らかに生命を全うできますように。

 

 人は、自分が死ぬときに初めて優しさや慈悲の心を持つのだと。

 

 そう記載して、我が生涯の記録を終える。

 

 さようなら。

 

 

 

 

 

 


 「マザー。ルークの処刑が済みました。」

 

 「そうか、ご苦労だったモニカ。」

 

 「ルークの部屋から、Y0523から。ルークのものだと思われる手記に、この施設に少年が隔離されていると明記されていたのですが。」

 

 「ああ、気にするな。少年も死んだよ。」

 

 「どういうことですか?」

 

 「私にもわからない。ルークが何を思い、何を見ていたのかも。ただルークは、陰茎を失ってもなお、男だったということだ。」

 

 「・・・はぁ・・・?」

 

 「考えなくていい、きっとストレスによるものだ。仕事に戻れ、モニカ・・・。」

 

 男はこの世界から消えた。

 遺伝子を操作し、いずれ産まれてくる生命も、女しか産まれてこない。

 

 こうして、この世界から男性は絶滅した。

 

  

 


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