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勇者アトリ  作者: 空野 灰鷹
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第1話 異世界に来た①

始まり方って難しい。

分からない単語ばかり出すしか無い。

単語の説明はまだ我慢しなくちゃいけない…。


……ー…っ


…あ…ちゃ…っ



(声……呼んでる……早く…行かな…ちゃ……。)







「……ちゃん! ……あーちゃん!」


「………ハッカ?」


 聞き覚えのある声に意識が浮上し、眼を開けてみるとそこにはひどく心配そうな顔をした幼なじみが私の顔を覗き込んでいた。

 かなり綺麗な顔立ちをした男で、普段は伸ばしたアッシュブラウンの髪をゆるく三つ編みにして束ねているが、その彼の髪に違和感を覚えた。

彼は母親譲りの髪色をしていて、眼は茶色だったはずなのに、今は髪も眼も蜂蜜のような赤みのある金色となっている。さっきまで一緒にいたけれど、その時はアッシュブラウンのままだったはず…。…本物、だよな?


「……あ、これも夢か。」


「夢!? 夢じゃないわよあーちゃん!」


 どうやら夢ではないらしい。

髪の色も目の色も違うけれど正真正銘目の前の彼は私の幼馴染らしい。彼はシンプルな白いシャツと白いズボンという格好をしていた。

……はて?彼は今日そんな格好をしていただろうか?

あれ?私はいつ眠っていたんだろう?今は何時だ?

 ハッカに手を引かれ上体を起こし、ふと自分の姿を見てみれば、私もハッカと同じような白い服とズボンの格好だ。おかしい。私はこんな服を着た覚えはないし、そもそもこんな服を購入した覚えもない。

それよりも私達はどうしてこんな所にいるのだろうか?さっきまで私達はどこにいた…?

冷静になれ……私は柩木(くるるぎ)天鳥(あとり)、目の前の女性のようなキレイな男は枢(とぼそ)撥夏(はつか)で私の従兄弟で幼馴染。ここに来る前まで一緒に……思い出した。私は今日この幼なじみと一緒に、もうすぐ暑くなるから~と夏服を買いに買い物に行っていたんだった。

そして気がついたらこんな所にいて……。


「ハッカ、怪我はない?」


「えっ? え、ええ、無いわ。それよりもあーちゃんはどうなの?」


 言われてみれば先に起きていたハッカより、あとから起きた私の方に何か異常がありそうなものか。

とりあえず顔、首、肩、胸と上から順に触ってみて、動かしたりもしてみたが、知らない服の件以外はとりあえず異常は無いようだ。


「私は大丈夫、それよりハッカの髪どうなってるの? …買い物途中で染めたワケじゃないよね?」


「違うわよっ? というか、あーちゃんもだからね! あーちゃんの髪もおかしくなってるから!」


は?

この子は一体何を言ってるの?

私は染めた覚えなんて……ないのに髪が銀色になってるぅー…。ハッカは三つ編みにして垂らすくらい髪が長いからすぐに分かるんだろうけど、私は肩に掛かりそうで掛からないくらいの短さだ。耳の辺りの髪を引っ張ってみれば黒髪だと思っていた私の髪は銀色に。あ、でも前髪を引っ張ったらそっちは水色だった。


「あーちゃんは両サイドに銀色のメッシュが入った水色になってるの。」


「え、なんでメッシュ入ってるの?」


「それは分からないけれど、他の人達にもメッシュが入ってる人がいるから多分ランダムとかじゃないかしら?」


ランダムって何?

確かにさっきから視界にチラチラと見えて気になっていたけれど、周りにいる人達も赤色だったりハッカよりもっと薄い金髪、青色だったりとかなりカラフルな頭をしていて、幼なじみの言う通りちらほらとメッシュが入った髪の人もいた。

皆の様子を見るに、どうやら私達と同じくこの状況に戸惑っているみたいで、辺りを見回し警戒していて、私とハッカのように知っている人間がいるらしい人達はかたまって情報を出し合っていた。


 この場にいる皆が同じ状況だという事が分かると、なんだか冷静になってきた…そしてようやく幼馴染や周りの人間以外にも目が行くようになった。

私達がいる部屋は石造りの四角い大部屋だ。大人が200人以上いても息苦しく感じる事がないくらいには広い。体育館の半分くらいの広さだろうか?壁には銀色の竜の顔と翼が刺繍された薄紫色のタペストリーが張り巡らされていて、そのタペストリーと交互に設置するように光が並んでいる。松明の光ではない。燭台のような飾りの上に歪な形の石が光っているのだ。あれが松明であれば西洋的なファンタジーを思い起こせたのだが、松明ではなかった事に私は内心ぐぁっと熱いものがへその辺りから頭の上までせり上がるような喜びを感じた。


あの光る石はどう考えても機械でもなく、人工物でもない。


 色々と分からない事だらけではあるが、頭の中に一つ、非現実的な答えが浮かび上がった。


(異世界トリップ……。)


そう、これが漫画や小説の話であればよくある設定。特に何も変わらない日常を過ごしていた主人公がよく分からない生き物に出会ったり、儀式に巻き込まれたり、事故に遭いそうになったりした時、地球と全く違う異世界に飛ばされてしまうという話だ。

だがこれは漫画でも小説でもないのだ、良ければ夢で、悪ければ現実。

もし自分が異世界に行けるとしたら~なんて、考えた事が無かったわけではない……でも実際こんな事に巻き込まれてしまったら不安で仕方がない。

私が知っている異世界トリップと違うとしたらこのような集団召喚だろう、100人以上はいるんじゃないだろうか?私達と同じ白い服を着たカラフルな頭の日本人顔は……。


「ハッカ……私、馬鹿みたいな事考えてるんだけど、コレって異世界トリップ?」


「ごめん、あーちゃん、あたしも同じ事考えてたのよ…。そうじゃないと、コレって集団誘拐か何か物騒な事件にしか思えないもの…。」


幼馴染も同じ事を考えていたらしい、やっぱり考えてしまうよね……。


さっきの松明代わりの石……蛍光灯みたいに光るなんて有り得ないし、これは絶対魔法が関係している…。地球には存在しない、誰もが子供の頃に憧れた不思議な力。


(……でも、魔法があれば魔物だっているかもしれない。)


ゲームではただコントローラーのボタンを押すだけで倒せた存在が、おぞましい姿のまま実在して、それと生身で戦わなければいけない…一瞬で胸のときめきが無くなった。





 私が起きて10分も経たないくらいだろうか、石造りの部屋に取り付けられた金属製の扉が開いた。

皆が喋るのを止めてそちらを見る。

扉の向こうから現れたのは数人の騎士と思しき重装備の人間、数人の魔法使いと思しきゆったりローブを着た人間、最後に小さな女の子と騎士二人。少女に従うように入ってきた騎士二人は最初の騎士と服装も雰囲気も違うのでおそらく偉い立場の騎士なのだろう。

最初の騎士達は銀の鎧に違った色の短いマント、剣や槍を持っている。

 次の魔法使いはよく見れば白地に緑の縁取りローブの下に簡素な鎧を着ている。どうやら魔法使いも騎士らしい。

 次、女の子。彼女は一言で言えばお人形がそのまま人になったような美少女。銀髪銀目にところどころ水色がかった白色のドレスを着て、小さなティアラを頭にのせている。ただ、今の描写では普通の美少女になるが、彼女の頭、両耳の上から銀色のツノが生えていて、彼女の後ろから同じ色の爬虫類系の尻尾が生えている事を付け加えると異世界の美少女だ。

 次は前髪が全部銀色の黒髪の男、無精髭を生やした美中年。あくびをしている様子からは不真面目な印象がある。白地に銀の縁取りマントを付けていて、前の騎士達よりもマントが長い。金色の目はあくびで涙を浮かべているが、しっかりと私達を見据えている。腰に同じ装飾の剣2本と嫌な感じのする剣1本下げている。三刀流……だと…?

 そして最後は白マント美中年と違う方面での美中年騎士。ロマンスグレーの髪をオールバックにして後ろで一つにまとめている。目は青色。スーツとシルクハットとステッキを身に付ければ完璧な英国紳士だろう。彼の方は赤地に金色の縁取りマントを羽織っている。白マント美中年の剣より幅広の剣を1本だけ腰に下げている。あ、あくびした隣の男をさり気なく小突いた。

このメンバーの中で異色を放っているのは最後の3人。その中でもやはり異世界美少女だろう。ティアラとドレスというスタイルから姫様なんだろうけれど。


 彼女達が部屋の中に入ってからほとんどの者が口を開かずに彼女達の様子を伺っていた。いきなり知らない場所で目が覚めて戸惑う私達と違い、いきなり知らない100人の人間がいても驚きすらしない彼女達が確実に事情を知っているという事を察しているのだ。

そして彼女達は立ち止まり、私達をゆっくりと見回した。


「まずは謝罪しよう、異世界の者達よ。妾達の勝手な都合によりこちらの世界に呼び寄せた事、申し訳ない。妾はドラガオン竜王国の王女レモーネ・メル・ドラガオン。異世界の者達よ、どうか妾の話を聞いてほしい。」


 鈴を転がしたような、とはこのような声の事を言うのだろうか。高く、それなのに不思議と不快ではない聞き心地の良い声音で少女は私達に謝罪した。

何人かはぽかんとして「異世界…?」と呟いていて、また何人かは夢見た異世界トリップにニヤニヤと笑みを浮かべた。

少女は何拍かおいて、話をするべくもう一度口を開いた。


「妾達の世界アルコバーゼルは2千年前、1つの災厄に襲われたのじゃ。邪竜ゼーマンテリオン……世界の魔物を凶暴化させ、人々を恐怖と絶望に陥れた災いの竜じゃ。その邪竜を倒すべく妾の祖母アルセ・メル・ドラガオンはそなた達の世界から1人の勇者を召喚し、四元の王と旅の仲間と共にこの世界を救わんとした。」


 私達の世界から召喚した勇者って……。以前にも召喚があったんだ。


「しかし邪竜はとてつもなく強く、勇者と四元の王の力をもってしても倒す事が叶わず、しかし勇者の力と祖母の銀竜の力によって邪竜を約2千年封印する事には成功したのじゃ。……そして2千年経った今、その封印が破れようとしている……。妾達はその災厄を今度こそ倒す為、もう一度異世界の者の力を借りようとそなた達を召喚したのじゃ。」


 つまり、私達側から判断すると、この異世界トリップは異世界召喚系、勇者が魔王を倒すというRPGモノなのか。私達がなぜここにいるのか理解できたあたりで少女はもう一度口を開く。


「今ここにいる者達は異世界の住人達の中から『ある条件』を満たした者を選別し召喚した者達じゃ。だが、選別したとしても異世界に来る事を望まぬ者もいるじゃろう。どうやらそなた達の世界は魔物もおらず、武器を持って戦う事もないようじゃしな。妾達は決して望まぬ者に妾達の世界を救えと身勝手な要求はせぬ、今すぐにそなた達の世界に戻す事も出来る。もし自分達の世界に戻りたいという者がいれば遠慮なく申してほしい、送還する部屋へと案内させよう。妾達の一方的な要求を飲むという者だけ、お願いしたい。」


 ざわざわと動揺が広がる。

異世界召喚っていうのは、小説やゲームでよくある設定で、そういったシナリオでは大体お人好しの主人公が世界を救おうと自分から進んだり、召喚したはいいが帰し方が無くやむを得ず異世界のトラブルを解決しに~と話が進んでいくのがお約束なもので、決してすぐに帰れるという事は無かった。まぁ物語なのだから異世界に来ました、帰ります、帰りました、完…じゃ話にならないからだろうけれど…。


「そなた達の世界では戦いが無い事は承知している、しかしこの世界を救うという事は魔物と戦わなければいけない事、自分が戦えるかどうかを試してから協力するかどうか決めても構わぬ。余程の事が無い限り、この世界にいる間はこの国がそなた達の最低限の生活の保障はする。それでも今すぐ自分達の世界に帰りたいという者は手を上げよ。こちらの者達が送還の間へと案内する。」


 姫はそう言い終えて、騎士が用意した豪奢な椅子に座った。しばらく考えて答えを出してくれという事か。

そう判断した者達が近くの同郷者に相談をし始め、私も隣にいる幼馴染と話し合う事にする。


「ハッカ、どうする?」


「……あーちゃんは、どうなの?」


「……私は帰りたいな。正直異世界トリップは読んでてすごく憧れたけど、実際に自分がそういう境遇に立つと不安だし。あのお姫様の希望に添えられるほど力があるわけじゃない。変に介入してトラブルに発展するのは避けたい…。」


 私はどうしてもこの現状を、ゲームや漫画、小説などの物語と重ねている。

それはとても良くない事だ。

世界救済をする上でそれは必ず『遊び感覚』として浮き出てくる。この世界の人達にとってすごく真剣な問題なのに、そういった態度で協力するのは相手に失礼だし、どこかで歪みが生じる。

少なくともその点からして私はこの世界の人達が望む勇者に当てはまらない人間だろう。


 でも正直、異世界には興味がある。

お姫様も生活の保障をすると言っている、私みたいなのでも生活を望めば生活出来るんだろうが、その生活の保障っていうのは国民の税金で保障するという事だろう。『邪竜討伐はしないけれど異世界で暮らしてみたい』っていうので異世界に残る…はダメだろう、勝手すぎる。自己中な人間すぎる。

自分の好奇心を満たす為に命を賭けて世界を救うのに真剣に協力するか、自分の現実を考えて協力を辞退し好奇心を抑えて帰るかの2択か…。


「ねぇ……やってみない?」


 考え込む私にハッカはおそるおそるといった感じで口を開いた。


「あのお姫様は試してから判断してもいいって言ってたでしょ? だったらちょっとこの世界に滞在してみてもいいんじゃない? 魔物とかと戦えなくてこの世界の人達に迷惑かけるだけかもって思うんだったら、この国の人達の生活のお手伝い…例えばバイトとかしてみましょうよ。」


 どうやら幼馴染はこの世界にいたいらしい。自信なさげだった声が徐々に熱が籠もって、頑張ってこちらを説得しにかかってくる。


「それに戦いに自信が無いとかだったら、魔法とかどうかしらっ? あーちゃんだったら剣を持って戦うよりは魔法を使って相手を倒すって感じでしょ? あたしが剣を持って戦うから、あーちゃんは魔法で後方支援とか……それでもダメかしら?」


 ……意外だった。

ハッカがここまでファンタジーに憧れているとは思わなかった。彼の説得から出てくる魔法という単語を聞いて私の心が疼く。もし魔法が使えるのなら試してみたい、この世界に滞在してみたい。でもそんな気持ちでこの世界に干渉してしまってもいいのだろうか?この世界の人達は窮地に立たされて困っているからこそ助けを求めて私達を呼んだんじゃないのだろうか。


「見知らぬ世界を救うとか…そんな漠然とした目的じゃ私達、きっと失敗しちゃうでしょ……? だから、そういうのは、この世界とか、この世界の人達を好きになってから考えてもいいんじゃないかしら?」


「ハッカ……。」


 それもそうだ、見知らぬ世界の為、知らない人達の為に命を賭けるのかと言われて『賭けます!』とはっきり言えるワケがないのだ。自分の力で確実に救えるとも限らないのに無責任に勇者を名乗るなんて出来ない。そして私が死ねば悲しむ人がいるという事を知っているし、私自身やりたい事がたくさんあってまだ死にたくない。協力するかどうかと言われたらNOと答える。

 だからこそ彼の提案は目から鱗で魅力的だった。この世界を知ってから、好きになってからというのは考えていなかった。始めから世界救済を100%成功するか、100%未満で失敗するかと考え込んでいた。私の悪い癖だ、ベターを考えない。10%でも30%でもベターになるのに、意味のないものと思って……。お手伝い、バイト、そう考えれば私でもなんとか頑張れそうな気がする。そう考えると私の好奇心はどんどん膨れていって、この世界を探検してみたいと幼い自分が訴える。その反面大人な自分が冷静になれ、責任とれるのかと訴える。


「あーちゃん、あたしからのお願い。少しの間だけでもいい、この世界を救う事にチャレンジしてみましょう? もしどうしても危険だったり、自分達の実力じゃダメだったりしたら諦めるから…、ね? だからお願い。」


「………。」


 騎士もいる国だし、多分この街の周辺ならそんなに強い魔物はうろついてないだろう。だとしたら街の周辺のみでしばらく頑張ってみるのもアリかな。ハッカとだったらきっと、気をつけていれば楽しい冒険になりそうだ。

……うん、うん、そうだな。いきなりな展開でビビったけれど、ハッカの言う通りチャレンジしてから判断してもいいんだ。遊び感覚にならないよう気を付ける、よく考え、よく周りを見て行動・発言する……うん、冷静になれた。

私の表情の変化を見て察したのか、ハッカは嬉しそうに顔を綻ばせた。


(もし、ハッカが危ない目に遭うようだったら無理やりにでもリタイアさせよう……。)


 私が異世界トリップを歓迎できないのは、ハッカが怪我するかもしれなくて、知識も無い私が彼を助けられるかどうか不安なのもあるからだろうな…。強くならないと。


(この世界を生きるには真っ先に情報を得るべきだ。)


 この世界には何が存在していて、どんな国があってどういった暮らしをしているのか、どんな思想の人達が住んでいるのか、どんなルールがあるのか、事細かく調べる必要がある。知識があるのとないのとでは振る舞い方が違ってくる。

知識があればこの世界の住人と衝突するのを避けられるし、危険地帯に誤って入るような事もない。トラブル回避を最優先に考えれば私達のような一般人でもこの世界を冒険する事は不可能ではない。


 私達がこの世界に留まる事を決めている間に100人のうち10~20人くらいは手を挙げた。半分が既に泣きそうなくらいに不安な表情を浮かべていて、もう半分は関わりたくないといった顔と早く帰してくれといった嫌そうな顔をした人達だった。ここにいる人達はある条件を満たした者とはお姫様が言っていたけれど、一体どんな条件で召喚されたんだろうか?



 しばらくしてもうこれ以上手は上がらないだろうと判断したのか、ロマンスグレー紳士の騎士が「手を挙げた者はこの者達に付いて行ってくれ。」と緑のローブを着た騎士達に目配せした。

部屋を移動するのか……。

知らない場所で数人だけ移動させられるというのは不安だろうな…、でも残ったのは半数以上…帰りたくて不安な人間達であっても、少数を移動させる方が理にかなったやり方だ。もしくは大人数の方を移動させようにもこんな人数を収容できる大部屋が無いか…とかかな?


(随分と余裕だなぁ、私……。)


 ここに残ってみると判断してしまえば『どうしよう』と不安になる必要が無い。移動する事となった人達の数人は顔を青くさせていて、不安そのものだ。別室に連れられたが実は帰すとかではなかったら…とか思ってるんだろうな、そりゃ。しかしここに残ると判断した私達がどうこうする権利もない。「やっぱりここに残ります!」と言うかどうかは本人が決める事だから。

やっぱりここに残りますと言う人間はおらず、挙手したメンバーはそのまま全員部屋から出て行った。


「あの人達、大丈夫かしら……?」


「さぁ…、少なくとも残りたくないっていう人達なんだから、ここに残るよりは帰れるかもしれない部屋に移動した方がずっといいと思うけど?」


「それはそうなんだけど…。」


 異世界に興味があって残りたいと判断した私達にとって、何もせず元の場所に戻りたいというあの人達に対して『もったいない』という気持ちがあるが、あの人達が望むのなら仕方がない。帰りたい帰りたいと口にしながら残られてもきっとこの世界の人達も、私達も迷惑になるのだから。


 しばらくしてからどうやら姫様も退室するようだ。2人の騎士と少し会話してから他の騎士を後ろに連れて出て行った。

異世界に残る人数を確認したから……だろうか?



 姫様達が出て行ったのを確認して、ロマンスグレーの騎士はもう他に帰りたい者がいないかを確認するようにこちらを見渡す。


「ではここに残っている者1人1人にAF(アーティファクト)を配るとする。」


あーてぃふぁくと?


「AFとは、『四元の王』の一人『妖精王』と妖精、妖精の眷族エルフとドワーフが作り上げた、魔法が織り込まれた武器、又は道具の事だ。炎を纏う剣、雷を操る杖、姿を隠すローブ、決して錆びない工具などといったものがある。いつか邪竜が復活する事を憂いた2千年前の勇者が、2千年後の者達の為に妖精王に相談したのだ。勇者の憂いを聞いた妖精王は『お前との友情の証に、2千年後また異世界の者が召喚された時は私のAFを貸そう』と勇者と盟約を交わし、そして今勇者達を召喚した我が国は妖精王から『妖精王の水盤』を預かった。これは異世界の者が水盤の水に手を入れると妖精王から直々にAFを授かる事が出来る道具だ。現在別室にて君達と同じように召喚され、我々に協力してくれる者達が水盤からAFを受け取っている。じきこちらにも来る事だろう、しばし待ちなさい。」


 召喚されたのってここにいる全員だけじゃなかったんだ!

思わず幼馴染に顔を向けると、自分と同じ事を考えて驚いたハッカがこちらを見ていた。


「これだけ大人数の大召喚なんて初めて聞いたわよあーちゃん!」


「うん…この世界では異世界召喚は簡単に出来ちゃうものなのかも。」


この部屋だけでも100人近くはいた。から最低でも200人近くはいる計算で。しかも元の世界に戻れる方法も用意されている……そう考えると異世界トリップの中でも私達のケースはだいぶラッキーな部類だよね…。しかし、一体あの姫様達はどういう意図でこんな大人数を召喚したんだろうか?


「は~い、そんじゃ俺様からも説明ね~♪ とりあえず先に配ろっか?」


 どうやら赤マントロマンスグレー紳士だけが仕事するだけではないらしい。白マント無精髭騎士が挙手しながら説明をすると言う。後ろに控えていた騎士達に指示を出すと、騎士達は手のひらサイズの小箱を取り出して蓋を開け、私達のところにやってくる。何を配るんだろうか?

 ローブの騎士から貰ったのは1枚の青い半透明のカードだった。サイズはポイントカードと同じサイズでほんのり熱を宿している。


「なんか不思議なカードだね、熱いカードって。」


「えっ? あたしには熱く感じられないけれど……。」


「ん?」


 ハッカのカードは熱くないのか?

そろっとハッカが持っているカードを摘まませてもらったが彼が持っているカードも同じ色で同じ熱を持っている。ハッカが嘘をつくわけがないし、これは一体どういう事だろう?



「は~い、そんじゃ皆に行き渡ったようだし説明に入ろうかー。今配られたのは『ステータスカード』と言って、自分の身体能力・状態・役職・所属・技(アーツ)系・魔法(スペル)系・そして技能(スキル)が表示される『ステータス』、持物収納(インベントリ)や交換(トレード)等を備えた『メニュー』の2つの機能が使えるようになる、『四元の王』の1人『精霊王』が作ったカードの1つで、ステータスとメニューは2千年前の勇者が発案した機能という話だ。」


 説明の途中からゲームみたいな奴だなぁ~と思っていたけれど、勇者の発案なのか。とすると、勇者っていうのは2千年前と言っても私達の時間軸と変わらない時を過ごしている人のようだ。


「では各自このカードを握り締めてちょうだい。カードが消えたら取り込み完了だからね。コレは君達の身分証明にもなるから絶対に取り込んでおく事!」


 カードとして使うワケではないんだ…。白マントの騎士に言われるまま私も他の皆にならってカードを握り締める。平たいカードの角が皮膚に食い込んで痛いと感じだした時、青いカードは一瞬発光した後、光の粒子になって私の手のひらに吸収されるようにして消えた。


「取り込んだら頭の中でステータスかメニューを念じれば、自分の目の前に自分にしか見えない画面が出るからね~。使い方については勇者と同じ異世界出身者の君達の方が分かるでしょ~。じゃ、コレで説明終わりね。」


 説明を途中で投げ出すのか!

この白マント仕事しろ!ロマンスグレー紳士も頭痛いとばかりに顔を手で覆っているぞ!


「……オーヴァン、面倒くさがらずに説明しなさい。」


「まあまあ、水盤が来るまで時間はあるんだし。自分で確認した方が暇潰しにもなるでしょー。それに……ステータス、メニューぐらいの安全な機能、説明しなくても自分で試して使えるようになってくれないとおっさん、ホントに勇者サマ方が頼りになるのか不安に思っちゃうわよー?」


 …あ、この人。笑ってるけれど目が笑ってない。

明らかに私達を試している。私達を煽っている。少なくとも他の人達は毅然とした態度をとっているけれど、この人はあえて敵意を隠さずにしている。

紳士はオーヴァンという白マントの騎士の頭を小突いて引っ込ませた。どうやらこれ以上の説明はせず、妖精王の水盤というアイテムが来るのを待つようだ。


(紳士の謝罪が無い…。あのオーヴァンっていう人の態度、個人の感情だけではない何かがあるんだろうか…?)



一旦ここで区切ります。

まだまだ分からない単語や名前がぞろぞろ出てきます。

意味や説明は主人公が異世界生活をしていく中で覚えていきますので、今は読み流して下さい。


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