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ナンバー2


 恥ずかしくなってそそくさと部屋に戻った。


きっとそういう香りの石鹸は超高級品で、湯屋で使うようなものではないのだろう。


でも私は、入浴の度に使う物だから、好きな香りが欲しくなったのだ。


 そして次の休日に、町に出てお店を見て歩き、初めて自分のためにお給料を使った。


食料品店で固くなって売れ残った蜂蜜(それでも高価)と、道具屋で少し高いが肌用の石鹸を購入した。


道具屋で売られている一般的な家庭用石鹸はほとんどが洗濯用で、身体を洗う石鹸は高額なので、お金持ち以外はあまり買う人がいない。湯屋で、一回で使い切る小袋になっている物を買うのが普通である。それでも生活に余裕がある者たちだけだ。


私は帰ってすぐに準備を始めた。


部屋の小さなコンロに廃棄寸前だった鍋をかけ、そこに水と粉状にした石鹸を入れた。そうして少しづつ蜂蜜を加えていく。


そして、以前に近所の大工さんから薪用にもらった廃材の板で作った四角い型にそれを流し入れた。


「あとは乾燥すればいいはず」


なんでこんなことを自分がしているのか、わからない。だけど、


「欲しいんだから、しょうがない」


と自分を納得させる。




 なかなか固まらず五日ほどかかったが、ようやく思い通りの石鹸が出来た。


湯屋へ行く時にこっそり持って行き、使いごこちを試す。


「あー、いい匂い」


甘い香りにうっとりする。もう肌もツヤツヤのスベスベだ。


店の仲間が見たらまた「男のくせに」とか言われそうだが、気持ちは安らいだ。他人から見ればつまらないことでも、作っている間は楽しかったし、出来上がったものを使ってみて、なんだか懐かしくて、本当に満足した。


 ほわほわとして湯屋を出たところで若旦那に出くわし、いつものように声をかけられた。


「お、これから仕事か。がんばりな」


「はい、ありがとうございます」


ぺこりと頭を下げ、若旦那の横を通り抜けた。




「ちょっと待て」


いきなり腕を掴まれ、驚いて若旦那の顔を見る。


「あ、あの」


「なんか、甘い匂いがするな。うちの湯屋に不手際があったか?」


真剣な表情の若旦那は珍しい。湯屋らしくない匂いをさせていたから、変に思われたのだろう。


「ああ、いえ。これのせいですね」


自分で作った石鹸を見せる。


「高く付きましたけど自分で作ったんです」


えへへっと笑うが、若旦那は黙り込んでいる。何かまずかったのかな。


「あ、あの、すいません、時間がないので」


考え込んだままの若旦那の手から逃れ、急いで店に戻る。




 それから何度か若旦那は店に来て、私を指名してくれた。


もちろん、石鹸のことを聞き出すためだ。わざわざ大金を使い、ボックス席や、二階の部屋まで上がる。


「なんでお前さんがあれを持っていたんだ。なぜ作れるんだ」


適当にごまかしていると、教えるまで付きまとうぞと言われた。客として来てくれるのは、まあうれしいんだけどな。


すっかり周りからは物好きだの、男好きだの言われているが、若旦那は商売のことになると全く他が見えないらしい。お付きの少女も呆れていた。




「材料も高価ですし、元はとれませんよ?」


このまま金を使わせるだけなのも申し訳ないので、若旦那を信用して作り方を教えることにした。


「売る方法はいくらでもある。それよりうちの湯屋の宣伝に使えないかと思ってな」


材料を用意してもらい、作りながら教えると、案外簡単な作り方に驚いていた。


そして、今日は若旦那の試作した石鹸を見せてもらっている。


私が作ったものよりも大きく、蜂蜜の量が多いので飴色が美しい。




「さすがですねー」やはり、本物の商売人だなと思う。


この界隈でも若旦那は有名だ。突拍子もないこともするが、全て商売のため、金儲けが大好きなのである。


実はこの若旦那は、私の最初の客なのだ。




◆  ◆  ◆


 

 私が接客担当になってすぐに、店ではお披露目を兼ねて小さな催しが行われた。


常連や日頃お世話になっている方々を招いての、こじんまりとした店内だけのお祭りのようなものだった。


スペシャルメニューの料理が並び、カウンターのウェイターは注文に応じ、珍しい酒を出してくれる。


客が使った金額が、担当した者の売上になるのはいつものことだが、そのどれもが今日は特別料金。


担当した客が高い物を注文してくれれば、売上成績が一気に上がる。従業員たちも力が入っていた。




 羊の獣人であるオーナーが挨拶の中で私を手招いた。


「当店の有望な新人をご紹介いたしますわ」


この町には少ない人型である私は『珍獣』である。


小さな店内とはいえ、好奇心いっぱいの女性達の目、不安げな先輩従業員の顔。かなり緊張した。




 その後もただじろじろ見られるだけの私に、最初に声をかけてくれたのがユールという名前の若い男性だった。


「いつもうちの湯屋を使ってくれて、ありがとよ」


そう言った男性の横にいた少女が「このお方は湯屋の若旦那様です」と説明してくれた。


顔は見かけたことはあったが、若旦那だとは知らなかった。


若旦那は商売上手で、湯屋が繁盛しているのも彼の功績だと少女は鼻高々に話す。


「そ、そんなこたぁねえよ」


照れる若旦那は女性客ばかりの中で居心地が悪そうにしていた。


今日は日頃お世話になっている店の主や、ご近所の有名人なども来ているが、やはり若い男性の客は少なかった。


そして彼は、同じように隅っこで小さくなっていた私に声をかけてくれたのだ。


「暇そうだな。お前さん、よその国から来たんだって?。まあ、飲め」


 その日、若旦那が私のために使ってくれた金額は半端なかった。おかげで、私の売上成績がナンバーワンの白狼先輩に次いで2位になった。


私は接客初日で、店のナンバーツーになってしまったのだ。


◆  ◆  ◆

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