第0章 始まりは、1200年前です
今から1200年前、地上には人間しか存在しなかった。
少女はごく普通の家庭に生まれ、ごく普通の暮らしをしていた。
だが、少女が10歳の誕生日に、それは突然起きた。
この世界には、神というものが存在する。
人間の世界を天から見守り、ある時は試し、ある時は導く存在。
そんな上位の存在が、少女を見初めた。
神の遣いを名乗る少年が家に現れたとき、少女の両親は最初驚いたものの、すぐに少女を神のもとへと行くように説得する。
この世界では、神に認められたものが次代の神となり、人類の行く末を見守る使命を引き継ぐことができるという、古より伝わる言い伝えがあったのだから。
だが、少女は言った。
「神様になんかなりたくない。私は、ここで老いて死ぬのが幸せなのだから。」
その言葉は、神の心に火をつけた。
『老いて死ぬのが幸せなら。』
『君に老いない呪いをかけてあげよう』
その日から、少女は不老となった。
翌年、身長が伸びていないことに気づいた少女は、近くを散歩していた神の遣いを捕縛し、事の詳細を知った。
自分は、10歳のまま永遠に生き続ける事。
少女のいう幸せは、永遠に訪れないこと。
少女は愕然とした。
そして同時に、ある決意をした。
「神様、ぶっ殺す。」
それから、少女は魔法の研究を始めた。
この世界には魔法という概念が存在してはいるが、一部の限られた人間にしか使うことはできず、使えてもせいぜい家事が楽になる程度の、微弱な力だった。
だが、少女には無限に等しい時間があった。
研究を始めて500年後。彼女は魔道を極めることに成功した。
そして、ふとこう思った。
不死ではないのなら、外的要因さえあれば死ねるのではないか。
事実その考えは正解で、少女は自身の魔法によって自殺に成功した。
だが、神はそれを許さなかった。
不老の呪いだけではなく、不死の加護を少女に与えた。
死の淵から蘇った少女は、一人嗤った。
これで、神を殺す準備は整った。
それから100年、少女が生まれてから610年。彼女は神を殺すことに成功した。
魔法には、練度がある。
最初は微弱な力でも、何千、何万と使うことによって精度を無限に上げていく。
それは、不老不死の彼女に最適な力だった。
神を殺してから100年後、世界に異変が起き始めた。
突然、人間以外の生命体が生まれたのだ。
最初は、不定形の小さなものだった。
だが、人間以外の存在を見たことがない者たちは、それに恐怖し、また排除しようと動いた。
そうして排除されてきたその不定形は、やがて行き着いた土地に適応するようになった。
あるものは灼熱に耐えうる体を持ち、またある者は極寒の中活動できるだけの外皮を持ち。
またあるものは鋼を取り込み、巨大な体を手に入れた。
俗にいう、魔物の誕生である。
それから少女は、500年の間、たった一人で世界を見てきた。
魔物が生まれ、魔王が生まれ、領地を広げ、人間と争い。
国が消え、また新たな国が生まれ、また滅びる。
永遠の生を持つ彼女は、次第に心がかすれていった。
存在の理由を喪った少女は、魔王領と人間界の境界線に、自分の住処を作った。
周りを認識攪乱の魔法で覆い、現世から隔離し、のどかな生活を送るための準備を進めた。
これは、そんな少女が世界の混乱を気にせずにのんびり暮らす物語である。