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稲荷寿司に宿る力

「こんなモン作る能力で一体どうしろってんだよ。」



 そう悪態をつきながら稲荷寿司を一つ手に取り、口に放り込む。舌触りの良い衣の食感と甘さが広がる。噛みしめることで衣が裂け、はらりと中に収められた酢飯がほどける。酸味のある味が衣の甘さとお互いに味を高め合い、混ぜられた胡麻の風味がほのかに香る。


 うむ、美味い。バイト先で作っていた稲荷寿司と寸分たがわぬ味だ。しかし、それがどうしたの言うのだろう。自分の中に眠る力にかなりワクワクしていた分、現状の落胆は大きかった。流行りのラノベであるよう、伝説級の武器だーだとかとてつもない力を秘めた魔道具だーだとか……そんな物を少し期待していたのだ。そうすれば玉乃に借りを返すのに役立つだろうし、これからの生活もぐっと楽になるに違いなかったのだが。



「はぁ……こんなのが俺の能力かぁ。」


「何を言うか、素晴らしい力ではないか!無から有を作り出すなぞそう言った権現を持った神ではないとかなり難しいのじゃぞ!」


「いや、そうは言ってもだな」


「それにこれは昨晩奉納された稲荷寿司とやらではないか!あの様な甘さと酸味が複雑に絡み合った……じゅる……至高の美味さを持つ一品を……ゴクリ……つくり上げるとは神の力と言っても過言ではない!」



 そう力説する玉乃の視線は一瞬足りとも稲荷寿司から離れることはなかった。


 先程も俺が手にとった稲荷寿司を目で追い、口に含んだ瞬間羨ましそうな表情で見ていたのだ。昨晩食べたこれを物凄く気に入ったのだろう、ソワソワしながらも稲荷寿司を凝視している。美味いには美味いが、そんなに夢中になるほどかねぇ・・・そう思いつつもう一つ手に取る。


 手に取った稲荷寿司を右に左に動かすと、それを追うように玉乃が顔毎動かすように視線を追わせていく。口を半開きにしよだれを垂らしながらそうやっている様は、神様どころか本当に昨日助けてくれたあの凛々しい彼女だったのだろうか、なんて思ってしまう光景だった。


 そんな光景を目にしちょっとした悪戯心が俺の中に芽生える。稲荷寿司を玉乃の前に持って行くと彼女は途端、これでもかと言わんくらいに嬉しそうな表情になり大口を開けて稲荷寿司に顔を寄せる。そうしてかぶりつこうとした瞬間に俺は手を下げた。


 稲荷寿司にかぶりつこうとした玉乃の口は空を切り、きょとんとした表情の後悲しそうな顔に変わる。いや、悲しそうなどころか半泣きであった。ちょっとした罪悪感となにこれ可愛いと言った少しの嗜虐感とでもいうのだろうか、それが俺の心に芽生えた。



「あうう~、お稲荷様ぁ~……」


「いや、お稲荷様は玉乃だろ……そんなに気に入ったのかコレ。」


「気に入るも何も、妾は生まれてこの方こんなにも美味いと思ったものを食べたことがない!これぞまさしく神の食べ物、いや、神そのものと言っても過言ではなかろう!なんなら妾、この食べ物を神と崇め奉っても一向に構わん!」


「いや、だから神はお前だろ!ったく、神様が食べ物を神様扱いしてどうすんだよ・・・ほれ。」



 そう言いながら大口を開けて力説をしていた玉乃の口に稲荷寿司を放り込む。咀嚼するごとに彼女の表情はまさに至福といったものに変わっていき、だらしなく緩んでいく。


「まぐまぐまぐ、ほぉぉ……昨晩はゆっくりと味わう暇もなかったが、こうして味わいながら食べると更に美味しく感じるのぅ。篭った信仰と稲荷寿司の味が見事に合わさり、なんとも言えぬ荘厳な美味さを醸しだしておる。ふむ、これはただの稲荷寿司ではないな。」


「お前はどこかの美食界隈の評論家か。ただの稲荷寿司じゃないって、どんな稲荷寿司だよ。」


「普通の稲荷寿司ではないことは確かじゃな。まぁ、結構な力を使って創りだしたモノが普通のものであるはずがないからのぅ、例に漏れずこの稲荷寿司にも力を感じる。」



 なに?稲荷寿司に力?なんだそりゃ、俺が食った時は何も感じなかったんだが・・・実は破邪の力が宿っていたり、もしくは食べることでパワーアップしたりするのだろうか。それならワンチャン、俺のチート冒険活劇がスタートする可能性もあるかもしれない。



「ふむ、これは……いまいちよくわからんな。信仰……いや、純粋な信仰ではない……これはもっと食べてみないと判別がつかんな!」


「お前、それ食べたいだけの口実じゃないだろうな?」


「ひょっ!?な、何を言うか、妾は仮にも神じゃぞ?そんな事するわけなかろう!……なんとなくはわかったが、もう少し食べればしっかりとわかるとかそんな・・・そう、そんな感じでじゃな……。」



 そんな言い訳をする玉乃。俺の予想だがあの感じじゃ十中八九はわかっているんだろうな……だが、わかりきっていないと言うのも事実なんだろう。別に減るもんじゃ……いや、数は減るが、そこまで固執するものでもないし、食べたいなら食べさせても構わないだろう。



「はぁ、まぁ残りは食っていいからそれで何かわかるんなら食べた後教えてくれ。」


「心得た!大体予想はついておるから残りを食べれば完璧にわかるじゃろうて!……ん~、美味美味♪」



 やっぱ大体わかってんじゃねえかこの野郎。まぁ、稲荷寿司程度であそこまで嬉しそうな顔をしてもらえるのならそれはそれで出した甲斐があったな。なんて事を思ってしまう当たり俺も結構毒されているんだろう。頬に米粒をつけた嬉しそうな玉乃の表情を見て若干ほっこりしつつ結論を待つ。

 かなりゆっくり味わっているようで、残りの稲荷寿司を食べきるのに少々の時間を要した。



「馳走であった。いやぁ、実に美味じゃったわ。もう、妾これだけ食べてれば生きていけるかも知れん。」


「そりゃようござんしたね……で、なにかわかったのか?」


「お主、なんだか妾の扱いが雑になってきてないかの?まぁ良い、結論から言えばわかった。これは昨晩と同じで妾に奉納されたようなものじゃからな、お主の信仰心と混じって最初はハッキリせんかったが・・・これはなんと言っていいか、無形の力とでも表現しようか。」


「無形の力?」


「うむ、その名の通り未だ形も方向性も定まっていない漠然とした力じゃな。何にでもなれる、何にでも染まる無色無形の力、それがこの稲荷寿司には宿っておる。」


「へぇ、実際その無形の力ってのはなんなんだ?すごい力だったりするのか?」


「うぅむ、凄いといえば凄い。宿っている力はそれほど大きくはないのじゃが……この力の要は大きさではなく、その性質にある。いや大きければそれに越したことはないんじゃがの?」



 なんだ、そんなに大きな力じゃないのか。少し落胆する。



「この無形の力、これの凄いところは無形というとおり未だ形が定まっていない故に外からの干渉で容易にその力の質を変えることにある。妾が取り込めばその力は信仰へと形を変え妾の力……神力となり、例えば妖怪が取り込めば妖力となる。人が取り込めば特異とする力の形態、魔力や霊力といったものへと形を変えるじゃろう。」


「へぇ、なるほどな。そんなに回復力はないけど誰でも使える万能回復薬みたいなもんか。」



 所謂、MP的なものを回復する食べ物ってことか。俺が何も感じなかったのは俺から出た力が戻っただけだからなのだろうか。だがいいことを聞いた、これを利用すれば金稼ぎに使えるかもしれない。

 この世界には化物もいるようだし、それを退治する人も当然いるだろう、その人達にこれを売りだせば売れるのではないだろうか、なんたって元手はタダなのだ、赤字には決してならない。



「なんぞ、軽く受け取り過ぎではないかぇ?あまり大きな力が宿っていないとはいえ、これははっきりと言ってかなりヤバイシロモノじゃぞ?」


「は?いやいや、ただの奇跡パワー回復薬的なもんだろ?似たようなのってこの世界にもあるんじゃないのか?」


「はぁ……そういえばお主は異世界から落ちてきたのであったな。言っておくが、この世界には確かにそういった類のものはある。しかし、お主が創りだした稲荷寿司に宿っていた力ほどのものではなく、かなり小さな・・・微々たるものじゃ。それにしても作るのにかなり手間がかかる上に手間がかかる分高価な物になっておる。」


「へぇ、じゃあ結構有用なんじゃないか?これ。」


「有用どころの話ではないわ!たしかに微々たるものじゃが霊力や魔力を回復するモノはある。しかしじゃな、これがこと妖力や信仰、神力になると話は変わってくる。それらを回復するものは現状存在せん……妖力に限って言えば回復手段は無いこともないが、それだって普通の輩は絶対に取らない手段じゃ。じゃから、お主の創りだすモノが唯一の回復手段になると言っていい。」


 玉乃はそう言うと少し間を置き、真剣な目でこちらを見つめる。その目に少し見惚れ、ドキリ、と胸が鳴る。だが、そんな俺に玉乃は、俺の力がどんなにヤバイものかを伝えてきた。


「故に!これが露見すればお主は神や妖怪、化生から狙われることになろう。良き神や街に住む善良な妖怪達であればまだいい……妾からすれば良くないのじゃが、自分を信仰しないかと勧誘をかけてきたり、お主を自分の組織等に取り込もうと画策してくるくらいじゃ。」


「お、おぉ?なんか話の雲行き悪くなってきてないか?」


「雲行き悪くなるどころか、既に暗雲漂って雷まで鳴ってる領域じゃよ。信仰を失いつつある、荒神や悪しき神・・・または街に住む妖怪たちは絶対に取ることのない妖力の回復手段である……人喰い、それを是とする街の外に隠れ潜む妖怪などに露見し捕まってしまえば、最悪お主は傀儡にされてしまうであろうな。」



 おいおいおい!マジかよ!稲荷寿司売ってお金稼ぎだぜとか言ってる場合じゃなかった!なにそれ、全くもって俺に優しくない俺の能力ってひどすぎんだろ!

 まさかの異世界人生ハードモード突入であった。もしかしたらそれ以上かもしれない。稲荷寿司を作り出す、とかいう馬鹿みたいな能力だとはいえせっかくの能力があるのにそれを活用するどころか、まさか自分の力に足を引っ張られる事になるとは思いもしなかった。


「そういうわけでな、お主の力は決して口外しないこと。妾も誰にも漏らさんと誓おう。なに、そういうことが出来る力があるのはわかったのじゃ、と言うより無形の力なんてものを持っておるならば霊力や魔力といったものにも親和性は高かろう。妾が使う呪い等も簡単なものならすぐに使えるようになるじゃろうて。」


「あ、あぁ。なんか悪いな、気を使わせちまったみたいで……」



 玉乃は俺の内心に感づいたのか、そう言った。現状、この力を知っているのは俺と玉乃の二人だけ。誰にも話さなければそう危険はないのだ、と諭すように。

 そうだな、他の力が使えるならばこの特異な力を隠してても、異世界生活はなんとかなりそうだ。それどころか玉乃の言葉通りに捉えるならばいろんな事ができそうである。少し安心するとともに、夢も広がってくる。



「じゃあさ、今度何か教えてくれないか。今のままじゃ実際、外を歩くのも命がけになりそうだし。」


「うむうむ、妾に任せるが良い。救いを求めたる者を導くのも神である妾の役目、昨晩の化生程度ならどうとでもなるくらいに鍛えてしんぜよう!」



 そう言い放つ玉乃は、威厳に満ちていて神々しさすら感じた。やっぱりなんだかんだで神様なんだなぁと改めて感心していると



「ところで、じゃな。」


「ん?なんだ?」


「すまんが、稲荷寿司……もっと出してくれんかの?」





 ……感心した端からこれかよ!




稲荷寿司つよい。

次回、ようやく新キャラが登場します。いやぁ、長かった・・・



こんな駄文ですが目を通していただいてありがとうございます。

宜しければ、感想や批評等もお待ちしております。

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