氏神と氏子と異世界と
「さて、ようやくになったが話をするとしようか。まずは聞かせてもらいたい。お主が何処から来たのか、一体何者なのか、何の目的であそこにいたのかを。」
そう問われ、俺は少し悩む。いつの間にかにあそこに居ました、なんて言って信じてもらえるのだろうか。神社自体はバイト帰りに見つけた神社そのものなのだ。見た目がボロくなっているということを除けば、だが。
どうしたものかと悩んだがこちらを真剣な表情で見ている少女の目を見るとなんとなく信じてくれそうだと感じる。よし、決めた……正直に話そう。
「まず名前からだけど、俺の名前は渡辺孝俊。至って普通の高校生だ。なんでここに来たと言われると……正直に言うけど、俺にもよくわからないんだ。バイト帰りに……あ、バイトってわかるかな?下働きみたいなものなんだけど、まぁその帰りにいつも通ってる道に見慣れない神社を見かけて入ってみたんだ。そしたらいきなり夜になって、神社、こう言ったら失礼かもしれないけど見つけた時よりもボロくなってた。境外も本当は住宅街だったのに、森になってたんだ。」
ここで一旦話を止めて少女の表情を伺う。話を始める前と同じで真剣な表情をしてこちらを見ており、小さく頷く。続けろってことだろうか。
「さっき言った通り、俺自身何でここに居るのかわからない。だから目的なんてないし、あえて目的を上げるなら元の場所に戻ることが目的になるのかな。」
自分が把握していることを正直に話す。はっきり言ってこれ以上は本当に何もわからない。俺にとってここがどこかすらわからないのに、何が目的だとかどこらか来たのかだとかわかるはずがない。
「ふむ、状態の差はあれど同じ神社でいつの間にかに周囲が変化していた、と。うぅむ、わからんのぅ。いや、いくつかわかった事はあるのじゃが……そうじゃな、先にお主の知りたいことを聞くが良い。そのほうが良さそうじゃて。」
おぉ、たったアレだけでわかった事があるのか。凄ぇな、俺にはわからない事があるということしかわからんぞ。とわけのわからない事を思いながら思案する。まぁとりあえず一番聞きたいのは……
「名前……君の名前を教えてもらえないか?」
少女とか彼女とか心の中では呼んでるけど、こんなに可愛い子なんだ、せっかくだし名前が知りたい、と思う。
「…………くっ、くっくっくっ……ふはは、はははははは!」
少々の間の後、少女はこんなに面白いことはないとでも言うように笑い出した。
呆気にとられていると少女は少しだけ涙を浮かべ語りだした。
「くふっ、ふふふ……いや、すまぬすまぬ。確かにそちの名前を聞いておいてこちらが名乗らないというのは、ふふふ……失礼な話じゃな。」
彼女は立ち上がり、笑いを落ち着けるように一度深呼吸をして改めて言葉を発した。
「妾の名は宇迦御 玉乃、ここ宇迦御神社の氏神よ!」
バァーン!と効果音が鳴りそうなくらいの気合を入れた自己紹介であった。しかも若干ドヤってる。
しかし、神様か……普通なら信じないだろうが、昨晩のアレを見たからには信じざるを得ない。あんなのは俺の知る人には出来ない事だ。
「宇迦御さんか……神様っていうのも昨晩のアレを見るからに本当のことなんだろうな・・・あ、神様なら敬語とか使ったほうがいいのか?……使ったほうが良いんですかね?」
今更ながら、神様にタメ口聞いていたのはまずかったかな、と思い始める。神話上ではあるが俺の知る神様は夫が他の女に求婚したから嫉妬でその女を化物に変える、なんてことをする神様もいたし、もしかしたらヤバイのかもしれない。
「はっはっはっ、そう固くならずとも良い。お主は今の妾にとって唯一の氏子よ、言葉遣いなど気にする必要はない、気軽に玉乃と呼ぶが良いぞ!」
セーフだったようだ。もし神様ではなかったとしてもあんな事が出来る力が有るのだ、その気になれば俺の命なんて昨晩の化物のように一瞬で灰になるだろう。
しかし、気になることが一つ。
「じゃあお言葉に甘えて砕けた言葉遣いさせてもらうよ。それと、ちょっと聞きたいんだけど……」
「うむ、なんじゃ?なんでも聞いて良いぞ、妾に答えられることならいくらでも答えてやろう。」
「あの、氏子って……?」
ピシリ、と空気が凍ったような音がした。見ると玉乃は笑顔のまま固まっている。が、次第に涙目になりプルプルと震え始めた。
あ、耳がヘタってる・・・なんか可愛い。
「お、お主は妾の氏子じゃろう?信仰と捧げ物の奉納もしたじゃろう?だから妾の氏子なのじゃよ。そうじゃよな?な!?」
物凄く必死に聞いてくる玉乃。耳はヘタリ、目に涙を浮かべ、上目遣いでこちらを見ている。……何この可愛い生き物。今まではあの女神のような笑顔の印象から凛とした女性だと思っていたが、見た目は少女といった年頃の見た目だし今の子犬を髣髴とさせる表情は非常に庇護欲をそそるものとなっている。
はっ、イカン。今は氏子って事に対する話をしなければ。玉乃の言うことから考えれば神様を信仰する人のことを氏子と言うのだろうか。仏教で言う壇家みたいなもの、か?まぁそれであれば俺は玉乃という氏神の氏子になるだろう。
なぜなら昨晩なんでもするから助けてと神に祈った所で彼女に助けられたのだ。そりゃ信仰でも何でもするってもんだ。
「あ、いや……氏子っていう言葉の意味がいまいちわからなくて。でも聞いた感じ玉乃を、氏神を信仰している人、って意味でいいのか?それならきっと俺は氏子になるんだと思う。あの時、助けててくれと神に祈って俺を助けてくれたのは玉乃なんだ。あぁ、そうだ。言うのが遅れたけど、あの時助けてくれて本当にありがとう。玉乃は命の恩人だ。」
いや……の時点で絶望、と言った感じの表情をした玉乃はその後に続く言葉を聞くと、一転輝かんばかりの笑顔を浮かべた。それはまるで長らく帰ってこなかった飼い主が帰ってきた時の犬、のような笑顔だった。
「いやいやいや!感謝には及ばぬ。氏子を助けるのは氏神の勤め、氏神は氏子を助けそれにより氏子は氏神を信仰し、氏神はそれを力に変える。お互いを支え合うのが氏神と氏子の関係よ!」
なるほど、神様は人に手を貸すことで人の信仰を集めてその信仰、神様を信じ、感謝する思いを力に変えているのか・・・玉乃の言ったことを頭のなかで整理する。
ふと玉乃に目を向けると先ほどまでヘタれていた狐耳がピコピコと動き、尻尾も勢い良く触れている。犬や猫と一緒でもしかしなくとも感情が反映されているのだろうか。
「そっか……でも、玉乃には感謝してるって事は紛れもない事実だから。玉乃が言うなら、この事に関してはこれ以上は言わないようにするけど。」
「う、うむ。感謝の念は十分に伝わっておる。久しく感じていなかった暖かな、純粋な信仰をハッキリと感じておるからのぅ。全盛期から程遠いとは言え、力も幾ばくか戻ってきているのじゃよ。」
それは俺にもわかった。初めて玉乃を見た時とは何か、違うのだ。存在感とでも言うのだろうか、初めて見た時は声を聞かなければそこにいると気づかないくらいだったのに、今は多分、近くにいれば玉乃の方を見ていなくてもそこにいるということがハッキリわかるくらいの何かを感じる。
それに、目で見てわかるほどに尻尾が振れている。ちぎれんばかり、というほどに。やはり、アレは感情と直結しているらしい。
「そりゃ良かった。俺一人の信仰なんて微々たるもんだろうけど少しでも玉乃の力になれたんならなによりだ。」
「うむうむ、これぞ氏神と氏子の関係よ。お互いがお互いの力になる、嬉しいのぅ。妾はこの感覚を久しく感じていなかった。」
感無量といった感じ表情でそう語る玉乃。
俺はそんな玉乃に問いかける。いくつか気になったことがあったし、それ以前に聞きたいことが山ほどあるのだ。
「幾つか聞きたいんだけどさ、まずここは何処なのか……それと昨晩の化物の事、あとすこし分かったことがあるって言ってたけどそれが何かを教えてほしいんだ。」
まずは一番聞かなければいけないこと、ここは何処かってことだ。まぁおそらく俺のいた日本ではないのだろう。次に聞いた化物の事もある、俺の知ってる日本にはあんな化物は存在しない。俺は、俺が住んでた世界と違う場所に迷い込んできてしまった可能性がある。
そう考えるなら突如この神社に現れた正体不明の俺について何かわかったことがあるならば、それはきっと俺にとって重要なことなのだと思う。
「ふむ、良いじゃろう。順に説明しようか。まずここは何処かということじゃが……ここは倭国が治める都市、松恵の外れの森にある宇迦御神社じゃな。そしてあの化物は鬼と呼ばれる妖怪、その中でも荒御魂と呼ばれる力に侵され凶暴になってしまった化生じゃ。」
倭国……確か昔の日本の呼び名、だよな。と言うことは過去に来てしまったのか?それに鬼……確かに伝説には残ってるけれど昔は本当に存在したのだろうか。
「鬼は力に優れた妖怪じゃ。そのせいか気性の荒い者も多い、しかし普通ならばあんな風に人を襲う者達ではないのじゃ。街に行けば普通に人と共存しているし、神を信仰しているものもいる。何よりあのような異形といえるほどに肥大化した体をしてはおらんのじゃ。」
玉乃はそこで一旦間を開け、少し言い難そうな表情で・・・しかし、しっかりとした口調で話を続ける。
「あれは荒御魂と呼ばれる生物に宿る力に飲まれてしまった結果じゃな。荒御魂に飲まれると理性は無くなり、体はその力を振るうために適した体へと作り変えられる。荒御魂に飲まれるのは余程の怒りや絶望を感じなければならないのではあるが……」
あの化物も元は理性のある鬼だったって事か……それがあんな風に人を襲うようになるなんて。
「あの鬼に関することはこれくらいじゃな……もっと知りたいならまたいずれ説明しよう。ここまでは良いか?」
「ああ、幾つか聞きたいことが増えたけど……話が一段落ついてから改めて聞くよ。」
「そうか、そうしてくれると助かる。それではお主の事でわかったことなんじゃが……」
ゴクリ、と喉が鳴る。果たして彼女の分かった事とは一体……固唾を呑んで俺は彼女の言葉を待つ。
「お主は恐らく……いや、ほぼ確実に『異世界』から飛ばされてきた者じゃろうな。」
The説明回。
次回も説明回が続きます。
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