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稲荷寿司と狐火と女神様

「グォアアアアアアァァ……」


 金棒を振り下ろしたままの体勢で、目の前の化物は唸りを上げる。

 それはまるで獲物を仕留め損なったことを悔しがるような声色だった。


「うぉ、あっ……逃げ……」


 震える喉から出る声は声にならず暗い森へ消えていく。

 この窮地から脱する為の方法を考えようとするが、混乱と恐怖で思考は鈍り体を動かすことすら儘ならない。

 それを嘲笑うかのように化物は振り下ろした棍棒を再び持ち上げた。次は外さない、とでも言うようにこちらをしっかりと見据え、腕に力を込め始める。


 あ、これは死ぬな。と妙に落ち着いた思考でそんな事を考える。ふと、自分の右手に視線を走らせると手提げ袋が目に入った。


「あー……そういや稲荷寿司食い損ねちまったな。」


 そんなくだらない事を考えながら迫り来る死への逃避と諦めから、目を閉じる。

 痛くなければいいな、と思いながら死の瞬間を待つ…………しかし、何故かその瞬間は訪れない。恐る恐る目を開くと、そこには腕を振り上げたままの体勢で微動だにしない化物の姿が目に映った。


「馬鹿者!何を呆けておるか、妾が動きを止めている内に早う結界内に逃げ込め!」


 背後から凛とした女性の声が聞こえた。

 未だ儘ならぬ思考に反して、体は反射的に声のする方向へと移動しようと動く。尻餅をついた体を反転させ、四つん這いになりながらも必死に女性のいる方向、境内へと歩を進める。


「ぬっ、ぐぅ……くぅ、此程までに力が、弱まって、いるとはっ!はや、く……急げ!」


 女性の苦しそうな、焦った声が聞こえるが先程までの恐怖で震えた体は思うように動いてくれず、また、四つん這いの姿勢のためなかなか早く進めない。だが、それでも境内まであと少しというところまで来ていた。


「ぐ、ぬぅ!いかん、もう……っ!」


 そう聞こえた瞬間、背後で一歩何かが歩を進めた音が聞こえた。大きく踏み出し、距離を稼ぐと同時に力を込めるように踏ん張ったと思える大きな足音。

 しかし、それと同時になんとか自身を境内へと滑りこませることが出来た。


 バチィ!と火花、いや紫電が弾けるような音が鳴った。振り返ってみると境内への入り口、鳥居へと金棒を叩きつけている化物がいた。しかし、金棒は何もない中空で動きを止めており、そこには目には見えない何かが金棒を遮っているのだろうと思えた。


「た、助かっ……た?」


 しかし、安堵の息を吐く間もなく俺の表情はまた引き攣ることになった。

 バチィ!バチバチッ、バチィッ!と紫電が走る。化物はせっかくの獲物を逃してなるものかとでも言うように何度も何度も俺と化物を遮る空間へ金棒を叩きつけていた。


「おぉ、おいおいおい、マジか!大丈夫なのかよこれ!」


 たまらず声を上げる。見えない何かに遮られているとはいえ、掠っただけでも体が吹き飛びそうな勢いで金棒を振り回されているのだ、恐怖を感じないわけがなかった。


「大丈夫、と言いたいところではあるが……悲しいことに妾への信仰が失われて久しい。碌に力も残っておらず、その残った力も先ほどヤツの動きを止めたのでほぼすっからかんじゃ。このままで行けば遠からず結界も破られてしまうであろうな・・・。」

 「うぇっ!?ま、マジかよ!なんとかならないのか!?」


 そんなことを言っている間にも化物の攻撃は激しさを増し、それに比例するように見えない何かも紫電を上げ軋んでいるような感じがし始めていた。


 「畜生!俺が何をしたってんだよ!ああ、神様仏様お稲荷様!何でもするから助けてくれぇ!」


 無我夢中で手に持っていた手提げ袋を両手で掴み目の前で祈るように顔を隠す。

 それに反応するように女性が声を上げる。


「お、お主!今何と言うた!?」

「は?へ……な、何でもするから助けてくれって……」

「違う!その前じゃ!」


 その前?なんでこんな時に、と思いつつも彼女の質問に答える。


「神様仏様お稲荷様……」

「それじゃ!喜べ、何とか成るかも知れんぞ!お主から若干じゃが信仰を感じた、何か妾に奉納せよ!」


 何を言ってんだこいつ、と思いつつも何かないかと思案する。そこに目に入ったのはバイト先で貰った手提げ袋に入った稲荷寿司だった。


「あ、あの……稲荷寿司くらいしかないん、だが……」


 おっかなびっくりと手提げ袋から稲荷寿司を取り出し、目の前の女性に差し出すと……


「稲荷寿司?なんじゃこれは……食べ物、かぇ?だが、なんとも食欲をそそる匂いがしておる。まぁいい、なんにせよ少しでも信仰のこもった奉納品じゃ、いくらかでも力は戻るはず!」


 そう言いながら彼女は稲荷寿司を口に放り込んだ。


「むぐむぐ。お、おぉぉ……何じゃこの旨さは!甘く味をつけた衣、それに食べやすく一口大に丸めた酸味のきいた飯がその衣の甘さを引き立てておる!こ、これは味の革命じゃぁ!」


 な、なんだ……いきなり料理番組が始まったぞ。

 戸惑いつつもそんな事を思う間に、彼女は全ての稲荷寿司を怒涛の勢いでたいらげてしまった。


「くぅっ、この様な素晴らしい食べ物を満足に味わう時間がないのが惜しい。だが、思った以上に力が戻った。これならなんとかなりそうじゃ!」


 彼女はそう言いながら俺の上を飛ぶように境内の外へ出て行き……化物にドロップキックをお見舞いしたのだった。

 予想もしていなかったとでも言うように化物はドロップキックの直撃を受け、後ろに吹き飛び、倒れる。反して、彼女は華麗に地面に降り立ち俺と化物のを遮るように立つのだった。


「さて、幾許かの力が戻ったとはいえ余裕が有るわけではないからのぅ、お主には早々に御暇してもらうぞ!」


 そう言った彼女の周りにはまるで人魂のように幾つかの火が灯り始める。それは徐々に大きくなり、50cm程の大きさになるとそれ以上大きくなるのを止めたようだ。


「狐火よ!我が力にして同胞よ!妾と我が氏子に仇為す邪悪なる化生に一切の慈悲無く死出の旅路へと誘い給え!」


 同時に、彼女の周りの火が狐の姿を形取り、化物へと勢い良く向かっていく。

 倒れていた化物は今ようやく起き上がったと言ったばかりの体勢でソレを避ける事は出来ずに直撃を受け、その瞬間大きな火柱が上がった。


「ガアアアアアアァァァァアアアアアアァ!」


 化物は断末魔とも言うべき大きな咆哮を上げ火に撒かれながら倒れ伏し、早送りをする様に姿を人型から炭へ、炭から灰へと形を変えていった。

 灰は火柱が発生させる上昇気流とともに舞い上がり、あとに残ったのは少しばかりの灰の山と、未だに燃え続ける炎であった。 そうしてようやく危機から脱した事を認識した俺はそこで初めて彼女の全体像をしっかりと目に収めることになったのだ。


 炎が作る風にでサラサラと揺れる、金色に輝く髪。それ以上に目を惹きつけるのが彼女の臀部よりやや上から生える大きな3本の狐の様な尻尾と頭部から生える1対の狐の様な耳。それらを馬鹿みたいに口を開けて眺めていると彼女は俺に向かって振り返った。

その時の彼女は炎に照らされていたからか、やや赤みを帯びており、なんとも言えぬ色気があった。

 そして・・・


 「危機は脱した。安心すると良いぞ、我が氏子よ。」


 と俺が今まで生きていた中で見たこともない程の綺麗な笑顔を見せた。







 この日、俺は女神に遭遇した。

ここまでがプロローグ的な何かだったり。


ポチポチ修正しながら投稿しています。

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