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寂しがりやな神様

 それから、玉乃に話を聞くところによるとどうやら神社移転の際に玉乃の社も一緒に移転する話もあったらしいが、何らかの理由で意地になりここに残ることになったらしい。その何らかの理由とやらを問いただしてみたが頑なに話そうとしなかった。あまりの頑なさにとりあえず聞き出すのを諦め、意地になったとは言えなんで残ることを選んだのかを聞いてみたら「あの時は妾にも結構な氏子がいたからの、別に恵比寿のやつがおらんくなっても平気じゃと思ったんじゃ。」とのことらしい。ところがどっこい、その目論見も虚しく急激に(およそ50年ほどらしい)で氏子が減って行ったらしいが。



「へぇ、一体どれくらいの氏子が居たんだ?」


「ふふん、詳細な数は把握しておらんが……爺様婆様を中心にかなりの人数がいたものじゃて。氏子が居ればいるだけ信仰が増し妾の力も増える。当時の妾の力もそりゃ凄いもんでのぅ、この森一帯は妾の結界で覆っておったくらいじゃ。」


「森一帯って、そりゃ凄いな。この前まではこの神社を覆うくらいでギリギリだったんだろ?」


「ぐぬっ、信仰がなくなったせいでほとんど力が無くなってしまったからのぅ。参道の結界も貼ることができなくなって余計人が来なくなって、すわ消滅か、と思っておったが……そんなところに孝俊が来てくれたおかげでなんとか免れたのじゃよ。」



 うーん、それくらい信仰されてたならたとえ神社が辺鄙なところにあったとしてもそんなに急に氏子が減るとは思えないんだがなぁ。辺鄙とはいえ参道を通れば街から歩いてこれる距離らしいし、何かなければ氏子が0になるなんてそうそうありえないだろう。



「氏子が減ったのになんか心当たりないのか?例えばお前が何か神様らしからぬ不祥事起こしたとか。」


「お主は一体妾をなんだと思っとるんじゃ!何もしとらんわい!」


「まぁそうだよなぁ。だったら一体なんで……」


「妾は爺様婆様方に物凄い人気があったのじゃぞ。毎日話を聞きに来たり、お供え物としてお菓子貰ったり、恵比寿のやつより人気があったと胸を張って言えるぞ!」



 ふむ……ん?なんか引っかかるな。何か違和感がある。玉乃は何もしてないというのなら何か別の原因が……何もしてない?こいつ、もしかして。



「玉乃、おまえさ……その間何か神様らしいことしてたか?」


「お主、妾のこと馬鹿にし過ぎではないか?神なんじゃから神らしいことくらい……ぬ?むむ、む?あれ、玉乃ちゃんは可愛いねぇっと言われたりお供え物で飴貰ったりした記憶しか……」


「……お前のその時の氏子ってほとんど爺さん婆さんばかりだったんじゃないか?」


「う、うむ。確かにほとんどご老体の人たちばかりじゃったが。」



 あ、わかった。こいつ神様らしいことやってないこともあるがそれだけが原因じゃないわ。



「お前それ完全に神様扱いじゃなくて孫扱いみたいなもんじゃねーか!孫扱いとは言え仮にも信仰してたその爺さん婆さん達が寿命でお亡くなりになっていった結果氏子が減っていって、神様らしいことしないから新しい信者も獲得できないから最終的に信者ゼロ!完全に自業自得だろ!」


「なああああああああ!?ば、馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁ……」



 ガクリ、と膝をつく玉乃。氏子がゼロになったのが自分のせいだと知ってショックを受けたのだろう。だが残当である。常連がいなくなって新規客も獲得できなかった店は潰れるしか無いのだ。こうして、真実を知るとは必ずしも良い結果に繋がるわけではないと言う教訓を我々は学んだのであった。





「と、言うことでだな。いつまでも世話になりっぱなしになるってわけにもいかないんで、仕事を探そうと思ってるんだが、街にそう言う需要って今あるのか?」


「あるかないかと言われればあるわね。七福街は有数の観光地と言ったでしょう?毎日多数の人が来るわけだからそれ相応の店があるわ。宿や飲食店なんかが最たるものね。探せばいくらでもあると思うわよ。」



 凹んでいる玉乃を放置して、鬼神楽さんと話をする。鬼神楽さんは長く街に住んでいるようなので街の事を聞くついでに仕事があるかも聞いてみると、どうやら街では全体的に人手不足らしい事がわかった。これなら仕事が見つからずにヒモ生活になる心配もなさそうだ。流石にこの歳でヒモは不味い、早いところ街に行って仕事を見つけないと沽券に関わる。

 しかし、まだ一人で街に出ることも出来ない身としては今しばらくヒモ生活を続けなければならないだろう。道もわからないしな。



「仕事を探してるのならウチで働くのはどうかしら。ウチも人手不足なのよ。」


「あー、でも配送業だろ?地理もわからないし、ちょっと厳しいんじゃ……」


「内向きの仕事もあるわ。仕分けなんかもあるし、数字に強いのであれば事務仕事なんかもあるわよ。」


「うーん、四則演算くらいならできるけど。」


「なんですって?」



 俺のその言葉に鬼神楽さんが反応を示す。なんだ?俺変なこと言ったか?



「1183足す575は?」


「え?1758?」


「53かける23は?」


「えーと、1060の159で1219。」



 いきなりの問題に少し疑問に思ったが、即座に答えるとガシッと行き成り肩を掴まれた。うおお、蜘蛛の足で掴まれるとか、人を襲うような人……妖怪じゃないと思っていても少し怖いぞ!



「是非ウチで働かないかしら、あの計算を即座にできるなら即戦力どころの話ではないわ。それなりの待遇で雇わせてもらうわ」


「お、おう?そりゃありがたい話だが、良いのか?」


「良いも何もこちらからお願いするレベルよ。それこそ今日からでも働いて欲しいくらいに。あまり言いたくないけれど、ウチの人員は数字に弱いのが多いのよね。私もそれほど強いわけではないし、貴方が居てくれれば心強いわ。」


「むぎゃおー!私は反対ですわよ!なぜにこんな下等な雄猿をぶぅ!?」


「貴女は黙ってなさい。」


 

 あ、また踏まれた。相変わらずひとこと多いやつだ。うーむ、まさか義務教育レベルの計算でこれほど褒められるとは思わなかったな。この世界の教育レベルはそんなに高くないのかもしれないな。



「じゃあ、よろしく頼むよ。いつから行けばいい?俺はいつでもいいんだが。」


「そうね、今日ってわけにも行かないから……明日また迎えに来るわ。それまには貴方の部屋も用意しておくから。」


「ん?部屋?」


「ええ、そうよ。ここに居候してるんでしょう?だったら店の方に部屋を用意するから、住み込みで働いたほうが良いと思って。」


「いかーん!」



 住み込みという言葉に反応した玉乃が大きな声を上げてこちらに走ってきた。ようやく立ち直ったと思ったら何を言い出すのだろうかこいつは。



「いかんいかんいかん!絶対にいかんぞ!孝俊は妾の氏子、ここに住むのが一番良いのじゃ!」


「別に街に住むからって氏子じゃなくなるわけ無いでしょう?それに職場が近いほうが効率良いんじゃないかしら。」


「ぐぬっ、それはそうじゃが……いや、ダメなものはダメじゃ!どうしても孝俊を連れて行くというなら妾にも考えがあるぞ!」


「へぇ、どう言う考えなのかしら……私としても戦力になりそうな人を簡単に諦めたりはしたくないのだけれど。」



 あいつは何をムキになっているのだろうか、と呆れていると二人の間に剣呑な空気が流れ始める。それは徐々に強さを増し、空気が重くなったかのような感覚さえ覚えた。いや、実際に何か重圧が増している。玉乃の周りには燐光が灯り始め、それが集まり炎を形作る。鬼神楽さんのほうも空気が少し淀んで見える。某かの力を発しているのか、足元の石畳がひび割れはじめている。



「むぎゃおー!あ、あの!私が足元にいるのにそう言った物騒な事はやめて欲しいのですわよ!?」



 そして重圧に潰されかけているナマモノが一匹。しかし、石畳がひび割れるくらいの重圧なのに案外平気そうだなあいつ。止めないと不味いのだろうが、俺はまだ稲荷寿司をつくれるくらいの一般人に毛が生えた様な力しかない、あの間に入るのは無理だ。そんなこんなで、どうしようかと悩んでいる間に怪獣大決戦が始まってしまったのであった……





 この時のことはあまり思い出したくない。そう思えるほどに恐怖を感じる一件であった。玉乃から発され乱れ飛ぶ炎の嵐、そしてそれに巻き込まれる雛子。鬼神楽さんの大きく鋭い脚がしなり、炎を弾き、石畳に突き刺さる……そしてそれに巻き込まれる雛子。すげぇ、あいつ落ちながら燃えてやがる……なんて馬鹿なことを言ってる場合じゃないな、あれを止めないと不味い。



「ち、ちょっと待て!なにやってんだよお前ら!ストップ、ストップ!!」



 その言葉に争いを止める二人。それと同時に燃え、飛ばされ、また燃えて落ちてきたところをまた飛ばされて、それを繰り返していた雛子も地面にベシャッと落ちる。ピクピクしてるから生きてはいるのだろう、恐ろしいくらいに耐久力があるようだ。



「はぁ~、一体どうしたってんだよ。俺が働くってだけでどうしてこんなことになるんだ?玉乃、お前なんだって反対したりするんだよ。」


「……。」


「黙ってちゃわからないだろうが。お前、俺が働くのに何の不満があんだよ。」


「だって、孝俊がここから出て行くって……」


「まぁ住み込みになるならそうなるだろうな。でも会えなくなるわけじゃ」


「ずっと、今までずっと一人で……ぐすっ、でも孝俊が来て、氏子になってくれて、一緒にご飯食べて、ひっく……」


「あぁ~……」



 あー、クソ!泣くんじゃねえよ、俺が悪いみたいじゃねーか。だけどこいつも、長い間氏子も居ないし、参拝者も来ないしで寂しかったんだろうな。だからまた一人になるのが嫌だと思ったのか。しゃあないな、と思いつつ玉乃に近づき頭に手をのせる。



「あーわかった、わかったよ。俺はこれからもここに住む、それで良いんだろ?……というわけですんません、こいつ寂しがり屋なもんで、俺が居ないと泣いちまうみたいだから……」


「泣いてなどおらぬわ!ぐしっ。」



玉乃は目を擦りながらそう言う。それを見て鬼神楽さんも少し呆れたように口を開く。



「はぁ、仕方ないわね……本当なら貴方みたいな人逃したくはないのだけれど。じゃあ、気が向いた時でいいわ。偶にでいいから手伝ってくれないかしら、勿論その分のお給金は出すわ。」


「それでいいなら喜んで、と言うか助かるよ。」



 住み込みでなく、バイトのようなものに落ち着くことになった。とりあえずの仕事は決まったようで内心ほっとする。会ってないようなものだったが俺の体面はなんとか守られるようだ。わしわしっと玉乃の頭をなでて手を離す。



「ぬぬっ、何をするか。妾は子供ではないぞ!」


「ばーか、寂しいからって泣く奴が言っても説得力無いぞ。」


「ぐぬぬ……」



 さて、一件落着ってとこかな。そんなふうに考えていると未だピクピクと痙攣する雛子が目に入る。そういやあの怪獣大決戦に巻き込まれてたな、と思いつつ近づき、襟首を持ち上げながら声をかける。



「おい、大丈夫か?死んでるなら返事しろ。」


「私、生きてますわよね……ここ、天国とかじゃありませんわよね……」


「突っ込む元気もないか。あぁ、生きてるよ。止めてやった俺に感謝しろよ?」


「び、びぇぇぇぇぇぇええええ!!死ぬかと思いましたわぁぁぁあああ!!」



 泣きわめきながら俺にしがみついてくる雛子。どうやら文字通り死ぬほど怖かったようだ。少し可哀想に思って頭を撫でてやる。まぁ、これに関してはこいつ、巻き込まれただけだからな……少しは優しくしてや「ずびーっ!」あっ!こいつ俺の服で鼻かみやがった!汚ぇ!

 やっぱ前言撤回、優しくなんてしてやらねぇ。雛子を引き離しながらそう思う俺であった。

予定では街に行く回だったのに……儘ならないものです。

ここまで見ていただきありがとうございます、早めにもう少し登場人物を出したいんですがなかなか進まなくて申し訳ありません。


ブックマークと評価、ありがとうございます。

少しずつブックマークが増えているのを見て一人でニヤけております。

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